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第58話 和尚と魂 


 ジカイはもう腹を決めていた。


 ・・・逃げる。


 ひょうきん者の和尚は、アゴの毛をすぼめるように触る。


 クセだ。いつもの。


仇花(アダバナ)さんよ。ちょっと通してほしんじゃがのう。」


 明丸が(かくま)われていた部屋。ここは虎成(とらなり)の城の奥の奥である。代々の勇那守(いさなのかみ)の正室がおわす場所であるが、今の勇那守(いさなのかみ)、そう死んだシロウの父親の正室はすでに十年も前に他界している。

 シロウ、11歳の時である。以来この部屋は明丸が匿われるまで空いていたはずだ。


 しかし、正室の居である機能でも脱出路は消されていまい。火災の影響は分からないが。


 その扉は、庭に向かい咲き誇るあの仇花(アダバナ)のちょうど後ろにある。


 邪魔じゃのう。なんでそこなんじゃ。ジカイは石でも投げつけたい気分だった。


「サヤ殿、あの大きな石の花の後ろにな。城の外に逃れることができる通路がある。」


「そんなものが?でも・・・」

 サヤも仇花(アダバナ)を見つめている。


「邪魔よのう。でも生き残るには、あの道が一番良さそうじゃ。」

 ジカイが髭を離した。


「なんとか、あの向こうに辿り着き逃れる。ついて来てくれるか?」

「はい、和尚様。」

「よし、ええ()じゃ。モモをしっかりと引いておくれよ。」

 サヤは両手で縄をしっかり握って自分に引き寄せる。


 ジカイは虫眼鏡(ユーグ)を取り出した。灰も用意してある。

 

 そして、仇花(アダバナ)の正面を避け、ヨウコが切り刻んでいない右の部屋の障子を開けてそっと中に入る。

 もう煙が天井に充満している。


仇花(アダバナ)は、刺激しなければ襲ってこないことが多い。」


 煙を吸わぬようゆっくり、抜き足差し足でさらに奥の襖を開ける。ここを左に行って花の後ろに回りこめれば、脱出口が隠される襖に辿りつけるはずなのだ。


 左の襖はヨウコの斬撃で破られている。後は後ろに回り込み襖を開けると(くだん)の部屋だ。

 

 サヤは上手くやっている。モモを仇花(アダバナ)にぶつけないように縄を上手に手繰(たぐ)る。


 ジカイが襖を開け、サヤがモモとともに滑り込み奥まった部屋のさらに奥の襖を開ける。

 

 そこには鉄の扉があった。敵を少しでも長く防ぐため内開きの鉄製なのだ。


 二人で鉄の引手に手をかける。老人と若い娘には重い扉だ。錆びているのかともかく重い。


 力の限り引くうちにジカイは手がすべった。


「あっ!」

 もんどりうち、灰が床に散らばってしまった。


「あ、刺激してしもた。」


 その時、ジカイは見てしまった。首をもたげる石の花とその根元にあるものを。


「和尚様!」

「来るな!」

 

 その時、観の星王(ユーグ)は散らばった灰を伝って光線を、その一瞬で伸びた触手、そうあの根を乱れ撃ちにしていた。砕け散る白い石と赤黒い草の根。


「来るでない!(はよ)う!。」

 ジカイはサヤとモモを扉の奥に押しやり懸命にその鉄の門を押す。


 よし、片方を閉めたもう片方を。そうしなければアダケモノと煙が子ども達を追って襲うかもしれぬ。

 

 扉を閉めながらジカイは歯噛みしていた。年をとるとは悲しきこともあるよな。これしきの扉に手こずるとは。


 それでも押す。逃がさなくては・・・この子達を逃がさなくては。


 この虎成(とらなり)の希望の芽を摘ますわけにはいかん。



 一度、国を裏切ったワシにできる最後のこと。



 ジカイはもう腹を決めていた。


 子ども達だけでも・・・逃がす。


 ああ、でももう、力が入らぬ。情けなや。 腹をくくっても無いものは無い。


 汗と涎と涙を振りまきつつも懸命に押すが動かない。後、拳が三つくらい。


「和尚様!上!」

 サヤの声がする。


 仇花(アダバナ)の根が扉の上部に伸び挟まっているのだ。


「へっ、兄上。最後はどうするんだっけ。そ・・・う機嫌良うするんよなぁ。」



 ジカイの背を(トゲ)が刺し貫いていた。



 そして次の攻撃のためその根を本体のところまで引き戻している。


「和尚様、和尚様!」

 サヤの泣き叫ぶ声が扉の向こうから響く。


 ジカイは扉を背にした。

「サヤ殿、生きなされ。腐った花は拙僧(せっそう)が積んでおこう。のう?」

 いつもと同じ優しい笑顔であった。


新三(しんざ)、心のつっかえは少しはとれたかい?」

 青年の明丸の声がする。あの子はもう寝ているはずなのに。


「あんなに、仲睦(なかむつ)まじくされりゃあ。気持ちも冷めますわい。」

 声がしたのは袂からだ。探ると貼札が出てきた。


 震える手で、裏紙を剥がして手が止まる。

「ワシにこれを使う資格はあるのか?」


 貼札から声がする。

「良いんだよ。そなたの心は充分に苦しみに震えた。もう充分だ。」


「・・・そうか。なら最後には、少しお役にたてるかの?」

 ジカイは震える手で貼札を自分の胸に差し入れて貼った。


 最後の願いか。ジカイこと新三郎の体は若く脈を打つ。


 しわがれて、飄々とした老人の姿はもうなかった。


 灰を巻く。力強く。そして光線は雄々しくその根を焼いていく。扉に挟まる根を焼き切る。


 そして、血まみれの背中で鉄の扉を押し締め切った。


「若いって良いのお。背だけで押せたわ。」

 新三郎はカカと笑う。大量の出血とともに。


「のう、仇花(アダバナ)よう。ひとつ聞きたいのだが。」

 ふらつきながら数歩歩く。



「キサマ、誰の魂を喰った?」

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