第9話 滝と槍
五人は坂を下っていた。
獅子谷村は川に沿って田畑を作る山あいのむらで、谷のような状態の場所にある。
若様の見立てでは、ク海はまだ山には届かない。
自分たちは上流から来たので、村の方向に注意しながらこのまま低い方に向かえば、いずれク海面にたどりつくということだ。
月が明るく、視界は悪くはないが、避難を指示したといえ、老人や子どもを含めて実際に逃げようとなると、明け方を待つしかないのが実情だろう。
仇花は、株分けのように縄張りを増やしていくらしい。
数は一月に一輪以上咲いたことはないという。しかし今回の花が咲いてしまえば、獅子谷村はク海に沈むであろう。
その咲く場所とはク海の波打ち際だ。
そう、親の花の縄張りの円の際に咲こうとしている子の花を見つけ、咲く前に刈り取ることができれば、ク海に足を踏み入れずに済む。しかし猶予はない。
ただ、谷であること、自分たちは川上の高い場所から来たこと、すでに斥候に遭遇していることを考えれば、子の花の咲く場所ある程度限定できる。
それに、犬モドキが何匹いるか正確にはわからない。
取りこぼしの可能性もある。村に侵入されれば厄介だ。
だから村からなるべく遠い波うち際から探していきたい。
それで五人は坂を下っていた。村の反対の谷山の岩壁に沿って。
勝算はあるのか?
若様の調査によると、犬モドキは新しい仇花の眷属であり、新しい主の縄張り予定の範囲ならば、ク海の外で露払い的に行動できるようだ。
しかし、その主が満月の夜に咲ききらぬ場合、親の花の縄張りに逃げ帰らなければ、まるで溺れるように苦しみ動かなくなるらしい。
つまり遭遇していない犬モドキがいても、ツボミ開く前に刈り取れば自動的に死ぬか逃げるであろう。
「だから・・・新しい仇花を、討つのだ。」
若様の瞳にいつもの優しさは無かった。
「その仇花って花はどのようなものなのですか?」
ユウジは岩壁を左手に坂を下りながら前を歩くロクロウに話しかける。
「いや、形こそ花なんですが、ともかく大きいんですよ。」
「大きいお花やと?」
「ええ、サヤさん。つぼみの部分だけであなたの背丈から私の背丈くらいまであるものもいます。」
ロクロウが転げないようにサヤに手を貸す。
「ええぇ!?そんなに大きいと?」
「そう、大きな固い石の花です。」
ロクロウの後ろ髪が上下に揺れる。
若様が岩を乗り越えながら、「犬より硬い。」
「え?」
最後尾を警戒しながら歩く沖の頬は引き攣っていた。
「あの犬より・・・硬い。」
どうするつもりなのだとユウジは不安に思う。
「まぁ地上に見えている部分はほんの一部じゃ。根は深かろう。親につながっとるハズ。」
「では、子の花を討てたとしても一時的なものなのでは?」
若様が振り向いた。
「だから、我は奴らを根絶やしにする。腐った根を全部引き抜いてな。」
しばらくして
見つかった・・・仇花という石の花が五人の前にあった。満月を背にして。
「うわぁ。本当に大きいわぁ。」
ポカンと開けてしまった口を慌てて隠すサヤ。
「ね。話したとおり、結構なモノでしょう?固い石の花。」
「しかし、これはどうしたものか。何かの冗談か?」
沖があきれ果てたかのようにため息をつく。
「じゃろう?これが本当に性根が腐っちょるというもんじゃ。」
若様は本当に機嫌が悪くなったらしい。
「地味にキツイですよ、コレ。」
ユウジは足元を流れる川の流れに手を触れた。
「思ったより速いな。」
川の流れが見た目より速い。
途中、犬モドキにも会わず、結構簡単にツボミの状態の仇花を見つけることはできた。
問題はその場所だ。
その仇花があるのは川の真ん中、しかもその先は滝である。
「ちょっと飛び移れる距離ではありませんね。」
ロクロウがケロリと言った。
「ただでさえ固いのに、踏ん張る足場もない。」
「いや、オキ、踏ん張るどころか流されるぞ。」
ユウジはピッピと濡れた手を振った。
「ここ、落ちたらケガじゃ済まんよ。」
「そうじゃな。しかも一番の問題は滝から落ちた先はク海じゃいうことじゃ。性悪め!」
そう、高さがある分、いきなりク海の深い所まで落ちざるを得ない。
新しい仇花は元になる花を中心とした円のどこかに咲く。
つまりはその円の内側はク海だ。
「な?本当に腐っとろう?それにな・・・」
若様がぐるりと仇花を背にしながら大刀を抜いた。
「こういう意地汚さも、我は大嫌いじゃ。」
四本足の影が現れた。ひい、ふう、みい、よ、四匹いる。
しかもここは川原だ。足元が悪い。
奴らの脚は石のように固いから問題はないのだるう。そもそも痛みなど感じてはいなさそうだ。
「わざとここに誘い込んでから突き落とす腹だったか。質の悪い。」
沖が吐き捨てる。
「突き落とせばク海の内に宝を回収できて、人間はろくに動けなくなる訳ですから効率的ではありますね。ふむ、犬にしてはよく考えますな。」
「大江様、感心してる場合じゃないが!」
サヤの声の怯えを聞き取ったのか、一匹の犬モドキの頭が下がり左右に揺れた。
来るっ!ユウジが借りた刀に手をかけた瞬間。
ーブウゥンー
力強い低い羽音が耳をかすめた。
「あっ!」
先ほどの犬モドキが川原に青い液体をぶちまけて転がっている。
口から背にかけて何か貫通したのか、握り拳大の穴が開いているみたいだ。
そしてその傍らには、沖が立っている。
満月の夜に高く槍を天に向け口元に近づけ槍の名をこう囁いた。
「槍帝の孚。」