第104話 風車と太鼓
ク海潜水艇ムラサメ 艦内
「敵兵の数は読み取れたか?」
「3部隊での識別結果、およそ、虎河兵100、彩芭兵300というところです。」
メルからの回答だ。
「思ったより少ないな。どうしてだろう。」
「虎河兵については、最初は3000人はいたと思う。だけど、虎成城での大殿の最後の攻撃でほとんどが壊滅したんだ。運よく生き延びた人数だよ。彩芭に関しては成馬宮方面からの分派じゃないかな。きっと、虎成を虎河が、成馬宮を彩芭が切り取る約束だったんじゃないの?」
ユーグの顔は浮かない。ジカイのことを思い出したんだろう。
「この人数でアダケモノと敵四百人を相手か。アダケモノをまとめて動けなくするためにまず仇花を討つとして、首尾よくいったとしても、今度はムラサメが浮力を失う。そうなれば、四百人の敵兵を相手に囲まれることになる。勇那の民も人質じゃ。」
分が悪いどころか絶望的だ。しかしシロウには思うところがあった。
「ユーグ殿、お祖父さまが自分の命と引き換えに攻撃された時、なぜ人間である虎河兵まで壊滅したのだ?我の目には急に動かなくなったように見えたが。」
「うん、僕もね。みんなに合流するまで、いろいろ見ながら来たんだけど、虎河と彩芭のあの鎧や面当てはク海の中で着るのを前提で造られてるみたいだよ。材質はね、きっとアダケモノの体組織を培養したもの。だからク海でも行動できるし、ものすごく強い。だけど量産はできないみたい。それを3000も作ったのなら、虎河朔耶介という男、油断ならない相手だね。」
ユーグは事もなげに言う。そして続ける。
「現太の大殿が命をかけた衝撃波を発した時、アダケモノだけを焼く振動数の波が溢れた。焼かれて灰になる高温の中で、それを纏う人間は平気でいられると思う?」
「・・・」
シロウは一筋の光明を見た。・・・もう一度あの涙波紋の衝撃を。
ふと、艦長席の両側を見る。
双龍姫はこちらを見てほほ笑んでいる。やってくれるのか。
「問題は、人質の置かれている場所の敵兵に届くかどうか?」
そうだ、複数個所に分断されて捕虜がおかれていて効果が伝わらず、万が一危害を加えられたくない。
「完璧を期すなら、初期出力を高くしたい。」
これも問題だ。大殿は最大出力を得るため自分の命を差し出したのだ。
「それと、その攻撃はク海の中でやった方がいい。」
「それはなぜ?」
「涙波紋は、感情波なのさ。一種の次元振動。音は水の中の方が早く遠くまで伝わるでしょ?」
「つまりは、ク海の中の方が効果的。」
仇花を討つ順番が逆になるのか。ではアダケモノの脅威の中、城に接近することになる。
「璃多よりムラサメ!それはこちらで引き受けましょう。ねえ父上!」璃多姫からの通信だ。
「天巫女兵五百名、これより主、片城有慈郎のもとアダケモノと最後の一戦!交えまする!」
シロウは苦笑いで通信する。
「あの無鉄砲に伝えよ!十二分に暴れてアダケモノを東に引き付けよ!ただし、死ぬことは許さん!無断発艦の件、後でじっくり聞いてやる!」
「・・・・はぁい。」
聞こえていたらしい。
天井の大型拡張視界にはこの地の俯瞰図が投影され、敵味方の位置が表示されている。敵は角ばった形(形態によって三角や四角)の赤色、味方は普通、丸で表示される青なのだが、三つの蜂部隊の表示は全て赤い。チエノスケの敵愾心の赤、つまりは怒りの赤が逆流してしまっているのだろう。仇花に探知され迎撃のアダケモノが集まる動きをしている。第1部隊の反応は消えた。やられてしまったのだろう。
先ほどの映像から、艦内は怒りの気持ちが充満している。それをムラサメの外殻が外に漏らしていないだけだ。
「皆、勝負は怒ると負けるぞ。」シロウは戒める。
チエノスケは何も言わない。怒っているのが背中からでもよく分かる。
艦内に場違いなほど、明るい声が響いた。星娘だ。
「チエノスケぇ!なんでアナタの槍がアダケモノを貫けるか知ってるぅ?」
チエノスケは何も言わない。だが少し顔をあげた。
「怒りより強い感情をぶつけてるからだよんっ!」
さすが、ローラ、周りの雰囲気など関係ない。
「・・・怒りより・・・強い?」
「うん!アナタ、いつも槍の先を見つめて飛ぶじゃない。あの時何を見てんの?」
「何をって・・。」
「あの時、いつも大事な人の顔を穂先にのっけてるんでしょ?槍帝の孚に聞いたわ!」
「槍帝の孚が?」
「うん、口数チョー少ないけどね。ポロっと話したわ!それから私、飛ぶときのアンタの顔いつも見てるよ。」
そう、他の宝のように表に出ないどころか、姿も声すら聞いたことがない。しかし、その羽音だけでチエノスケには分かるのだ。大事な者を守るために戦う針のように細く長い孤独が。そして愛しいと思う気持ちが。
「俺の顔をか?・・・それでどうだ?」
「すんごい男前よ。」
「さすが風車だ。良く舌も回る。」
チエノスケが笑った。本来の自分を取り戻したようだ。蜂の表示は黄色に変わっていた。
「間もなく、仇花の探知圏に入ります!」メルの声が響く。
もう、偵察に重きを置く必要はないな。
「チエノスケ、蜂を本来の大きさに分けろ!進路は不規則でいいが、速力と動き方をムラサメと同調させい!」
「了解!」
「マチルダ殿!雨は降っているか?」
「小雨だけど、まだパラついてるわ!」
「マリスさん、雨に共振波は同調させられますか?」
「できるけど、発信源を辿れたらムラサメの位置が割れるわ!」
「仕方ない!このまま川沿いを進む!」
腹をくくるか、そうシロウが決めた時、
「ん?」
何かを踏んだ。
「キュウ!」
こ、これは・・・タヌキ?
ートトント トンー
太鼓の音、タヌキは音に歩みを合わせる。
ートトント トンー
間違いない。踊っている。しかし何の光景?
「まぁりぃ、まりぃ」
明丸はモモの上で喜んでいる。
「なななな?」
シロウは展開が突飛すぎて、今日一番混乱した。
「あ、マリー出てきたの?」
ユーグがにこやかに手を振る。
「マリー?」
「うん、でんでん太鼓のマリーだよ。」
あああ、そうなの。シロウは頭を抱えた。