9話 行方不明
「ヘスターくん、今日学校に来なかったね……」
「あぁ」
リリーナは中庭のベンチに座り、膝の上に乗せた杖を強く握る。
「やっぱり昨日の事かな……」
「そうだな」
「……どうしたらいいんだろう」
「ヘスター自身の問題だ。俺達にできる事は何もない」
「でも……責任の一端は私達にもあるよ……」
リリーナは落ち込んだ様子で、静かに肩を震わせている。
「おぉ……いた」
俺達に向けられた声に振り向くと、ジオ先生がコートを地面に擦りながら走ってきた。
「てめぇら、ヘスターについて何か知らないか?」
「彼がどうしたんですか?」
「いやぁ……寮に様子を見に行ったら、部屋にいなくてな。荷物もそのままだったし、どこ行ったのかと思ってなぁ……」
「へスターが……?」
その話を聞いて、リリーナは俺のローブの端を強く引っ張った。
「【帰らずの森】だよ! 絶対一人で行ったんだよ!」
「待て、まだそうと決まったわけじゃないだろ」
「おいおいおいおい……何の話だ、あぁ?」
俺達を疑う様な顔をするジオ先生に、俺は正直に全てを話した。
へスターに石碑探しに誘われた事、ヘスターと仲違いした事、ヘスターが月光草を盗んできた事は内緒にした。
それを聞くと、ジオ先生は頭を掻いてため息をついた。
「【帰らずの森】か……もし本当にそこにいるなら、厄介だな」
「やっぱりあの森には何かあるんですか?」
「いや、何もない。目印も、地図もな。それにあの森には方向感覚を狂わせる植物が生えていてなぁ……エレノア学長も、ネス先生も不在な時にこんな面倒な事になるとはな……面倒くせぇ……」
「先生、ヘスターくんを探してください……! 元はと言えば私達のせいだし……」
「……まぁ、ぼちぼちやるよ。てめぇらは気にせずいつも通りの生活を送れ、適当になんとかする」
そう言い残し、ジオ先生は何かを紙に書きながら去って行った。
リリーナは俺のローブを離さず、決意を固めた様に俺の目をまっすぐ見た。
「探しに行こう」
「……だが、まだ【帰らずの森】にヘスターが行ったとは限らないぞ」
「それは……! そうだけど……」
「……俺に考えがある。数日待っていてほしい」
「って事は!」
「あぁ、あの様子じゃ先生は頼れないからな。俺達で解決しよう」
リリーナはベンチから飛び上がり、俺に抱きついてきた。
「ありがとうっ! 絶対見つけよう!」
「あぁ。とりあえず今日は一旦解散だ。明日一日は準備に回って、明日明後日に捜索に探しに行こう。それまで勝手に探しに行くなよ」
「うっ。肝に銘じておきます……」
釘を刺されたリリーナは小さくなりながらも、俺に笑顔を向けた。
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「って事で人を探している。何か便利な呪物はないか?」
「……朝イチで何かと思えば、私を便利屋か何かと思っていないかィ?」
ジュディは猫のカップでコーヒーを飲みながら、ボサボサの髪を櫛で整えている。
「頼む」
「……一応私は2年の先輩なんだよォ? もっと敬意とかないのかい?」
「お願いします。可愛い後輩の為と思って」
「それはキミのセリフじゃないねェ……まぁないわけじゃあないがね」
ジュディは引き出しの中身をガサガサと漁り、中から何かの皮でぐるぐる巻きにされた小さな棒を取り出した。
そしてその皮を剥ぎ、直接手で触れない様に俺に差し出した。
「ペン?」
「あァ、探し物の場所が分かるペンだよ」
俺はペンを手に取り、まじまじと見つめた。
一般市販されていてもおかしくない様な綺麗なペンで、なんの変哲も無かった。
「あァあァ! あんまり持たない方がいいよ!」
「え?」
