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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

【短編】今日もゾンビが食料を持ってきてくれる

作者: 鶴嶌大晩

ドンドン。ドンドン。


夜遅く。小屋の扉が誰かによって叩かれる。


「はいはい。あ、ゾンビα2(アルファツー)Σ3(シグマスリー)さん。今日も食べ物持ってきてくれたんですね。えーっと今日は・・・あ、川魚じゃないですか!しかもこんなに大きい!」


「ア・・・。ア、ウ・・・」


「え?これはシンプルな塩焼きが美味しいって?どうもどうもご親切にありがとうございます」


青年は頭を下げ、ずっかり仲良くなった個体・ゾンビα2Σ3に礼を言う。


「ウ・・・イ・・・」


「え?全然お構いなくって?いつも優しいですねえ、ゾンビα2Σ3さんは」


そしてしばらく世間話をしてから、ゾンビα2Σ3は青年に手を振って川の向こう側へと去って行った。


「いやあ。また食料を持ってきてくれて悪いなあ。確かまだ調味料は残っていたはずだし、言われた通りの塩焼きにしてみようかな」


青年が戻ったのは寝床にしているボロボロの小屋の台所。電気は通っていないために食材の保存をするのはかなり手間取ってしまうものの、それでもそれなりの数の野菜や調味料などが置いてある。


「しかし・・・。この世界でゾンビ化していな人間はあとどれくらいいるのだろう?」


台所にある窓から外を覗きながら青年は呟く。すでに文明の光を失ってしまったこの世界の夜空には月や星が輝いている。


ガァ・・・!グゥ・・・!


さらに響いているのはゾンビ達のうめき声。


「仕方ないから焼き魚でも食べて寝るか。今はそれしかすることが無いからね」





今から3年前。


世界には様々な経路・ルートで感染する新種のウイルスが流行し、大きなパニックが引き起こされた。これに感染してしまうと、まさに数多あるフィクションの世界に出てくるようなゾンビのようになってしまうのだ。


おまけにゾンビ化してしまうと感染していない人間を襲うのと同時に、その姿には反して肉体の耐久力が急激に上がり、何度攻撃を受けても立ち上がってしまう。


こうして世界中は混乱に満ち溢れてしまい文明社会は音を立てて崩壊してしまった。


しかし今この小屋に暮らしている青年は、これまでどれだけゾンビから襲われて噛まれようが、そのウイルスをどれだけ体内に取り込もうが、ゾンビ化するということが全くなかった。


それでも耐えがたいほどの惨劇を山ほど目にしてきた彼は、文字通り身を挺して守ってきた恋人と共に自分が暮らしていた地域から命からがら逃れ、今はこの田舎の土地に拠点を置いている。しかしその恋人の姿はもうないのだが・・・。


件のウイルスは人間にのみゾンビ化するという効果を発揮する。つまり他の動物にとっては影響がない。ここは自然が豊富な場所であり、恋人から叩き込まれた料理のスキルがあった青年にとっては抜群の住環境。徐々に野生動物の捕獲にも慣れ、さらに有り余るほどの山菜を収集して必要な栄養は補給できていたのだ。


そして何よりも青年には、ゾンビ化しないという体質を凌駕するほどの能力があった。


それはゾンビとコミュニケーションが取れること。


彼本人も当初はそれに大きな戸惑いを見せていた。しかし自分のことを襲ってきた、人間ではなくなってしまったゾンビ達と接した際に、必死になって対話を試みた。


すると実は、ゾンビはゾンビなりのロジックに沿って動いていることを知り、考えていることや話している内容を理解できたのだ。それからこの青年は生き抜くためにある方法を編み出すことになる。


