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第115話 お茶と渡し賃

どこまでも続く花畑。


 そこを背にして、ひとりの青年と双子の少女の目の前にはとてつもなく広い川が横たわっていた。


 麗らかな、春のような陽気。


 桟橋に大きな船がその左の舷の(もやい)を優雅に伸ばしているのが見える。


 青年は、二人の少女の手をとって、その客船と思われる船に向かい、なだらかな花咲く坂を降っていった。


「この船にはどうやったら乗れるのだ?」

 青年は呟いた。

 船員とおぼしき人影がまるで見えないからだ。


 見上げるような高さの船べり。彼らは互いに手を取り合ったまま、船尾の方まで歩いた。

 そこで、船を見上げる。


 金色の文字で船名が掲げられている。


「レダ」・・・と。


 船の乗降用の階段が揺れている。鉄の板を踏む靴の高い音。誰か降りてくるのかもしれない。


 青年と少女たちは(もやい)をくぐりながら音のする方へ急いだ。


 降り立ったのは、若い女性士官だった。金髪を後ろでおだんごにして、黒い制服に白い肌が映える。


「すまない、この船には我らでも乗れるのか?」

 青年が口を開いた。


「貴方がたは・・・。お名前を伺えますか?」

 女性士官は青年から名前を聞くと片手に持っていたリストを確認し始めた。


 彼女は上から順にリストを確認しているようだ。そして、ふとそのたおやかな指先が止まる。

「この船への乗船は、取り消されているようです。」

「いやいや、乗船の手続きをした覚えはないんだ。」

「いえ、これは決まったことなのです。」


「・・・決まったこと?」

「立ち話もなんですので、船内で休憩なさいませんか?」

 女性士官は3人を階段の方へ導いた。白い手袋が優雅に舞うようだ。

「いいのか?」

「もともと、ご乗船予定だったのですし、出港は明日ですので。」


 舷窓というのだろう。よく船の壁にある、夜に灯りが漏れないようにフタのできる丸い窓。

それが、大人一人分の背丈の間隔で四つほど見える。その壁に向かい十名程が両側に座れるであろうテーブルがあり白いクロスが張られている。

 テーブルは波の動ようで動かないようにするためか床にボルトで固定されている。一番奥には一脚だけ、他とは違う立派な椅子が壁を背にしつらえてあった。

 その席が、ここの主の席であろう。他の席は五対向かいあうように両側に並べてある。

 3人は、そのテーブルの一番手前側に並んで座った。

 

 目の前に置かれた紅茶がゆらゆらと右回りにカップのフチをなでている。

 不思議なことに青年の分しかお茶は用意されていない。

「さあどうぞ。この船特製のお茶なんですよ。」と女性士官は手のひらを見せた。

 そして、3人の向かい側の席に腰を下ろした。

「本船はあなた帰るべき場所へあなた方をお送りするはずでした。」

 青年は顔を少しあげた。


 士官はにっこり笑って、

「さぁどうぞ、冷めてしまいますよ。」

 青年は再びカップに目を落とす。


 金色のふちに底の方には何かのマークがあった。紋章のような。カップを手に取ってみる。

「これは・・・六文銭?」


・・・三途の川の渡し賃・・・


 一口、口をつけようとした。青年が刹那、目を上げると、彼女は目を閉じていたが、そのまぶたには涙が滲んでいるように見えた。

 青年は手を止めたがカップは吸い付くように彼の唇を求めてくる。


 双子の右に座る少女が口を開いた。

「飲みたくないのかえ?」

 双子の左に座る少女が口を開いた。

「それが望みかえ?」


 青年は目を見開いて、にっこりと笑った。機嫌良く。

「そうだ。我には、叶えたい望みがある。」


 二人の少女はたちまちに星の龍となり、カップを打ち払った。


ーパチンー

 女性士官の髪留めが弾けたのか、おだんごにしていた金髪が肩に舞い降りる。

「残念です。」

 たった一言。


世界は暗転した。



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