第2話 青年と宝引
「初めての者もおるじゃろうからご説明いたす。」
檀上からしわがれた声がした。この寺の住職である。
「ええまず先に、本日は重家の若様にご臨席を賜り、検分していただくことに相成り申した。」
その場にいたもの全員が頭を垂れる。
先ほどとは違ってすまし顔で床几に座る若様から向き直った住職が静かに話し始めた。
「この地における宝引はク海より持ち帰った、錆て固まった宝を引き当てること言う。」
読経で鍛えられているのか、しわがれていても末席まで聞こえる良い声だ。
「まずひとつ、皆も承知のとおり、宝が認めぬ資格なき者が触れても宝は錆びたままである。」
住職は目を閉じたまましばらく間をとり、
「宝に人が触れ、錆が落ちるのは宝の意向に沿うということ。人もそれぞれ、宝もそれぞれであるが故に、これはその者と宝の相性であるから、めぐり合わせ、もしくは運命であろう。」
宝が人を選ぶ?ユウジは不思議に思った。
「ふたつ。もし錆が落ちても、ただそれだけのこと。物として扱うことができるだけであり、普通の道具となんら変わりはござらん。肝心なのはここからである。」
皆、住職を見つめていた。
「みっつ、その先の段階へ進むには、触れたまま宝をよくよく見てみる必要がある。そうすると宝はまず自分の名を教え、力をくれる。」
まず・・・名を教えるだと? ユウジは引っかかる。住職とふと目が合った気がした。
「それ以上のことは錆びを落とせた後・・・ということになっておる。そして宝を引くに当たって必ず守ってもらわなければならないことがひとつ。もし、宝に何を見たとしても、絶対にそれを口にしてはなりませぬ。守れぬようなら少し痛い目をみてもらわねばならぬことを了承していただきたい。」
若様の後ろの屏風に人影がある。
「それさえ守っていただければ簡単なことである。また、めぐり合わせ故に、ひとりで複数の宝が引ける場合、ひとつの宝が複数の人を引く場合、もしくはその両方の場合もある。これらの場合、主君である重の家の定めに従い、御蔵奉行殿と鑑定役の拙僧が協議の上で判断し、若様を証人として、所有者の選定を殿様に上申 申し上げることになっておる。その後、所持の許可が下りる。」
御蔵奉行、若様の左に腰かけている年配の役人がそうであろう。
住職は続ける。
「最後に、この宝とはまことに不思議な力を授けてくれる。その全貌はいまだに分からぬことが多く、ク海の物故に我々の理は通じぬ。ただその力を世のため、重家への忠義のために使うのならば、身分や性別は問わず召し抱えることもある。さあ、始めよう。我こそはという者は前へ。」
立身出世の機会なのだ。
年齢制限としては、成人に達していることが条件らしい。
所有者が亡くなってしまうと宝はたちまち錆びるのでまた宝引に出されることを含め、宝引が催される度に違う宝に出会う機会がある。
そのため、なるほど色々な顔ぶれが並んでいる。四、五百人はいるだろうか。
順番は身分の低い者からのようだ。
宝引は早くて半年に一度、大体は年に一度程、宝がある程度集めることができた時に行われる。
今回の宝は全部で七つあるようだ。
ク海の際で新たに発見された宝が三つ、戦で他国から接収した宝が二つ、残り二つは持ち主が亡くなったものと病で放棄したものらしい。
「そもそも、どうやってク海から宝なんてもってきたのだ?」
ユウジは列に並びながら疑問を口にした。
「そう思うでしょう?」と声が返ってきた。
「あれ?」
先ほど川で若様についていた侍がユウジの後ろにいつの間にか立っていた。
たしかロクロウという名のはず。端正な顔立ちでかなりの長身の好青年である。
「あなたも参加されるのですか?」
青年は「五〇七」と書かれた木札をプラプラさせてにこにこしている。
ユウジのは「四〇三」だ。
「若から許可は出ています。むしろ引いて来いと。お祭りではないのですがね。」
ケラケラ笑っている。気さくな人のようだ。
「先ほどの疑問ですが、深くは知らなくて良いことのようです。問題は錆びが落とせるか落とせないか。要するに使えるか使えないかですよ。」
錆び落としの段階では指で宝に触れるだけなので、宝自体の説明はなくただ並べられている。
それなので人数がいても意外と早く列は進んでいく。
ちょっとだけ触れて錆が落ちるようならば、係がその番号を控えて後ほど呼び出す仕組みだ。
これを全ての出展された宝に対して行う。
「大江 ロクロウと申します。片城殿は、この間、元服されたと若から聞きましたから、宝引は初めてでしょう?」
「ええ、初めてです。」
ユウジは十六歳になり、一月ほど前にに元服し、片城家を相続することになっている。
「私は何度も参加していますが、その度ににワクワクします。」
「改めまして、片城と申します。失礼ですが、大江殿はおいくつなのですか?」
名前は知っているが、ユウジはこの青年に馴染みがない。
「ああ、今年で二十二です。田舎から出てきまして、若より一つ年上なのでちょうど良いということで若の近侍を仰せつかりました。」
年が近いだけではない。まるで隙のないこの人は相当腕がたつのではないかとユウジは思った。
「若が片城殿は幼馴染のようなものだとおっしゃっていましたが。」
「母がありがたいことに若様の乳母を務めさせていただいたことがあり、若様と姉が同い年なので小さいころはよく遊んでいただきました。」
「そうだったのですか。」
「はい、ただの若輩者です。」
列はある程度、身分の順になっていれば良いらしく武士は最後の方だ。
「若が先ほど大人しくされてたでしょう?」
「はい。堂々とされてました。」
ユウジは先ほどの妙に畏まった若様の顔をフト思い出した。
「実は到着早々我慢しきれず、すべてお触れになって、全部ダメだったんです。」
「えっ、若様でもダメなのですか?」
だから大人しかったのか、ひとつくらい錆が落ちても良いものをと・・・ユウジは思った。
「そんなものなのですよ。だから気を楽に楽しみましょう。」
ああこの人は悪い人ではないのであろうな、そんな気がした。
「さぁ進みますよ」