それはゾンビと協力して生きること。


一見すると信じられないような話ではあるが、事実として青年はこれを駆使してここまで生き抜いてきた。


ちなみに恋人が突如として姿を消した後に出会った、最も自分のことを気に入ってくれているゾンビには、特別にα2Σ3という識別番号を与えた。


彼はそうやって生きているのだ。





ゾンビα2Σ3が大きな川魚をくれてから数日後、布団から目覚めた青年は周囲の環境がどこかいつもと異なっているとこに気づいた。


「聞き慣れない、でもどこか懐かしい音と匂いがする・・・」


耳をすませた彼が朝日眩しい小屋の外に恐る恐る出る。すると正面からけたたましい音を響かせながら、そして何年かぶりにその匂いを嗅ぐ排気ガスを出しながら、大きなバイクが猛スピードで青年の方へと向かって来た。


「う、うわっ!」


青年は驚いて思わず尻もちをついてしまう。するとバイクから降りてきたのはスキンヘッドの頭と白髪交じりの長い顎髭を伸ばした筋肉隆々の中年男性。


そして中年男性は周囲を見渡した後、ゆっくと口を開いた。


「・・・お前がこの辺り一面での唯一の生き残りか?」


「は、はい。そうですけど・・・」


「俺の名はロード。お前に対ゾンビ用の薬が注入された弾薬とライフルを渡しに来た。少しその小屋の中で話をしよう」


「ロ、ロード、さん・・・?」


こうして小屋の中に入り、テーブルを挟んで青年の前に座ったロードという男性。彼の話によると今の人類は以下のようになっているらしい。


この青年と同じように、ゾンビから襲われたり噛まれたりしても、もしくは空気中に漂うウイルスを体内に取り込んでも、ゾンビ化しない人間は世界に僅かに存在している。これは稀に見られる現象であるものの、そんな体質を持った彼ら・彼女らは感染パニックが続く中である組織を組んで、ゾンビ達と対抗しているというのだ。


そしてこのロードという男性はその組織のリーダーであり研究者でもある。そこで彼が開発したある薬を世界中に散らばっている同士達に配っている最中だと。


「・・・その薬というのはどんなものなのですか?」


先ほど排気ガスの匂いを嗅いだのと同じように、久方ぶりとなるのが人間との会話。青年はその節々に緊張を醸し出しながら言葉を紡ぐ。


するとロードは彼から出してもらった、薬草を煎じたという飲み物に口を付けながらこう答える。


「俺が開発した薬というのは弾薬に込めてゾンビに打ち込むとこで、一瞬にして泥のように溶かしてその命を奪うことができる。無駄に耐久力が高く俺達人間様を脇目に暴れまわっている・・・あいつらのな」


つまりロードが作り出したものは状況を一変させる奇跡のような代物。


「しかしこれまで数多くの犠牲も出してきたがな。時には醜い人間どうしの争いもあった。しかし、それのお陰でここまで来たんだ。もう少しでこれが量産体制に入る。それでどうにか・・・」


その話を聞いた青年は驚く。そんな薬が開発できるだなんて・・・。文明が崩壊した世界になってしまっているというのに、この人は凄い。


「一旦俺は帰るが、数日後には俺の娘が率いる第6部隊もこちらに到着する。お前はそこに合流しろ、分かったな」


そして彼はさらに続ける。


「しかしこの辺りは・・・前も俺達の組織の人間が足を運んでいたはずだが・・・」


そう呟いて立ち上がり、足早に外へと向かおうとしたロードだが。


「おっと、ととと・・・」


足元がふらつき、思わず床に座り込んでしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「これは・・・?」


