嵐のなかの出発※アユム視点
薄暗く気温も低い雨の森。
俺はビリビリされて不貞腐れたザピクロス様にこっそりポテトチップスをあげた。
ふふ、小さなペット用の寝袋でパリパリ食べてる。
「豪雨ではないけど、そこそこ降ってるわね……大丈夫かしら」
「森を抜けるの大変そうですね……エイシオさん頑張って……」
森の道は泥濘が酷いだろう。
シャンディさんと幌の中で、森から無事に抜けられる事を祈る。
誘導するダニーさん、馬車を運転するエイシオさん……頼みます……!
ああ俺は無力で情けないな……。
「よし! 森を抜けて草原へ戻れたぞ」
ダニーさんがびしょ濡れの合羽を脱いで馬車に戻ってきた。
「あの、俺にその合羽を貸してください。エイシオさんの隣に行きます」
「え? 御者席もかなり濡れてしまうよ」
「はい、わかってます。ダニーさん、コーヒーまだ温かいので飲んでくださいね」
「じゃあ、この合羽をどうぞ……身体が冷えたからコーヒーは嬉しいよ。ありがとう」
朝に作ったコーヒーをヤカンに入れて、布で巻いて保温しておいた。
俺が幌の前面を開けて、御者席に顔を出すとエイシオさんが驚く。
「アユム? 中で待っていて……」
「嫌です、今日は僕も此処にいます」
すぐに顔面に、酷い雨がかかってくる。
エイシオさんの左隣に座り、俺は後ろの二人に気付かれないように火を灯す。
雨の中だけど小さな火でも、くっついた二人を少しでも温めてくれるだろう。
「アユム……ありがとう。嬉しいよ。温かい……」
「よかった……」
ぎゅうっとエイシオさんにすり寄って、抱き締めてしまった。
「アユムパワーが足りなくて、正直もう危なかった」
「な、なんですかそれはっ」
「アユムのパワーだよ」
「えぇっ!?」
「もっと抱き締めてほしい、このままだと僕のアユムパワーが危険な状況になってしまう」
「ふふ、はい……」
合羽同士で俺はまた、エイシオさんの身体を抱き締めた。
強い強い人なのに、アユムパワーが足りないだなんて真剣に言うから、俺はちょっとおかしくて嬉しくなる。
でも俺もなんだか、エイシオさんとくっついてないと寂しいって思うようになってきた。
「揺れるからね」
「はい」
馬車を運転するエイシオさんは手綱から手を離せない。
雨でぬかるんだ道、ボコボコになった道を雨で視界が悪いなか上手に進んでいくのは高度な技術が必要だろう。
「アラ……ザピクロス様は?」
「ペット用の寝袋の中で、お菓子を食べています」
「そうか」
雨が少し弱くなってきた。
心配していた小川の橋も無事だった。
「次の村からはそう遠くはない。兎に角ラミリアが家にいるのであれば問いただそう」
「は、はい……」
エイシオさん……怒ってるよね。
「すまない、アユムがいながらこんな事になって」
「お、俺は全然大丈夫です。わかっていますから気にしないでください。それであの……」
「うん」
「まだ俺の事は……皆さんに話さない方がいいかと思うんです」
「アユム……? それって……」
「ご、ごめんなさい! お家の状況がわかってからの方がいいと思って……」
覚悟がない……と思われても仕方ない。
でも本当に、これから大混乱になるだろうし……そんな時に男同士で結婚するなんて言ったらどうなってしまうか……。
「僕を拒絶するという意味ではないんだよね? ……婚約破棄ではないんだよね?」
「もちろんです……! それは末永く……あの……俺なんかでよかったら……あの……お願いします」
「良かった……うん、僕は絶対にアユムを離さないよ」
雨はまだ降り続いて、道は険しいけれど俺はずっとエイシオさんの傍にいたい。
そう思った。
「アユム……好きだよ」
「エイシオさ……ん」
馬が少し停まった時に、雨の中でキスをした。




