第48話 天守と船
天巫女城 天守
ユウジは、天巫女城の天守からの絶景に息を飲んでいた。
六年前はただの家臣の息子、しかも十歳になるかならぬかの洟垂れ小僧なので、天守など見上げるばかりだった。そんな子どもが地上から見るだけでも、美しいと思っていた崖の上にそびえたつ
城の天守からの望みである。ため息が出た。
こんなに警戒を解いたのは、いつ以来だろう。宝引のあの川で泳いだ日が懐かしい。
ク海といえど、人間以外には優しいのだ。心と五感が潰れないのなら、ここは、地上より過ごしやすいかもしれない。現に夏の終わりといえど、だいぶん涼しいのだ。
オレ達人間は、それほど世界にとって疎ましい存在なのだろうかとユウジは思う。
「城を仇花から解放する?」
背後から聞こえた。
マチルダの声が驚きの色を含んでいた。彼女は壁にもたれている。
「ああ、そうだ。いずれな。」
胡坐をかいている魂座の大叔父はいつになく落ち着いているようだ。
ユウジは高欄から手を離し、その輪に加わる。
「魂座殿、どういうことなのですか?」
天守の間中央で正座をしているメルが静かに魂座に尋ねる。
「まず、マチルダ殿、メル殿の目的は、我が主ユウジ殿のク海からの救出の後、もとの主であるサヤ殿という方との合流であることに間違いはないな?」
「その通りです。」
マチルダが即答した。
「合流できた後はどうするのだ?」
魂座の質問は低く下から響いた。
「それは言う必要はないし、ともかくサヤに会うのが先決です。」
マチルダがめずらしく突き放す。
「ふむ、ではワシが考える目標を言う。我が主ユウジ殿はおそらくク海を動き回ることができる数少ない人間。主としてはこのク海の謎と因縁と仕組みを解き明かし、人間の安全圏の拡大が望み、いわば目標と考える。我々は言わば思念体じゃ。ローラ嬢ちゃんの言葉でいうと星幽体とでも言うのかの。ともかく、殿という実体の核を得た。反撃の狼煙を上げたい。」
大叔父上?いつになく真面目な・・・それができたらとユウジは首を縦に振る。
「この点において、お二人の腹の中は知らぬのだが、目的に合致点もしくはそちらに利がある点があるか?」
「サヤ様の身の安全を一番に考えればあります。彼女は人間ですから。」
メルは目を閉じている。サヤの身を案じているのだろうか。
「ただ、矛盾がある。我々はク海でしか、この姿ではいられない。」
マチルダのいうことは分かる。ク海より上では、自分の存在が宝という物の形だけになり、主体的には行動できなくなるからだ。
しかし、そうなるとユウジを除く五人全員がク海がなくなることを望まない。むしろク海側の立場でク海が広がることを望む方が自然と考えられる。
「ワシと璃多は人間の頃の記憶がある。そなたら三人はない。ワシらは子ども達のことを思えば、自分達のことはまぁ棚に置けるかもしれん。だが、そなた達にはそれはない。」
「それはそうだな。人間の生存に対してのこだわりは無いかもしれない。自分たちさえ良ければね。」
マチルダは正直だ。
「しかし、私達だけの世界ってなんだかつまらないですわ。」
メルがユウジを見つめる。あれ、女性陣はなぜユウジを見ているのだろう。
「そうだね、生きのいい男がいないと退屈しそうだ。」
マチルダの目が紅い、紅いぞ。どうしたのだろう。
「長い時間経つと、こちらの男はダラダラと腑抜けになりまする。短い一生を懸命に生きている魂でなければ美味しくありませんわ。」
璃多さん、問題発言と考えます。味ですか?
「魂は、振動数なのだ!心が震える充実がミソだぞ!」
ローラさん、もはや、何を仰っておられるか分からない。
魂座が口を開いた。
「お互い、共にいることができぬとはつらいものだな。求め合えば特に。」
「花神様も石神様もそうやってもつれておられる。花神様があの御方達を求めてその根を伸ばながら崩れ、それを諫める石の神様の石がそれを支えるが縛る。もどかしいものです。」
璃多姫が切なそうだ。
「あの御方達?」
「夫と息子だよ。」
マチルダ、あの昔話のことか?
「勇王、内花とは違う氏、主形という氏に属する者よ。火を吹く船を操るという。」
それが今後の目標に絡むのか?
「その船があるかもしれん。」
魂座はポソリと言った。