ペン先からインクが垂れ、俺のローブに一滴落ちた。それは黒いローブに真っ赤なシミを残し、かすかに血の匂いがした。
俺は嫌な予感がし、ジュディにペンを返した。するとペンを握っていた手の平からは出血しており、俺はその光景に仰天した。
「これは使用者の血をインクとして物を書くペンだよォ、それに探したい物を紙に書いてくれる。ただインクの使用量が異常なまでに多いから、一日一分以上の使用はオススメできないねェ……」
「そうか。何か書けるものはあるか?」
「この紙なら使っていいよォ」
そう言ってジュディはまっさらな紙を取り出し、机の上に置いた。
俺はジュディからペンを受け取り、その紙の上にペン先を付ける。するとペンが走り出し、紙の上に文字が描かれていく。
「えェとなになに……汝の探し求める者は……日も当たらぬ深き場所にて……たった一人でェ……」
「もっと簡潔な文章にならないのか?」
「そりゃペンだって血を吸いたいだろうから、無理じゃないかねェ」
「そうか。ならば二度と血も吸えないようにしてやろう」
「えっ! ちょ! 壊すのは勘弁してくれェ!」
俺はペンを力強く握り、ペンがミシミシと嫌な音を立て始める。
今まで一文字一文字噛み締める様に書いていたペンは、雑にザラザラと文字を書き俺の手から自発的に離れた。
「ひェェ……今後キミには呪物の貸し出しはしたくないね……」
「それよりも、なんて書いてある?」
「あェ? ……ここからの距離と方角が書かれているねェ。あの森の中だ」
「そうか。やっぱり一人で行ったのか……」
「まぁそう気を落とすなァ。人付き合いが全くない私からしても、キミ達はあまり悪くない」
ジュディは俺に、コーヒーの入ったドクロのカップを差し出した。
湯気も立っていない冷めたコーヒーを飲み、俺は息を吐く。
「悪いのは彼を追い詰める環境だろう」
「環境?」
「あァ。聞いてる限り、何かの事情がある様に思える。それは彼を苦悩させ、自虐させ、いずれは破綻に追い込む」
「どういう事だ?」
「時には飛ぶ勇気も必要だって事さァ。さァさ帰った帰った、私はこれから着替えるんだ」
「そうか。ありがとう、助かった」
「おォう。代わりに石碑とその変な月光草を持ってきてくれたらいいよォ」
ジュディは大笑いしながら、俺を部屋から押し出した。
暗い地下室に閉め出された俺は、ドクロのカップに入ったコーヒーを飲み干しその場にカップを置いた。
その時、俺の手が血まみれだった事に気づいた。
「……あぁ、ペンのせいか」
このままでリリーナに会えば、きっと心配されてしまう。
俺は血が垂れない様に受け止めながら、手を洗える場所を探して地下室を出た。
別に魔術で水を出せばどこでも洗えるが、血が混じっているから排水溝が備わっている場所で洗いたい。
校舎を彷徨いていると、トイレが目に入る。ここなら血を洗い流しても大丈夫だろう。
そう思っていると、トイレのドアが開いて誰かが出てきた。
「あぁ? テメェは……!」
「ん? あ、イグレ」
俺の言葉を遮る様に、顔面に向かって蹴りが飛んでくる。体を反らせて回避するが、鼻先に少し掠った。
距離を取り、イグレアの様子を見る。
イグレアは懐から短杖を取り出し、俺を睨みつけている。
「異端野郎……テメェと教室で顔を付き合わすのもムカつくって言うのに、こんな所でも出会うなんてクソムカつくぜ……!」
「イグレア、どいてくれないか? 手を洗いたいだけなんだ」
「異端野郎の要望を通すほど俺が心優しいと思ったか……?! ちょうどいい、ムカッ腹が立ってたんだ。テメェをぶちのめせばスカッとするだろうよ!」
「いや、本当に手を洗いたいだけだ。それにもうそろそろ授業が始まる時間だし」
「問答無用! 消えろ【炎矢】!」
