第25話 大殿と客人
虎成城、奥。
ユウジの婆様の話で一頻りもめた夜、
「お祖父様、具合はいかかがですか?」
重家の四男シロウは、城の奥に臥せる祖父を見舞っていた。
「おう・・・、シロウか。今日はぁ、だいぶん調子が良い。」
先代の勇那守である。
今はシロウの父にその職を譲って隠居している。
「それは良うございました。ああ、起き上がらずとも楽にしてくださいませ。」
ここ数年、病に臥せっていたが、今日はめずらしく体を起こしていた。
「良いのだ。我の最後の仕事も終わりそうだしのう。」
祖父の意外な言葉にシロウは驚き、
「最後だなどと・・。なぜそんな。」
祖父はこのような発言をするとは思えなかったからだ。
しかし、逆に覚悟のようなものを感じ取った。
「ああ、末っ子のお前にはまだ話しておらなんだからの。」
「・・・と申されますと?」
父や兄達が知っていて、自分が知らぬことがあるのかという意味に捉えた。
「んんっ。」
少し、爺様がむせた。
「これ、大殿に白湯を頼む。」
シロウは手を打ち、側仕えの者に頼む。
「気をつけよ。今はこの城にはそなたしかおらぬ。」
一瞬、シロウの頭にはク海探索のことが浮かんだ。城を空けるのはやはり危険か。
「片城のお婆が動くなと言うたじゃろう?」
「なぜ、それをご存じで?」
どうしてそれが祖父の耳に入ったのであろう?シロウは思案を巡らせた。
「失礼いたします。」
白湯を運んできたのは、ナツキだった。
そういうことか・・・シロウは理解した。
「責めるなよ。」
祖父である大殿がポツリとだが釘を刺す。そしてナツキにそこに居よと命じた。
「婆が我に暇乞いに来たのよ。」
そう言って大殿はゆっくりと白湯を口にした。
「年寄の言う事は聞くものじゃ。」
「はい。」
「我と婆は実は幼馴染での。その婆が訪ねてきて今生の分かれだとぬかす。」
先に爺様に挨拶か、まぁそれはそうだとシロウは思った。
「理由は聞いた。まぁ気持ちは分かる。だがな・・・」
「はい。」
「時期が悪い。」
時期?何の時期か?戦の状況は国境で押し出し気味だが。
「時期・・と申されますと?」
「客人のもてなしをせねばならぬ。」
客人などシロウには何の心当たりもない。
「シロウ、片城の婆とそこなナツキが何のお役目をしているか知らぬだろう?」
「父上からは、奥勤めとしか聞いておりませんが。」
そういえば、詳しくは知らない。シロウは普段、奥には入れないからだ。
「二人にはな。ここ五年以上、奥で匿う客人の世話をしてもらっておる。」
「客人?」
客とは誰だろう。しかも五年以上。シロウにはまるで分らないことばかりだった。
「それが、末っ子の私に話していないことなのですか?」
「おぉ、大事な客人よ。」
シロウはナツキに目をやった。
ナツキの瞳はやはり曇っているが、こちらが視線を送ったことが分かるのか、ゆっくりと会釈をした。
「シロウよ。」
大殿はここからのことは誰にも言うなと前置かれた。
「そちはムミョウ丸を覚えておるか?」
「ムミョウ丸・・・。」
忘れるハズもない。六年前、そうあの事件の後に知り合った男の子。
当時十五歳のシロウはこの虎成城ではなく、南東にある天巫女城へ疎開していた。
理由としては、当時、この虎成城が北の那岐の国、彩芭氏の猛攻撃を受けていたからだ。
その当時は東の大国、寿八馬氏とは同盟を結んでおり万が一の場合、重家の妻子はそちらに逃れる手筈が整えられていたという。
しかし、結果的に虎成城は持ちこたえたが、彩芭軍は矛先を変え天巫女城を急襲、落城するという結果になる。理由は裏切りだ。
そして、その最中に、シロウを長とする一行はク海の淵を逃避行することとなる。
襲撃を受けながらの逃亡。
そして虎成からの兄の救援が来た時、ク海においてナツキとはぐれた。
いや、結果的に置いてけぼりにしてしまった。
端的に言えばこれがシロウの苦悩の原因なのである。
「あれは、若様のせいではござりませぬ。」
目は明るさがぼんやりとしか見えぬはずなのに、ナツキはシロウの表情を見てとったかのように言う。
「歳が十五を少し過ぎたばかりの男の子が、落城からずっと敵兵とアダケモノを相手に血まみれで戦い続け、皆を守っておられたのです。感謝こそすれ、何の遺恨がございましょうや。」
ナツキの笑顔は眩しい。
天巫女城の落城の後、この笑顔をみたのは、その一月後だった。
なんとフラリとナツキがク海から帰ってきたのだ。
ただ、瞳の光を失い、右手には笛、左手は年の頃は四つか五つほどの男の子の手を引いていた。
それがムミョウ丸だった。
しかしムミョウ丸は突然いなくなった・・・。




