第108話 猫と犬
ク海潜水艇ムラサメ 艦内
シロウの背中に突きつけられる知らない殺意。
「お前達は誰だ?」
この艦には外から乗り込めないし、そんな形跡はない。
「どこから入り込んだのだ?」
「質問はひとつにしてくれないかな?」
殺意を突きつけているのは、あの拳銃だった。明丸の布団の下に隠されていた、あの銃。
それを握りしめているのはひとりの少女。
その横には本を抱えているひとりの少年。明丸の布団の下に隠されていた、あの本。
でも、この子達、何か違うぞ。
二人の頭にあるものそれは耳か?二人の尻にるものそれは尻尾か?
少女は猫、少年は犬に見えるのは、錯覚か?
初めて見るが、これは・・・獣人というもの?
意味が分からない。何のためにこんなことを?
「彩芭の兵は焼かせない。」
こいつらは那岐の手の者か?
「あやつらは、罪のない勇那の民まで苦しめておるのだぞ。」
猫耳少女が息を呑んだのが分かった。
「彼らも無理やりやらされているんだ!」
犬耳少年が代わりに叫んだ。
何だと?しかし現実に被害を受けているのはこちらだ。無理やりでもいい訳にはならない。
何がどう無理やりかは分からない。だが・・・。
「・・・俺は焼く。」
シロウの口から覚悟が零れた。その瞬間。
乾いた音が艦橋で弾けた。シロウは二人の刺客の顔をよく見ることができた。
右肩から流れる血、その左腕はしっかりと猫少女の銃を握っている。
シロウは、その瞳をのぞき込む。
触れ合う視線。シロウはその中にあるものを洗い出したくなった。
「若!」
「動くな!」 シロウはグンカイを制した。
その右手首が泳いでいる。
観の星王は眼鏡を押し上げた。
その左手は銃口を誘った。己の心臓に。
「海星の涙。涙波紋用意。」
「若!」
「良い。・・・俺はやる。ステラさん、マリスさん、よろしくお願いします。」
シロウは双子姫と視線を合わせてから、猫少女と向き合う。
「涙波紋用意よし。」
静かな声だが、またも双子姫の声は一糸の乱れもない。
少女の瞳と銃口は震えている。
「涙波紋・・・ぅ撃ぃい方始め!」
高く波打つ波紋。するどく響く銃声、いきなり暗転する艦内、手がつけられないほど世界が回った。
城の周りで悲壮な声があがる。彼方此方でのたうつ声、ツンとくる人の焼ける臭い。
そして虎成城に流星が落ちた。
ク海の波が漏れ出るように引く音がする。
石の花は討たれたのだ。
天巫女の兵達は崩れ落ちていく。何も言わずに。それぞれの武器を手に。
仇なるケモノがまるで陸に打ち上げられた魚のように、動けなくなっていく。
だがそこに、ムラサメの姿は無かった。
椀を片手にシロウを抱き抱えるサヤ。露嶽丸を鞘に収めたグンカイと槍を抱えるチエノスケ、モモと明丸の姿があるのみ。
その足元には懐剣、風車と虫眼鏡、そして銃と本が落ちていた。
あけましておめでとうございます 旧年中はたくさん読んでいただきありがとうございました。このところいろいろあり、投稿が遅れておりましたが少しづつでも前進いたします。よろしくお願いいたします。