第41話 双子と白波
明丸の第三の瞳は、三人の昔馴染みを見つめていた。
その瞼が瞬きして、唾を飲むほどの間があっただろうか。
「・・・分かった。」
その声音には諦めと覚悟が滲む。
「その想い、私が汲んで残そう。」
「ありがとう・・・ございまする。」
現太は畳に額を押し付けた。
そっとヨウコ婆が銀の小皿を明丸の前に差し出した。
明丸は今度は自分の意志で、皿の縁を撫でる。左周りに。
すると、皿の縁がまた金色に輝き、宙に浮かぶ。
またあの空間に繋がったようだ。星の煌めきが明丸の瞳に映り込む。
明丸の小さな指が小皿の底の宇宙との境界面に触れると、一枚の貼札が飛び出て中央で回転し始めた。
そして貼札は宙に浮いたままその回転を止め、皿はゆっくりと畳に着地する。
明丸は両手を広げて、現太に向ける。
その両の手のひらには、また目がそれぞれにあった。
「破邪の瞳よ。この者の本質を見通せ。」
貼札は現太の額にひたと貼りついた。
明丸の小さな両の手のひらの瞳は雷で燃える。
「うん。そうか・・・」明丸は静かにうなづく。
新三と陽弧が顔を見合わせている。
「現太。ステラとマリスが話があるそうだ。」明丸は言う。
「・・・話でございますか?」
現太こと大殿は、思いもよらぬこととばかりにまばたきしている。
「後ろを見なさい。」両の手のひらを閉じて明丸がほほ笑む。
現太は振り向いた。
そこには、異国の青い服を身に纏った年のころは十歳くらいのおかっぱの女の子が二人座布団に正座をしていた。
現太郎をみて、ゆっくりと両手をつき頭を垂れる。
同じ顔だ。双子だろうか。ただ右の娘は右目が赤くステラと名乗り、左の娘は左目が赤くマリスと名乗った。
「現太郎兄様。」
二人が同時に声をかかける。
「おお、おおそなた達。」
現太の両目には小さな光る粒がある。
「五十年、よく遊んでくださいました。」
二人の声は一糸も乱れない。
「いや、我は助けられてばかりで。」
現太は目をこすった。赤くなった目を細くして二人の娘を見る。
「やはり、お前達、ク海で死んだ時と同じよな。昨日のようじゃ。」
「兄様はおじいちゃんになったけれど。」
二人は顔を見合わせて笑う。
「私たち、本当の名は失ってしまったけれど兄様達に見つけてもらって良かった。」
ステラが満ち足りた様子で言う。
「間に合わなんだがな。新三と陽弧と源八でク海に入った。」
「新三兄様も陽弧姉様も、お姿が見れて良かったぁ。ク海の外では出られないから。」
マリスが二人をみて目を細めた。
「あなたたち・・ようもまぁ。」
陽弧はもう前が見れていない。気持ちはその頃に戻っている。
「姉様、源八ちゃんはまだク海にいるわ。あの戦の後で。」
マリスが言うのが遅くなってごめんなさいと付け加えた。
陽弧はかまわず袂で目を押さえている。
「そうかえ、あの子はまだ暴れておるんじゃろうのう。性懲りもなく。」
端で肩を震わす者がいる。
「あの時のう・・・ワシがしっかりそなたら手を離さなんだらの、ク海になど・・。」
「新三兄様、言いっこなしよ。」
そう言うのは、双子娘は気にしないでと言いたいのだろう。
外が騒がしくなった。虎河兵とアダケモノがすぐ近くまで来ている。
火の手が上がり始めたらしい。焦げた臭いがする。
二人の少女は明丸に向き直り頭を下げた。
「無名丸様。花と石に記憶までもっていかれなんだのは、死に際にあなた様が手を握って呼び掛けていてくださったからです。失ったのはこの世の名だけで済んだ。心より感謝いたします。」
そして、現太に向かってマリスがこう言った。
「残念ながら、すでにこの城一帯はク海の下になっております。まぁそれで私達も姿を現すことができているのですが。」
ステラが続ける
「兄様、五十年、音だけでこの国のことを知ってまいりました。兄様が覚悟をお決めになられたとあらば、私どもも最後のご奉公をしたいと存じます。」
「・・・奉公とな。」
「この城の掃除でございますよ。私達が育ったこの場所の。」
ステラが当然という顔だ。
「土足で踏み荒らすなど、許せませぬ。」
マリスは頬を膨らませている。
「現太、先のこの娘たちをあずかる件。心配するな。事と同時に私が連れていく。」
明丸が小さな胸を張っている。
「・・・おお、そうか。ならば。」
現太郎は二人の妹ににじり寄って、両方の頭をなでた。
「ああ、本物じゃ。何年、何十年ぶりかの・・・。」
「兄様。」
二人の娘が呼んだ。
「この地に育った者として、他の土地の者と仲良うすることに異存はありませぬ。されど、ここは人の住む地です。話し合いもしくは己の力のみならともかく、欲をもってアダケモノなどをけしかける者など言語同断。」
ステラがはっきり言い切る。
「己が身は己で守り、己がことは己で決める。他者を思いやっても、それにおもねることはない。少なくとも、勇那の重の娘として、私どもはそう思ってまいりました。」
マリスははっきり言い切る。
「だから、兄様、最後のお仕事は添わせてくださいませ。」
二人の声が揃う。
「そうか、ならば一緒に参ろう。」
現太はほほ笑んだがそれは老人の艶のない笑顔ではなかった。
さらわれた二人の妹を探しにク海へ飛び込んだ若き日の兄の顔だ。
「それでこそ、我らの兄様じゃ。」
「兄上!」「大殿!」
新三と陽弧がおもわず声をかける。
「最後の最後まで、機嫌良う過ごせよ。遺訓じゃ。」
現太郎こと大殿、先の勇那守は明丸に正対して正座した。
海星の涙の両の鈴につながる紐を両手でつまみ、体の前に構える。
「・・・傷ついた勇那の者どもよ。待たせたな。我が参るぞ。安心せい。」
姿勢を正す。
「我が名はっ、重 勇王 現太郎 護繁 ! 星の海を渡る双子龍の涙よ、ともに邪を払わん!」
この世界で命を飛ばすという諱をはっきりと言い切った。
ステラとマリス、両方の鈴に刻まれた龍がぶつかる。
音が弾ける。
それは城全体を揺さぶる大きな音。
そしてそれは、虎成に入り込んだ全てのアダケモノを一瞬で滅する大きな鈴の音、波動の圧力であった。
どこまでも続く花畑。
ひとりの少年が両の手に二人の女の子を連れて佇んでいる。
「名残おしいが、ここまでじゃ。」
少年はしゃがんでふたりのかわいい顔を覗き込んだ。
そうすると、三人はともに花畑に膝をつき、動けなくなってしまった。
いつの間にか、二人の少女の真ん中に赤ん坊が座ってこちらを見つめている。
少年は意を決して、両の手にギュッと力をこめ、そっと離した。
そして立ち上がる。
「我が、生きた証をどうかよろしくお願いいたします。」
深々と頭をさげると赤ん坊と目があった。
「御機嫌よう!」
そう言うと少年は背中を向けて歩き出す。もう振り向かない。
その行く手には河があった。
そしてその彼方には白波の中、一隻の船が静かに進む。




