第103話 蜂と叫び
虎成城から45㎞ ク海潜水艇ムラサメ 艦内
第2、第3部隊は進入するといっても正確にはチエノスケを中心として最大行動範囲の円周を左回りか右回りかでギリギリ近づくことになる。
「魂座、配下の軍団の位置は?」
「もう、下に集結してござる。」
「早いな。」
「基本、ワシのいる所についてくるのです。昨日一晩ありましたからなぁ。追いつきましたわい。」
艦の位置を秘匿するなら、偵察部隊の出発したこの位置から、仇花の探知圏の円の外を円に沿って移動した方が良いとシロウは思う。射点の隠蔽と同じだ。
もし、そのまま仇花に近づくことがあるとすれば・・・・。
山の起伏や他のアダケモノの隠れやすい遮蔽物の少ない所。
ここだ。川だ。この川は城の南を東から西へ流れ天然の堀となっている。この川に沿って侵入しよう。
この川の上流で、仇花に見つかる40㎞の円に入らない点。
それをシロウは大型拡張視界上に示した。ここよりずいぶん西だ。
これで、第2、第3部隊も行動の幅が広がる。
「ここへ移動する。」
グンカイがうなづく。
「魂座、そなたの部隊はここで待機、令あらばまっすぐ城へ向かうよう伝えよ。」
「御意。」
航海担当のメルがすぐ号令を発した。
「両舷前進微速。」
「おっけぇー」また緩い声が響く。
ムラサメがゆっくりと滑り出した。
「取り舵回頭!」
サヤが左に舵を取る。
ムラサメは骸軍団と別れ指定点へ進出した。
第2、第3部隊も進入を開始している。続々と天井の大型拡張視界上の俯瞰図に敵の位置が表示されていく。ユーグはその諸元を絵本を見るようにめくり、飛ばし、考え込む。きっとこれは彼の楽しい時間なのだろう。
メルは蜂の視界の処理を担当している。三つの部隊を同時にだ。
スズメバチの偵察部隊は感情を殺して任務を遂行してくれるが、常時こちらに映像をトレースしてくれている微弱な通信波を追尾されているのかもしれない。もしくは目視で発見されたか?敵意の赤の点が偵察部隊に引っ張られて動くベクトルが生まれ始める。
「うーん。思ったよりアダケモノの数は少ないね。花の周りで都合のいいやつを作ってぶつけてくるのかも。第2部隊の映像から、北側には那岐の兵が、第3部隊の映像から西に虎河の兵が多い。川を挟んだ南にアダケモノを配置しているようだよ。」
「間もなく第1部隊が虎成城に到達します。」
第1部隊の視界が拡大された。そこでシロウ達が目にしたものとは?
「なんだこれは・・・?」
それは、捕らえられた勇那の民だ。たくさんの人々が繋がれ、敵兵に乱暴を受けている。
ー敵の目的は、勇那をク海の生け簀にして資源に変えることー
ーそのためには、恐怖や苦痛、そして絶望が一番効果的だー
スズメバチは空中に留まることができる。そこに映し出されたのは凄惨な現状。
言葉では言えない。いや、言いたくない。
チエノスケは仇花に気取られないため、心を落ち着け蜂を操っていた。
ー深く、固く、冷たくー
そのチエノスケは蜂の映す光景の一点を見つめている。
「母上・・・綾・・。」
そこには、己が命をその槍に頼んでまで守ろうとした母と妹の姿があったのだ。
何をされているかは・・・言えない。
「あああああああぁぁぁぁぁっ!」
その喉からは、雄たけびとつかない叫びがあがった。
画面が揺れ、映像が乱れる。チエノスケの感情が蜂に逆流し、何かに襲われたのだ。
「チエノスケっ!」
ムラサメが揺れた。
舵を握っているハズのサヤが画面を見せないようにチエノスケに覆いかぶさっていたのだ。
グンカイが肩を抱き、シロウはその手を握った。
チエノスケの息が荒い。
槍一本でアダケモノにぶつかり昏倒した時でさえ、こんな姿は見せない男が・・・。
「チエノスケ、チエノスケ、チエノスケ・・・」
シロウはかける言葉がない。名前だけを呼ぶ。
「ハッ、ハッ、ハッハ・・・ハッハッ、わっ若、申し訳ありません。取り乱しました・・。」
「良い。」
ここで取り乱さぬ者などおらぬだろう。そんな薄情、我は好かぬ。だから、
「チエノスケ、動くぞ!」
「シロウ様!」メルが叫ぶ!
「どうした?」
「ユウジ様が発艦しました!」
「あんのアホウ!・・・そんなお前が大好きだぞ!ムラサメっ発進する!」
すいません。遅れました。この間から新作も書いてるんで良かったらお願いします。