第27話 村娘と婆様
ードッドッドッドッドッドッー
廊下を速足で歩く音が近づいてくる。
ースカッッッー
シロウの執務部屋の襖が勢いよく開いた。
「チエノスケ!サヤ!済まぬ!」
沖が頭をさげ、
「承知しておりまする。」
総登城がかかる状況だ。察するに余りあるところがある。
シロウはすでに鎧を纏っている。
「ああ、先に片づけてしまわねばならぬことができた。サヤ、そなたは即刻この城を出て北の成馬宮の城へ逃れろ!」
民はもう半分以上、着の身着のままで逃しているのだそうだ。
「それほど危ないのでごぜますか?」
「ああ、アダケモノの大群だそうだ。」
サヤの顔が引きつった。先日の記憶が蘇ったのであろう。
「なんと、そのようなことが!」
沖も苦虫を嚙み潰したような顔だ。数匹のアダケモノにあれほど手こずったのだから。
「にわかには信じられんがな。目標はこの城だ。」
虎成城は川を天然の堀とする平山城で西側からの攻撃には強い。
しかし、相手はアダケモノをて手なずけている様子だ。油断ならない。
「アダケモノはク海の外には出れないのでごぜえましょ?」
サヤが不思議そうな顔をする。
「それが、これまでとは違うらしい。」
前提が崩れているのだ。
「そう言われますのは?」
沖の問いに、これは推測だがと前置きして、シロウが
「おそらく、何らかの宝の力が絡んでいるとみる。」
「想定外の報告が入っております。」
ロクロウが、国主、勇那守の身に起こったことを説明した。
「・・・だからな、まず生き延びねばならぬ。調査と探索は・・・その後となる。」
若様は、シロウは拳を握りしめている。
重苦しい空気の中、沖が疑問を口にした。
「しかし、なぜ虎河は土地をク海に沈めてまで攻めてくるのでしょう?」
「ああ、不思議よな。城を奪ってもその地がもう使えぬのではな。」
ロクロウはアゴに手を当てて思案していたが、
「土地を元に戻す方法があるか・・もしくは他にそうまでしてもどうしても欲しいモノがあるか。」
サヤがハッと気が付いたように、
「このお城のお宝でごぜますか?」
グッと身を乗り出した。
「それもある。だが我にはひとつ心当たりがある。」
ピタリと皆の動きが止まり、視線がシロウに集まる。
シロウは、何かを思いとどまったようで、
「・・・まぁ、しかし敵が攻めてくるとなるとやることはひとつだ。叩き潰すのみよ。チエノスケ、我と共に来い。サヤ、さぁ支度をする暇はない。急ぎ退け。」
わずかな間があった。
「ウチもここに残してくださりませ。」
「それはできん。アダケモノが襲来するのだ。破壊の限りを尽くすだろう。普通の籠城戦はできないハズだ。」
シロウは即答する。武器を持てぬ非力な者は逃がすのみだ。
「やけど!」
「宝を持っているならまだしも、ただの娘っ子など邪魔じゃ!去ねい!」
言葉をきつくしたのは思い遣りだ。
「でも!」
しかし、なぜか娘は食い下がった。
「・・・見逃すつもりだったのだがな。」
シロウの声が重くなった。
「え?」
「サヤ、ひとつそなたに訊きたい。」
目も重く座っている。
「そなた、何者じゃ?」
「え?なに?」
シロウはゆっくりと話し出した。
「夕刻のことだがな、川で命を拾ったあの賊だが、牢の中で殺されているとの報告があった。毒でな。自分で毒をあおったのではないことが確認できている。」
サヤはすーっと目を横に流す。
「それとな、これはかねてより分かっていて泳がせていたんじゃが・・・。」
普段のシロウとはまるで違う人物のようだ。
「獅子谷村にサヤという娘とその婆様という者は居らぬ。」
シロウはここでフッと鼻で笑った。
「だがな忍びだとしたら、やり方が荒いのよ。誤算よな。獅子谷村の民を逃す時に人員の把握をするのは当たり前じゃ。まぁジカイ叔父上が名前を鑑定した時には分かったことだが。」
サヤの目がみるみる落ち着きを失くす。
