第120話 風と女神
虎成城下
ユウジは朔耶介が話す内容に面食らっていた。さすがに話が大きすぎる。
だが・・・実感がある。
仇花に刺されて落ちたク海。そこで感じたク海の本質は感情の塊だった。
アダケモノはそれを活力源に動く、なんらかの意志の尖兵。
それは、命をかけて戦ってきたから肌身に染みている。
しかし、それが神話に通じているだと?
・・・でも、婆様が寝物語によく昔話をしてくれたな。
八百万の神を信じるこの国では神代の時代にこそ、民族としての大事なことがあったのだろう。
そして、小さい俺にいつも言っていたな。
「ご先祖さまと内神様の期待に応えて、やるべきことを選び取るのだよ。」
よく意味が分からなかったけれど・・・。
荒れた大地に嘶きが響き、朔耶介の前に石で身を固めたアダケモノの馬が現れた。
朔耶介は事もなげに明丸を抱えたままその鞍にまたがるとナツキをその鞍に引きあげた。彼女の腕にはシロウが姿を変えた刀とデンデン太鼓が抱えられている。
だめだ。明丸、シロウ、マリスとマリーが連れて行かれる。
朔耶介は明丸を害そうと思えばいつでも捻ることはできるだろう。
グンカイの矢を持ってしても明丸の無事は保証はできない。
その弦を引く音がギリギリと響く。
チエノスケの蜂達の羽音も空中で焦れている。
「待てっ!」
それでも各々の口はそう叫ぶしかなかった。
ユウジは思わず、馬のすぐ側にまで詰め寄る。
刀一振り、薙がれたら首が飛ぶ、それほどに。
しかし、手は伸ばせなかった。
朔耶介は手綱を引き、煩わしそうに振り返ると、
「見逃すといったであろう。それとも死にたいか?」
その顔は先ほまで国を憂いていた若者のものではなく、ひとつの国を仕切る頭領の仮面を再び被ったようだった。そう、その号令ひとつでたくさんの命を摘み取るような。
するとナツキがそっとその背中に体を寄せ、咲耶介の耳元で何かを囁いた。
咲耶介は少し体をのけぞり、何かを思い出したかのように一息ついた。
そしてその能面のような冷たい瞳に一筋の光が宿る。まるで悪戯を思いついた子どものように
「震主の子は二人ではない。三人じゃ。風の女神が抜けておる。まぁそこから探してみよ。」
そういうと馬に鞭を当てる。
石鎧を纏った馬はつんざくような声で嘶き、前脚を天に向かって振りかぶった。
その時である。
明丸があうぅと声をあげたかと思いきや、馬の下のユウジに向かって何かを投げつけた。
「痛っ!」
ユウジの額から流れる一すじの血。
しゃがみ込んだ瞬間、朔耶介の馬は猛然と走り始めた。
蹄の音が遥か遠くになってしまった。
グンカイの弦を引く音が止み、蜂の羽音はいらついたように旋回していた。
ユウジの足元には紐の切れた鈴が片鈴、泥の中だ。
ーふっふっふっふっふっっっー
ユウジは声にならない鳴き声をあげ、震える手で鈴を泥から取り上げ丁寧に泥を拭った。
「若、若様・・・申し訳・・・ありませぬ。」
その顎からは涙と血が入り混じった雫が一滴垂れた。
「風の女神だと?いったい何の話だ。・・・・ふざけやがって。」
体に怒りの火が熾る。しかし、ユウジは背中にやわらかい温かさを感じた。
サヤがその背中にすがり、声も無く泣いているのにユウジはやっと気がついたのだ。
戯れなのか、何か思惑があるのか?
風の女神とはいったい?
風を司る女神・・・どこにいるのだろうか?・・・・誰なのか?・・・探せだと?
すがりつくサヤの手に椀と風車が握られていることにユウジは気がつかなかった。