第21話 淑女と感情
婆様がク海にひとりで乗り込もうとしている頃、その能天気な孫は
「かなり奥まで続いてるんだなぁ。」
洞窟を壁沿いに歩きながら洞窟の奥に目を凝らす。親の心、子知らず。
不思議なことにアダケモノに遭遇しない。
ツボミの仇花を討ったことは効果があったのだろうか。
そして、ローラが光の渦を作り、波石の光を吸収すると腹が膨れた事実はユウジを少し不安にさせた。
オレはやはり人ではなくなってしまったのではないか?そんな疑問が首をもたげる。
そして、もうひとつ気になるのは、仇花のツボミに流れていく光をユウジも吸収して、力を回復できてしまったこと。
「つまりは、同種の存在。」
しかし、宝とアダケモノの関係性をつなぐ確証がない。・・・繋がってる確信はある。
拳大の波石をひとつ、右手で取って握りしめる。
この石は薄い緑の光を流している。
生命が食事から栄養を取るように、命のない宝とアダケモノはこのク海の波石に見える力の流れを栄養源にしているのだろうか?ではその流れの正体は何だ?
「全然っ分からん!・・・んっ?」
一瞬、乱れたな。・・・波石の光が確かに乱れた。少し赤い光が混じった。
ユウジの手のひらから、まるで水面に石を落とした時のように波紋が揺れたような。
オレは何かしたのか?今何をした?さっきと何が違う?
まるで分からない現象だらけで、ユウジの頭は誰かに後ろから頭を揺さぶられたようだ。
「なぁんかええことしとるのぉ」
耳元で声がした。聞き覚えがあるセリフだ。
「え?若様?」
周りを見渡すと、マチルダやメルは少し離れたところで休憩している。彼女らではない。
「なぁぁんかええぇことしとるのぉぉぉ」
明るく周囲を照らす光が離れていった。
壁際でクルンととんぼ返りをすると、こっちに寄って来る。
結構強めの金色の光が、顔の高さ右斜め前から左の耳元を一直線に通り過ぎる時、
「なぁぁぁんかええぇぇことしぃとるのぉぉぉぉぉぉ」
ああ・・この娘か。ユウジは左手を差し出した。
光と風の妖精は踊るかのようにその手のひらに舞い降りる。
「ローラ、今喋ってたのはそなたか?」
「うん、そうだよぉ。」
「何でそのセリフなんだ?」
ローラは手のひらの上に座り込むと、
「だって、ユウジの頭ん中で聞こえたんだもん!」
何だって・・・頭の中で聞こえた?それは俺の‥記憶?
そうならば・・・
「ローラ!そなた俺の記憶が読めるのかっ!?おわっ!」
ユウジが自分の記憶に勝手に触れられたことに不快感を覚えた瞬間、右手の石に赤い色の混じった波紋が揺れた。
「ごめんなさいい。優しくて楽しそうな声だったから、ついいぃ。」
ローラが親指にしがみついている。
「あっいや、すまぬ。つい声を荒げてしもうた。怒ってはおらぬのだ。」
「うそっ!プンプンの色が出てたじゃない。」
プンプンの色?・・・怒りのことか?怒りの…色。まさかな。それに・・。
ユウジは頭の中を必死に整理する。
「情報の量が多い・・。」
「本当に怒ってないの?」
「ああ、一瞬だけ・・驚いたからだ。それよりローラは俺の頭の中・・例えば記憶とかが見れたりするのか?」
あどけない少女はこともなげに言う。
「ちょっと聞いちゃっただけだよぉ。今はセツゾクしぃてないしい。個人情報ですもの。取り扱い注意です!」
「・・・ローラさんや。」
ユウジは刀を置いて、近くの大きめの平たい石の上に正座した。
「オレの手のひらの上にお座りなされ。」
「こう?」
ローラはユウジの広げる両手のひらの上に、彼のマネをしてちょこんと正座をした。
自身の宝の持ち主と認めた者と同じく、素直な性格のようだ。
「そなたには、いろいろ聞きたいことがある。」
「はい!」
「まずは・・・」
フワッとローラが金髪を右手で後ろに搔き上げた。
「何でも聞いてぇん?」
何の流し目だ。
「じゃ、おいくつですか?」
ーシュンッー
「・・・居なくなった。」
はるか上の天井を高速で暴走する光が見える。
「淑女にいきなり年齢を訊くなんて・・・」
甘い声の持ち主がそばに座った。
「淑女?」
「女の子に、まず年の話はないでしょう?ってこと」
紅いお姉さんは岩に腰かけている。
「私達に年齢はないけれど、宝として世に出た順で言うなら、あれでも私達の中で一番年長なのよ。」
この方達の方がよっぽどお姉さま方に見えるが・・・とユウジは思った。
「容姿はある程度変えれるのよ。」
マチルダの瞳がパっと燃えたと思ったらそこには紅く燃える髪が伸びた少女が立っていた。
「受け取るエネルギー、こちらで言うところの力を調整すれば良いのですわ。」
振り返るとメルの紫地に銀の鎧をきている短髪の少女が大きな瞳でこちらをのぞき込んでいる。今まで二十代半ばくらいの妖艶な美女二人だったのに今は可憐な少女達だ。
「な?ななななな?」
紅い長い髪に燃えるような瞳の少女が言うには、ローラはユウジの回復に力を使いすぎたこと、自分から名前を正確に名乗っていないせいもあり、あのような幼児の妖精の姿になっているそうだ。しかし頭の中は天然なんだが年相応の部分も残っているハズと。
「つまり、この状況を楽しんでるんだよ。」とマチルダが呆れたように笑った。
笑うと大人マチルダの妹みたいな感じだなぁとユウジは思った。
「それで、ローラに訊きたいこととは何でしょう?代わりにお伺いしますわ」
これまた長い髪が無くなり活発な美少女風になった妹風メルがユウジにほほ笑む。
「ああ一番訊きたいのはこれだ。」
近くの波石を拾い上げる。青い光りを湛える石だ。ユウジはそれを見つめる。
「これでどうだ!」
音もなく青い光りが一瞬遮られ、紅い波紋が混じって消えた。
「やはりな。」
石を放り投げた。石は壁に当たって乾いた音をたてながら転げていった。
「何がやはりなんだい?」
「いやな、今思い出したくもない過去の出来事のことを考えてみた。六年前のことよ。」
マチルダは不思議そうに眉をよせた。
「姉が視力を失い、母が命を失った時のことだ。」
そう言って足元の石を拾い上げる。
「過去のことさ、しかし本当は・・・いまだに気持ちの整理はついていない。そして思い出すと・・・」
手に持った波石の緑の光が揺れ、赤い光りが溢れ出る。
「腹が立つ!」
ユウジは手に持った石をさらに眺める。
すると、赤い光りは消え、緑の光に青い光りが混じり始めた。
「そうだな、怒ってばかりはおれん。もう大人なのだからな。」
ゆっくり石を置くとマチルダとメルがユウジを見つめていた。
「そなたら・・・アダケモノもじゃが・・」
「感情を喰らって生きておるな。」