「知っちょったと?」
「この城に入り込むことが目的だと考えていた。そして先ほどアダケモノどもの目的が宝だけではないと知った後、退去を拒んだ。それで確信した。」
シロウは刀の柄にトンと手を置いた。
「サヤ、そなた・・・虎河と同じモノを狙っているな?」
ーバッー
サヤが急に立ち上がり駆けだした。
「サヤ殿!」
沖が追いかける。
「良い!放っておけ!」
シロウが叫ぶ。
「ロクロウ。奥にだけは入れぬようにしておけ。命の恩人じゃ。傷つけとうはない。」
ー敵襲ぅぅぅ アダケモノだぁぁぁー
遠くから聞こえてくる。
「・・・ふん、それどころではなくなったの。」
シロウは立ち上がり数歩歩く。
「ロクロウ、生きてまた、会おうぞ。チエノスケ!来い!」
背中でそう言うと部屋を出て行った。
ー敵襲ぅぅぅ アダケモノだぁぁぁー
「ほう、もうここまで来たか」
大殿の元にも、騒ぎの声が届いた。
床を払い、部屋を清め、正装で客人を迎える用意が整っている。
「どれ、少々、覗いてみるかの。」
膝に抱いていた、文机に上にあった包みをゆっくりと優しく開いた。
「そう怒らないでおくれ。ステラや。マリスも」
大殿は膝元に向けて日向で小さな孫と話しているように語りかける。
「おうおう、我もな、もう若くないんじゃ。」
「暑さも寒さも身に堪えますからの、兄上」
大殿の弟のジカイ和尚がカカと笑いながら茶を飲んでいる。
「ほんに、あの頃が懐かしいものです。」
ユウジの祖母のヨウコも事態を受けて城にあがり、大殿を訪ねていた。
「五十年以上前か。皆でク海に繰り出したのは。」
大殿も茶をすすった。ほうじ茶の香ばしい香りが漏れる。
「無謀でしたな。今の若とまったく同じノリじゃ。」
ジカイが湯呑を持ったまま白いアゴ髭を撫でる。
「一番、お前が悪ガキじゃったからの」
「そういう兄上の方が手をつけられませなんだ。」
心外にござると口を尖らせるジカイだが、
「いや、我が弟が一番ですわ。」
ヨウコが断言する。
「そうそう、そちが片城に嫁に行くと知った時のあ奴の暴れようといったら。」
「姉様一番でしたからなぁ。」
ジカイがヤレヤレという顔をすると白い眉がハの字にフッと開く。
「そうよの、本当に美しかったからの。なぜ片城にと何度も思ったわ・・。」
「美しかった・・・にございますか?」
ヨウコ婆がピシャリと言う。これは本気だ。
「・・・いや、今も美しいよのぉ。変わらんよのぉ。ステラ、マリス?」
「カカカ、兄上のそのような困った顔、久しぶりに見ましたぞ。実は私は父上に訊いたことがあるのです。なぜ、ヨウコ殿は我等どちらかの嫁にもらえないのかと。」
大殿は苦い思い出を思いしたのか、
「父上があの結婚を差配しておられたからの。重臣の娘がなぜ家格が合わぬ片城かと思ったこともあったわ。そちの弟など特に気にしとったじゃろ?」
「そのようなことがありましたねぇ。」
ヨウコは笑顔でほうじ茶をすすった。
白い髭をなでながら、弟は兄にむかって在りし日の父の言葉を伝える。
「それで、父上はなんとおっしゃったと思います?ヌシらのような小僧ではヨウコは釣り合わん。片城のセガレは大人しいが底知れぬ器をもっておる。あの家を育てれば、我が家は安泰じゃ。・・・などと言われましてな。」
「しかし、奴は我等を守って、先に死におった。そちの弟と共にな。」
「過ぎたことにございます。」
「此度の有慈郎のこと、改めて済まぬ。我が孫が共にいながら、片城の血を絶やしてしもうた。」
大殿は婆様に向き直り、頭を下げた。
「私は良いのです。心振るえる一生でございましたから・・・。片城の家もそうです。それに若に褒めていただきましたので、もう充分にございます。」
「失礼いたします。明丸様入られますがよろしいでしょうか?」
障子の外からナツキの声がした。
「良いぞ。お迎え申そう。」




