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第57話 亀と扉


延焼を続ける虎成(とらなり)城 奥の奥


「おお、これは、ああぁ助かった。ワシャあ、ワシは取り返しのつかんことを・・・。」


「あんた、どこもケガしとらん?あん猿に痛てえことされとらんね?」

 サヤはまるでジカイの話など聞いていない。明丸を抱っこしてケガをしていないか入念に確かめている。持ち上げたり、胸に手をおいてひっり返してみたり。腕を引っ張っられたかもしれないから、袖をまくってのぞいてみたりしている。


 どこにも異常がないことが見て取れると、(ふところ)から手ぬぐいをとりだし軽く明丸の口に充てる。


「和尚様、煙が多い。早う逃げんと。この子が一番危ない。」


 この娘が狙っていたものとは、その胸に抱いている者ではなかったのか?


「ああ、そうじゃそうじゃ。サヤ殿、明丸殿をこちらへ。おっと、その前に」

 ジカイに(たもと)が輝く。


 ジカイの宝、観の星王(ユーグ)から放たれた光線は、後ろからサヤと明丸を襲おうとしていた猿モドキ(アダケモノ)の右の腕を溶かして吹き飛ばしていた。

「すまんの。だがその手は赤子に手を挙げたんじゃ。文句はなかろ。」


 ジカイは明丸を受け取るとまたモモの上の寝床に寝かせる。

「さっきは申し訳なかった。さぁゆっくり休んでくだされ。」

 そう言って、明丸の頬を撫でるジカイの顔はなぜか淋し気であった。

「モモ、そなたの甲羅の内に身を隠せば誰も手出しはできぬ。六連星をかたどる盾の狼(ラウンド ウルフ)よ。頼むぞ。」


「サヤ殿」

 一度しか言わない。よく覚えておくのだとジカイは言う。


「 (Mauld)(Darwin) (Jennifer)(Wale) 」


 これが、この世界の八百万(やおよろず)の神の(いただき)震主(ふるえヌシ)への祈りの言霊。

 この言の葉にのみ、モモの甲羅は応えるらしい。


 そひてモモの背中の甲羅はしっかりと閉じた。

 しかしそれは透けていて、中の明丸は寝ていることが分かる。


 明丸をしっかりと六芒星の盾狼(ランドルフ)の盾の下に隠すことができた。


 「和尚様、この子どうやって逃げると?」


 そうである。亀である。敵を振り切って逃げるのは一番不得意な生き物である。


 せめてウサギでいてくれたなら・・・。


「おお、そうじゃ!モモ!ホイッ!」

 ジカイはポンと手を叩くと、両の手の平を上にして上へ上へと持ち上げるマネをする。


 じいっと、モモはその桃色の瞳で変なジカイを見つめている。


「変じゃのう、ヨウコ殿のいうことなら、よく聞くのに。」


 首をかしげるジカイを見て、モモが目を(つぶ)り、笑ったように見えた。


 腹の底に明るい桃色の魔法陣が浮き出る。


 重いモモの体が浮いた。シロウを背に括りつけているのにだ。


「おう!それそれ。ええ子じゃ。」

 ジカイは手を叩いて喜ぶ。


 あまりの出来事に驚いていたサヤだが

「和尚様、これすごいけど・・・」

「うん、浮けるのだ!高さも自由自在!」

 ジカイはワシのいうこと聞いてもらえたのだぞと胸を張っている。


 確かにモモはサヤの目の高さで浮いている。魔法陣への力の込め具合で上にも下にもいけるようだ。

「前には進めると?」

「うんにゃ!足届かんもん!」


 しかも、ここは水の中でもない。


 その時、炎が廊下に回り天井が崩れ落ちた。


 ヨウコとロクロウは燃え立つ遥か天守閣の上で睨み合っているようだ。


 夕日の紅と炎の赤が白い雲を交互に染めている。


 城の影とともに、刃を交差し合うその影は、二人の睦みごとが永久に続くように思わせる。


 ジカイはその影だけを見て思う。


 あれほど、想い想われてみたかったのう。


「早うせな!」

 

 サヤの声が現実に呼び戻す。


 城は(なか)ば崩れ、仇花(アダバナ)は健在。大殿は息を引き取り、大将(シロウ)は気を失っている。虎成(とらなり)のほぼ全域がク海に沈んだ状態であり、アダケモノはまた増えてくるのかもしれないのだ。


 気が付くとサヤはモモにシロウを括りつけた縄をその腹の下に()わえなおし、その端をしっかり握っている。


 この奥につづく虎成(とらなり)城への道は、虎河(こが)兵はともかく先ほどの猿モドキのように新手のアダケモノが襲ってくる可能性が高い。炎も渦巻いていることだろう。


 仇花(アダバナ)(ほふ)られれば良いのだが、手こずると火のせいで呼吸すらできなくなる。


 ジカイは迷った。仇花(アダバナ)を始末せずに城を下るということは、ク海の深みに向かうということ。モモの背に隠す明丸はともかく、深く潜ればシロウとサヤは五感に支障をきたすだろう。


 逃げるならば、ひとつ・・・心当たりがある。


 ジカイもかつては、重家(かさねけ)の若様だった。この奥で過ごした幼少期の記憶がある。危急の場合は、妻子と側仕えの者が逃げるため隠し通路を幼い頃、教えられていた。


 その場所に続く扉は・・・。

「ちと、仇花(アダバナ)に通してもらわねばならんのだが・・・」


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