第15話 度胸と機転
「しかしな、サヤ。本当に我等は感謝しておるのだ。」
若様が座りなおした。
「我等三人、そなたにほれ込んだのは、その度胸と機転よ。」
「何もしちょらんですが・・・。」
「そなたの椀から溢れでるものは傷を治すと同時に毒も抜くのではないか?」
「よく分からんけど、あの娘もそう言っちょりました。」
「あの娘とはあなたの器の精ですね。」
ロクロウが優しく問いかけた。
「賽の白露・・・という名前らしいです。異国のものやろか?」
「私の扇は、姉と妹ですよ。」
「そなたの宝、賽の白露は解毒もできると。」
「はい。」
「それで、私が毒で川の中に倒れた時、若に駆け寄り抱き起しながら反対の手でお椀を、その賽の白露を川につけ続けた。」
「はい」
「あなたの器から溢れる回復の水が私に触れることを見越して?」
ロクロウがズイッと身を乗り出した。
「賽の白露は川の水全部をその力に変えられるって言うから、じゃそうしてって頼みました。」
「ためらわずにか?」
若様が目を細くする。
「はい、ウチ自身ができると思ったし賽の白露は信じられるから。」
「直感ででしょう?」
ロクロウが右の手のひらで顔を覆った。
「もちろん」
「こりゃ敵わん。強いわ。」
若様は天井を見上げた。視線を外すように。
「私は毒で意識が遠のく中、お二人の方から流れてくるキラキラと光る水を飲みこんだように思います。そして城で気が付いた。助かったのはそれが理由ですね。後遺症もない。」
「あともうひとつ聞きたい。」
若様が話を変えた。
「戦いの最中、余裕がなかったので確認が遅れたのじゃが、仇花の首を落としたのは、そなたの懐剣ではないのか?」
「はい、紅玉の瞳です。」
若様はフト考えてサヤに訊いた。
「その娘とはどういう事を話したのだ?」
「ウチが何か力になれんか考えちょったら、あの娘がお花は斬れる。斬らせてくれと言いました。」
また若様の目が細くなる。
「斬らせてくれだと・・・?」
若とロクロウは目があった。
「女王が石に苦しめられているから、お救いせねばと言ってました。」
サヤは突拍子もないことを言う。
「女王を救う?・・・それで、ユウジに懐剣を託したのか?」
「はい、カタキ様なら切ってくれると思ったから。」
「若、いろいろと検証すべきことがあります。」
「ああ、まったく分からんからな。・・だがその紅玉の瞳はユウジと共に落ちたな。」
「では、こちらに残ったのは、沖殿の槍帝の孚とその賽の白露ですね。」
「ねえですよ。」
「何が?」
「賽の白露」
「何で?」
「川に投げました。」
「はあっ?」なんじゃと!?」「ええーっ!?」
あちらこちらから声があがった。
皆、何と言って良いか。
若様が口を開いた。
「サヤ、理由を聞こう。」
「はい、あの娘に片城様の命を救ってもらうためです。」
彼女は臆面もなくキッパリと言い放った。
皆、また何と言って良いか、黙ってしまった。
「私が気が付いた時、サヤ殿はひとり賊と対峙しておりました。」
沖が、ゆっくりと話しだした。
「我を抱えてか。」
「はい、若様を抱き抱え、末期の水をあげるのだから待てと賊に啖呵をきっておりました。」
「なんとまぁ、肝の据わったことよ。」
ジカイ和尚が髭を撫でている。
「そこで、我に回復の水を与えてくれたのだな。」
「はい、自分が手にかけた者を人として扱わぬ者はケダモノだと。」
「そんな話を賊が聞くかぁ?」
「若、それは無理でしょうな。私がひとり斬りましたが、腕前からして相当できる統制の取れた者どもです。ためらいはしますまい。」
ロクロウもあの夜のことを思い出しながら話している。
「しかしながら、奴らはひるんだのです。」
「ほう」
「そして、賊の中の一人がサヤ殿の椀が宝だと叫びました。」
「そこで、沖、そちの登場か?」
「はい、仇花のツボミにまともに当たった時、脳みそが揺れたようでしばらく何が何やら。面目次第もございません。」
沖は面を畳に伏せた。
「良い。そちのおかげで皆生きておるのだからな。」
「沖様はぁ、一生懸命敵を追い払ってくだせえました。」
サヤが若様、怒らないでという顔をしている。
「サヤ、叱りなどはせぬよ。できるものか。それよりものう。」
「敵の目的が宝であったということですよの。」
ジカイ和尚はまだ髭を撫でている。考える時のクセらしい。
「さぁて、どこの手の者か?東の結綱の寿八馬かぁ・・・」
若は東にあるかつての大国、寿八馬氏が気になるらしい。
「あるいは西の渡上の国の虎河か。」
御蔵奉行が初めて口を開いた。
「どうしてその線だと思う?奉行よ」
「両国とも我が国と同じくかつては海に接する領土を持ち、共にク海の浸食で侵されそれを失ってまいりました。田畑は沈み食物は取れぬことは同じ。たた渡上の国に目を向けるならば、領主の虎河は商売と軍備に力を入れておりまする。」
「我と同じことを考えておるか?」
若様の目が光を帯びる。
「暗中模索の段階でしょうがな。」
ジカイ和尚は髭を撫でていなかった。
「まぁ、それはあの者に訊いてみよう。」
「あの者?」
サヤはポカンとしている。
「川原で私が一人、賊を斬ったでしょう?あの者は生きております。」
「大江様、斬り殺しちょらんと?」
サヤの顔が赤みを帯びた。
「あの者、どこに倒れていたと思います?私の隣ですよ。」
「ああぁ、良かった。」
そしてサヤは何も死ぬことはないとつぶやいた。