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第53話 温情と真実


燃える虎成(とらなり)城 奥の奥


(あなた)様では、物足りぬのです。」

 その一言とほほ笑みが、ナツキの答えであった。



 焦げ散る臭いが充満してきた虎成(とらなり)城。


 目が(かす)むのは、煙だけでなく仇花のもとク海に沈んでいるからだ。


 朔夜介(さくやのすけ)は帰ると言って背中を向ける。


 立ちふさがる鹿郎(ロクロウ)


 シロウの肩は震えていた。大事なものを失いすぎた。傷つきすぎた。


 朔夜介(さくやのすけ)に添うナツキだが、最後の哀れみなのか振り返り手をつきそう答えたのだ。



 若様の瞳が訊いてくるので答えましょう。幼馴染としてのかすかに残った温情(なさけ)


 そのほほ笑みはそうとでも言いたいのだろうか?


 (いつわ)らざる本心と・・・?



「ナツキよ、そなた勇王様(そちら)側につくのだな?」

 ヨウコの戦乙女の護り(ヒルデガルド)が鳴った。


 ナツキは祖母に対して深々と頭を下げる。


有慈郎(ユウジろう)に続き、そなたも失うことになるとはな。天も理不尽を(ばばあ)にするものじゃ。」


神鹿郎(じんロクロウ)。任せたぞ。」

 今度こそ帰るつもりだろう。

 朔夜介(さくやのすけ)は立ち上がったナツキの腰を抱き去ろうとする。

 (ささや)きあう二人。


 最後、シロウを見たナツキはほほ笑んでいなかった。

 深く黒く冷たいその瞳の焦点はズレていなかった。


朔夜(さくや)のすぅけぇぇぇぇぇ!」

 切り込んだのは戦乙女の護り(ヒルデガルド)であった。

 風をはらむ歴戦の一撃が背中から朔夜介(さくやのすけ)を襲う。

 

 それを、(やいば)をもって阻む者がいた。

 神鹿郎(じんロクロウ)ことロクロウだ。

「お相手は私がするよう(おお)せつかっておりますので。」



 朔夜介(さくやのすけ)とナツキはともに姿を消した。


 ロクロウと仇花(アダバナ)虎成(とらなり)に残して。


「ロクロウよ。」

 シロウがかすかに呼びかけた。


「ほおう、心はもう折れたかと思っておりましたが。」

 ロクロウは顔色ひとつ変えずに返す。


「そちが来てくれてからの三年、楽しかったぞ。」

 三年前、シロウが今の職につくにあたり仕官してきたのがこの男だったのだ。

「私も存外に充実した日々でありました。」


 少しの沈黙が流れた。


 ロクロウが問う。

「いつから?」

 気づいていたのか訊きたいのだろう。


「我がなぜ、チエノスケしか伴わず、そちをサヤの見張りに残したと思う?」

 よく思い出してみよ。シロウは問いに問いで返した。


 最後に分かれた時、シロウはロクロウに背中を向けたまま、生きてまた会おうと言った。

 目を見て言うことができなかったのだ。


 生きて会い、このような結果となった。


「大殿に何か言われましたな。」

 二人は庭に出て、にらみ合う。


「それもある。だが、おかしいと思っていた。」

 シロウの目が細くなる。考え事をする時のくせだ。


「お気づきでしたか?」

「ああ、父が死んだ日に向かった鮎井(あゆい)城、父が駐屯し出発した福真(ふくざね)城そしてこの虎成(とらなり)城。アダケモノがのさばるには距離がありすぎるのよ。」

 フフとロクロウが笑う。


「きっと、各城をうまいこと避け、山や谷を伝って分からぬように仇花(アダバナ)(つな)ぎ伸ばした。そして、父を誘い込みアダケモノに襲わせた。」

「それでは、若には隠せませぬよな?」

 ロクロウは異なことをと即答する。


「いや、最終的に報告する人間が報告しなかったらどうなる?その立場にいる者は・・・そちじゃ。」

「しかし、若は他の手下の者に聞くこともできたはず。」


「・・・聞いたさ。」

「ほう。」

 私を疑わぬまでも疑問を感じて動いていたか。ロクロウの眉が動いた。


「皆、一様にそちと同じことを言っていたな。」

「それでも、私に疑いを?」


 早い時期からではないとシロウは首を振った。


「あの川の時の仇花(アダバナ)との戦いで、そちの見せた能力。あれは我も初めて見るものであった。ともかくあの時は余裕がなかったが、今思い返すと気づくことがある。」


「そなたの宝、事象をなかったものにできるな。記憶なども。」

「それほど長く消せるものですかな?」

 消せることは否定しないロクロウ。


「いや、川の流れなど自然現象ならともかく、曖昧(あいまい)になりやすい人の記憶なら容易(たやす)いのでは?」

「御冗談を。」

「我に秘密の内容を直接、意見できる者は片手ほどだからな。」

「その都度(つど)、私が間に入れば、操れると?」


「そして、我はあの頃、父の進む西ではなくて、獅子谷村(ししやむら)のある東へ行っていた。いや、(いざな)われていたのか。」


 シロウは、己の浅はかさを食い手いるのだろう。切っ先がわずかに揺れる。


「ともかく、我は気になったけれども、疑いたくなかった。もっときちんと行動しておくべきだったのだ。我が・・・甘かった。」


 間があった。


「二十歳やそこらの(わっぱ)なら、仕方あるまいな。」

 ロクロウの口から出た言葉にはおかしなところがあった。


「なにおう!それならキサマも(わっぱ)ではないか!」


 張り詰めた糸が切れた。二人は一気にその刃をお互いに応酬させる。


 しかし、虎河(こが)兵、アダケモノと戦い続け、満身創痍(まんしんそうい)、愛しき者にも去られたシロウの剣はロクロウを相手するには、精彩を(いちじる)しく欠いていた。


 だんだんと押されていく。普段でも勝てるかどうかすら分からぬほどの相手なのだ。


 ぬかるみで転ぶシロウ。


「御免!」躊躇(ちゅうちょ)なくロクロウは振りかぶった。


 刃は薙刀によって止められていた。


 ヨウコが力任せにロクロウの凶刃を払いシロウを助け起こす。


「この者の相手は、この婆やにおまかせあれ。」

 ヨウコは右手で戦乙女の護り(ヒルデガルド)の切っ先をロクロウに向けたまま、シロウの震える手を握る。


 まぁまぁこんなに冷たくなって、若様、怖い思いをしたのですね。悪いヤツはこの婆やがこの薙刀で斬り伏せてみせまする。ご安心あれ。ヨウコはシロウの幼き日を思い出していた。


ー誰ぞ、我が命たる若様をここまで傷つけたのは・・・決して許さぬ・・・-

 ヨウコの目には紅蓮の炎が燃え上がり、薙刀は風を呼ぶ。


 そして薙刀を握りなおしロクロウを見据えてこう言った。


「決して許さぬ。相手が誰であろうと。・・・ねぇ‥旦那様。」

 

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