炎の矢がいくつも浮かび上がり、こちらに飛んでくる。ただ狙いが甘く、全て俺を無視して背後に飛んでいく。
次の瞬間、ガラスが粉々に割れる音が聞こえる。振り返ると、窓が割れガラスが飛び散っていた。
「俺を甘く見てんじゃねぇぞ!」
「ぐっ!」
背後を見ている隙に、イグレアの蹴りが俺の腹に押し込まれる。
吹き飛ばされ窓際に押し込まれ、ガラスの破片が背中に刺さる。
窓枠に飛び乗り、イグレアは俺にまたがる様に立つ。
「全力だ、死ね。【灼熱極炎】ッ!」
「【シールド】ッ!」
短杖から赤い炎が溢れ出し、俺に向かって一直線に放たれる。
シールドで防ぐが防いだ炎が跳ね返り、廊下を埋め尽くす。
「被害が大きすぎる! やめろイグレア!」
「俺に指図すんなぁ!」
「……許せよ」
俺は窓枠に寄りかかった状態で体重をかけ、窓の外に仰け反る様に飛び出る。ついでにイグレアの股間を足で蹴り上げ、一緒に外に出す。
「外なら被害はそこまで出ない、来い」
「……っ! ……ッッッ!」
イグレアは蹲ったまま起き上がらず、言葉にならない声を叫んでいる。
俺は背中に刺さったガラスを抜きながら、ついでに手の血を流し落とす。校舎内ではないから、きっと大丈夫だろう。
「てめ、ころ、ぶち殺す……!」
「ならとっとと来い」
「言われなくても……! 【灼熱極炎球】ッ!」
短杖から巨大な炎の球が、連続で放たれる。地面を抉りながら飛んでくる球を避けつつ、俺はイグレアに向かって手を構える。
「【インパクト】ッ!」
「甘いんだよ!」
俺の放った衝撃波を避け、イグレアは絶えず魔術を放つ。
「【スラッシュ】!」
「炎がぶった斬られたおかげで軌道が見えるぜ!」
「くっ! 【グラビティ】……!」
「【炎矢】!」
俺が指を構えると同時に、イグレアが炎の矢を飛ばす。以前にも増して速度を上げた炎の矢は、俺の肩を貫いた。
焼けるような痛みが肩を抜け、傷跡に炎が残る。
「それは構えがいるんだろ……一回受けたんだ、もう二度と当たると思うな!」
「動きを上げたな……!」
「【灼熱極炎球】!」
痛む肩を庇いながら、イグレアから打ち出される炎の球から逃げる。
滑り込む様に大きな岩陰に隠れ、息を整える。
すると俺の座っている地面が赤熱し、地面が盛り上がった。
「【灼熱極炎柱】!」
小さな火口が開き、そこから炎が吹き上がる。
俺は何とか避けるが、岩陰から出てしまったが為にイグレアと目が合ってしまった。
「異端魔術は俺達の知る魔術と違ぇ、何が出るかがわからねぇ。だから全力で潰すんだよ、異端野郎……!」
「これは信条的に使いたくなかったが、この際仕方ない」
「次は何を仕掛ける異端野郎! 今の俺ならどんな異端でも真正面から叩き潰せるぜ!」
「最大光量、【光球】!」
「クソが! この後に及んで目眩しか!」
「【スティール】」
俺は紐を引くように指を動かし、魔術を発動した。
イグレアの手から短杖が飛び出し、俺の手元に飛んできた。
「……」
「これはあまりにも卑怯だから、あまり使いたくないんだ」
「んだそりゃ……なんだそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
イグレアは俺に向かって走り出し、拳を振り上げた。
その拳を受け流し、イグレアに足をかけ転ばせる。
「杖は魔術の威力が増強する補助具……だったか? だが補助具を使い続けると、いずれはそれ無くすとパニックに陥るようになる。と授業で習ったな。お前は謹慎でいなかったがちゃんと」
イグレアは俺の話を遮る様に、地面を何度も殴りつけた。その耳は真っ赤に染まっていた。
俺はそっと杖をイグレアのそばに置き、その場を去った。
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