話を聞く限り、味方を増やすためにロードはこんな状態の世界を色々な方法を使って飛び回っている。さらに寝る間も惜しんで薬の研究開発に勤しんでいたと言うのであれば。


「きっと疲れてるんですよ。ひとまず今日はここで休んでください」


「・・・あ、ああ。そうする、ありがとう・・・。お言葉に甘えるよ・・・」


こうしてロードはこの小屋で一泊することにした。





ドンドン。ドンドン。


朝早く。小屋の扉が誰かによって叩かれる。


「は、はい!だ、誰でしょうか・・・?」


朝焼けに染まる小屋の扉を誰かが叩く。青年が恐る恐るそれを開けると、そこには金髪の美女が立っていた。


「私はロードの娘、エリンよ。ここに組織リーダーのロードが来たでしょう?」


「え?は、はあ。あ、ロードさんの娘さんですか!?本当に娘さんが来たんだ・・・」


「何安心しているような顔してるのよ。父は・・・まだ帰って来てないのよ!?」


迷彩服を着たエリンという若い女性が発した、その言葉を聞いた青年は大いに驚いた。


「ええ!?で、でもロードさんならもうここを出て数日は経過していると思いますが・・・」


「・・・でも私達のところに戻っていない。ここにいるんじゃないの?父のバイクのタイヤ痕もここに残っているし!」


エリンという若い女性は強気な口調ながらも不安気な表情を浮かべて青年に尋ねる。どうやら彼女の話によると、予定ではこの辺りから帰ってきたロードとはもう顔を合わせているはずだったのだが。


「ねえ父はどこ!?どこに行ったのよ!?」


高飛車な態度を見せながらキンキン声でこう叫ぶエリンだが、青年は彼女の口を慌てて押さえる。


「ちょ、ちょっと静かにしてください!ゾンビが来ちゃいますから!」


「安心しろ、青年。たとえゾンビが来たところで我々が持っている薬を打ち込めば瞬時に殺せるからな」


するとエリンがやって来た方向から、こう話しながら数人の屈強な男性もこちらへとやって来た。どうやら彼女の護衛を務めている組織のメンバーらしい。


「で、でも・・・」


「大丈夫だ。ロード様がどこにいるのかは不明だが、まずは青年も一緒に我々と共に拠点へと行こう。味方は多い方が良い」


「わ、分かりました。じゃあ、ちょ、ちょっと待って下さい!今から荷造りをしますので!あ、それと。今から水筒を持ってきますので、その中にある飲み物を皆さんでぜひ飲んでください!この辺りの薬草で作った、疲労回復剤です!」


そして青年は台所に置いてあった大きな水筒を組織のメンバーに渡すと、慌てながら小屋の奥へと入っていった。


「まったく・・・。どうなってるのよ・・・」


「まあまあエリン嬢、ロード様のことですので大丈夫だと思います。それにせっかくですので、あの青年が作ったこちらの飲み物をどうぞ。結構美味しいですよ?」





ドンドン。ドンドン。


夜遅く。小屋の扉が誰かによって叩かれる。


「はいはい。あ、ゾンビα2Σ3さん。今日も食べ物持ってきてくれたんですね。えーっと今日は・・・あ、また川魚じゃないですか!」


「ア・・・。ア、ウ・・・」


「どうもどうも、いつもありがとうございます。好物なんですよね、これ。最近色々と新しい備品も手に入ったので料理の幅が広がりそうなんですよ」


青年は頭を下げ、ゾンビα2Σ3に礼を言う。


「ウ・・・イ・・・オ・・・」


「え?こちらこそいつも食料をくれて助かってますって?いやいやそんな。お互いに持ちつ持たれつじゃないですか。少し前には毒性の強い薬草もいっぱいくれましたし、あれのお陰でこっちも色々と助かりましたよ。それでは、また」


こうしてゾンビα2Σ3に何度も手を振って小屋の中へと戻った青年。


そして彼は小屋の奥に置いた、血に染まったバイクを一瞥した後、台所に立って川魚を捌きながら呟く。


「自分達だけ良い思いをしようとしたらダメだよね。そういう人にはお仕置きをしないと」


そしてさらに続ける。


「でも安心して。少し前にロードの愛人候補を探してここを訪れた組織の人間から、その誘いを拒んだことで大量のウイルスに晒されて姿を消した君の復讐、まだ終わってないから。それを助けようとして犠牲になったこの地域の住人達の復讐、まだ終わってないから。ロードの仲間がこの世界にいる限り・・・」


窓際に立てかけられている恋人・ルマの写真に向かって。




小屋の上空に広がる、月と星が輝く夜空に今夜も響く。


ガァ・・・!グゥ・・・!


青年以外にはその意味が理解されるはずのない、ゾンビ達の嘆き声が。

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