第56話 炎と啖呵
崩れかける虎成城 奥の奥
「若様!ここは任されよ!」
陽弧の声は年老いたそれではない。若く澄んだ乙女の声だ。
「ジカイ殿!明丸殿を連れて、早う落ちなされ!」
陽弧は喜々として旦那様としのぎ合いながら、ジカイにを急かす。
炎の舞台。
仇花を背に、二人は思う存分語りあうことができるのだろう。薙刀に紅蓮の炎と肌を切り刻む風を巻き込み積年の想いを夫にぶつける妻。ヒラヒラと扇片手に妻の怒りを避け続け、好機をうかがう浮気者の夫。
邪魔をしてはいけない。命をかけた痴話喧嘩だ。
さらに燃え盛る城。二人の影はその中で切り結ぶ。
怒りも、哀しみも、後悔も・・・そして喜びも。
二人の影だけが知っている。刃の上に繋がった絆。
会いたかった。会いたかったのよ。
どれほどの月日が女を暗く寂しい心の牢に閉じ込めてきたのか。
しかし、解放された。旦那様の目の前で。
一番見て欲しい姿で、一番自信のある時で、耐えに耐えてきた心を。
苦労をかけたでもない。ようやったでも足りぬ。
言の葉だけでは、贖えぬのよ。
その命を私の前に持ってこい。
ぶつけて、ぶつけて、ぶつけて、ぶつけるのだ。ただ受けよ!受け続けよ。
そしてあなたも泣いてほしい。
私の心は泣いていたのだから、ずっと。
愛しい旦那様の首をこの手で切り落とした時からずっと・・・。
「こりゃぁ、落ちるしかあるまいなぁ。これ以上は見てられぬわ。野暮じゃ。睦みごとは家でやれい!」
ジカイは明丸をしっかりと抱くとシロウを探した。
シロウはうずくまっている。
だいぶんと血を流し、疲れが極限まできている。
「命に大事はないが、さてちと困ったの。」
意識もはっきりしないようだ。歩けないだろう。
「まぁ、よくここまでもたせたのぉ。立派よ。しかし・・・」
落とさねばならぬ。重の血。この命に代えても。
思案するジカイにモモがゆっくりと近づいてきた。
「おお、お前さんがおったのぉ。」
モモはその桃色の瞳でジカイを見つめる。
「この子らを連れていってくれんかね?」
理解したのか、ゆっくりと腹を地面につける。
「おおぉ、ええ子じゃ。」
ジカイは縄でシロウをモモに括りつけた。そして明丸をモモの背の寝床に寝かせる。
第3の目は消えていた。
そして残ったふたつの目も閉じて、寝てしまっていた。
力を使って眠くなったのだろう。
「ええと、これとこれを・・」
ジカイは親が子どもの旅の荷を作るようにいろいろなものをモモの背中に入れていく。最後に袂から何かつつんだ懐紙を取り出した。
「これ、何だっけ?まぁいいや。」
急いでいたので、あまり考えずそれも突っ込んだ。
「良し!これで。いくぞモモ・・・」
その時だった。白い影がモモの背中に飛び乗った。
「ああっ」
ジカイは唸った。
猿のアダケモノだ。
その腕には、明丸を抱いている。
「こおりゃっ!」
ジカイは観の星王を構える。しかし光線が明丸にあたりでもしたら。
そして、飛ばれでもしたらその老いた身では追いつけない。
しかし
「飛びやがった!」
ジカイは後悔した。連れていかれる。
その時、モモの目が桃色に燃えた。
あの六芒星の盾狼の防御結界が立ち上がったのだ。
内側から、結界にブチ当たる猿モドキ。
その勢いはすさまじく、手にした明丸を放りだした。
ああ、落ちるっ。ジカイは手を伸ばすが届かない。得も言われない恐怖が奔る。
しかし、その時走り出た者がいた。
すんでのところで明丸を抱きとめる。
そして、猿モドキに向かって啖呵を切った。
「あんた!何しよっと!ケガしたらどうするとね!」




