第118話 理由と真実
虎成城下
その不敵な笑みを浮かべた男とは、虎河朔耶介。
「ナツキ、神鹿郎はどうした。」
「身罷られたものと思いまする。」
「ほぉう。存外、使えぬものよな。まぁ手土産ができたから良いわ。」
腕の中の幼子の頬を右手で軽くつまむと
「ようやく、会えたな。城に帰ってゆっくりとあやすとするか・・」
紫の着物をスルリと翻し、当然のようにその場を去ろうとする。
三つの刃がその足を留めた。
「帰す訳にはいかんのでな、お家の仇、主君の仇、ここで取らせてもらう。」
家老グンカイの声には怒りの重さあった。
「俺は忙しいのだ。勇那の重家は滅んだのであろう?見逃してやる。・・・消えろ。」
「見逃すだと?」
チエノスケの槍は異様な音を響かせ始めた。低く危険なあの蜂の羽音が舞い始める。
「ここで逃すと思うのか?」
ゆっくりとユウジがチエノスケを手で制する。
「そもそも、お前の目的は何なのだ。我が国をク海の底に沈め、人々ごと石にするつもりか?」
「・・・それも、良いな。」
「キサマッ!」
明丸がその腕に抱かれているのが痛い。手を出そうにも出せる訳がない。
ユウジはその飄々とした青年に向かって問うた。
「ならば、貴様はなぜ、そのような悲しい瞳をしているのだ。」
怒りだけにかまけた質問ではなかった。
朔耶介は帰すつもりはないのだなと呟くと
「この、朝御代の国はいずれはあのク海に沈む。遅かれ早かれな。・・・世界は滅ぶのだ。我が渡上の国も半分・・沈んだ。あの海は、人のみをこの世から排除しようとしているのよ。」
それは、この時代この地に生きる全ての人間が知っている。
「それを食い止める。その鍵を握っているのはこの子よ。」
朔耶介は腕の中の明丸に目を落とした。
「貴様らも勇王と内花姫の話は知っていよう。」
そうだ。今までは単なるおとぎ話と考えていた悲しい話だ。
「この世で言う神とは、二面性を持つのだ。にこやかなる面と荒ぶる面だ。アダケモノというのは、内花姫の荒ぶる魂が暴走している現象だ。」
やはり・・・シロウ様が考えておられたことと似ている。ユウジは唇を噛んだ。
「内花姫は生命の根源。勇王はこの国の大地そのものよ。だから兄、妹なのだ。大地がまず生まれその後に生命が生まれた。内花姫の本義は繁殖。その繁殖の均衡が崩れたらどうなる?」
・・・それは、ある種の生き物が増えすぎるということか?
「石の神である勇王は燃え滾る溶岩が荒ぶる面。しかし冷静たる石の力で妹の内花姫の暴走を石で覆って防いでおられる。これがアダケモノだ。」
「しかし、神である内花姫様が人を襲うなど!」
「それは、荒ぶる魂の面であると言っただろう。肝心なことはなぜ荒ぶっておられるかだ。」
内花姫様が荒ぶっておられる理由?
「我が子恋しさだ。いつまで経っても帰らぬ。我が子。・・・そう、この子をな。だから仇花は根を伸ばそう、伸ばそうと繁殖するのだ。未だに探しているのだな。」
そういって、朔耶介は明丸のおでこを撫でた。
「そして、あのおとぎ話にはな・・・隠された真実があるのよ。」
真実?
「内花姫と結ばれた若者がおったな?」
ああ、遥か彼方の国から炎を吹く船に乗ってきた若者のことだ。
「その遥か彼方の国とは、この星の外から来たということよ。」
どういうことだ?星の外などあるのか?
「考えてみよ。この大地そのものの神と生命の神の国というのはこの星だ。違う国から来るということは他の星から来たということだ。星が国と言い換えられて伝わったのだ。誰も理解できんからな。」
何を言っているのかユウジには分かっていなかった。宇宙という概念がないのだ。
「ともかく、内花姫と別の星の若者の間で生まれた生命。その影響を最も強く受けたのが・・・人だ。」
みんな、あっけにとられている。
「かくして、人は他の生物より、感情が豊かな生き物になった。ク海はな。人を産み増やそうという内花姫の暴走とその行き過ぎを防ぐ勇王との想いが溢れ出た結果できた感情の海だ。血と骨、生と死の感情が強すぎるため、人の身で深く長く潜れば、精神と体に支障をきたす魔の海となった。それがこの顛末だ。」
朔耶介は、また歩きだした。もう帰ると言わんばかりに。
「それなら、貴様はこれからどうするつもりなんだ?」
「兄弟の諍いを唯一止められるのに、傍観している神がいる。・・・その意図を確かめる。」
「なんだと・・・?それは?」
「主神、震主様よ。」