4話 学習
この学園では昼休みが長い。それは寮に生徒達が使える様にキッチンが備えられており、そこで昼食を作って食べる生徒達に配慮しての事だった。
食堂も居住区域には存在し、軽食ならば本校舎にある購買で買える。とは言ってもバリエーションは少なく、数種類のパンと飲み物程度だ。
「つまり購買で昼を手早く済ませ、残りの時間を魔術の特訓に費やすのが最適解だ」
「そうかな、そうかも……」
本校舎の庭にあるベンチで買ったパンを食べながら、俺は教科書に目を落とす。
5級魔術に対する記載はないが、1級魔術に対する記載も少ない。本の半分が4級から2級魔術の内容だ。
「役に立たないな」
「教科書は参考にするものだよ、確かな感覚を掴むのは自分の仕事」
「その通りだな。早速教えてくれ」
「え、ちょっと待ってね」
リリーナは自分のパンを口に詰め込み、牛乳で流し込んだ。
「よし。じゃあ……最初は魔術の基礎的な事から始めよっか」
「よろしく頼む」
「えっと、基本的に5級魔術は属性に合った物質を生み出せれば取れるんだ。火の魔術なら火を出す、水なら水を、風なら風をって感じでね。見てて」
リリーナは自分の手を前に突き出し、手の平から水を出した。
大した勢いもなく、地面の芝生にちょろちょろとかかっている。
「それでこの水の形を整えて、威力を調整して、効果を付与して……それでやっと4級魔術になる。でも魔術を使う度にそんな事を気にしてたら面倒だから、これら全てを発動時に自動設定してくれる『詠唱』をする必要があるんだ。【水球】」
リリーナの手から水の球が放たれ、芝生の上で弾ける。
「魔術の使用用途は何も戦いだけじゃない。日常生活の利便性を高めたり、人を助けたり狩りに使ったり。ちなみに私は、この魔術で畑に水とかをやっていたんだ」
「なるほど、体系魔術がここまで広まっている理由が少しわかった気がする」
「そうだね、でも注意点もあって……」
リリーナはベンチの上に置いてあった教科書を覗き込み、【水の魔術3級】のページを読む。
そして手を突き出し、大きく息を吐いた。
「【氷矢】!」
「……何も出ていないぞ」
「へへ……さっきも言った様に形・威力・効果を自動設定してくれる詠唱だけど、使用者の中にそのイメージが確実にないとダメなんだ」
「つまり……どういう事だ?」
「う〜ん……魔術を剣に例えると、魔力は溶鉄で、詠唱はそれを流し込む型……みたいな感じ?」
「なるほど。型の形がしっかりしていないと、剣の形にならないという事だな」
「そうそう! そういう事! 型をしっかりとした形にするには、何度も練習したりその魔術を使える人に教えてもらうって事が大事!」
確かに、俺も師匠から魔力の使い方や異端魔術を教わった。
そういう点では、異端魔術も体系魔術も変わり無いのかもしれない。
「それで一番大事な基本の基本、ただの魔力を変化させて色々な物質に変える方法!」
「つまりは5級魔術って事だな」
「そう! ……えっとラルくんは光の5級は持ってるんだよね」
「まぁな、【シールド】」
指を弾き、シールドを出す。
リリーナはシールドに触れ、押したり軽く叩いたりする。
「うん、これは純粋な魔力そのままだね。本質は光の5級でやる『魔力を体の外に出す』という行為を、詠唱で形にして無理やり魔術にしている……っぽいかな」
「それが何かまずいのか?」
「う〜ん、私は別に魔術の専門家ってわけでもないから断言はできないけど……いっぺんにこんな大量の魔力を出すと、魔術発動の時に失敗すると自分にダメージが来ちゃうかも」
「あぁ、小さい頃によくあったな」
俺は制服の前を外し、胸元をはだけさせる。
そこには小さい頃に魔術を失敗して出来た傷が、首元まで伸びている。
リリーナはそれを見ると、思いっきり顔を顰めた。
「体系魔術のメリットは魔術発動に失敗しても、そんな酷いフィードバックを受けない事だね……体系魔術は長年の研究によって、最小限の魔術で発動できるようになっているんだ」
「最小限なら威力が低くなったりしないのか?」
「最小限でも、キチンとした威力が出せる様に体系魔術は出来てるから大丈夫。中には必要最小限以上の魔力を流して、魔術の出力を上げる人もいるね」
イグニアの言っていた『3級の魔術でもこの威力だ』とは、出力を上げた魔術の事を自慢していたのか。と納得する。
俺はその凄さをあんまりわかっていなかったから、あんなにカリカリしていたのだ。
今度会ったら褒めるべきだろう。
「それでそんな魔力を変化させる方法だけど」
「あぁ、それが大事なんだな」
「こう……なんというか……」
リリーナは急に両手の間で何かを捏ねるような姿勢を取り、難しい顔をした。
「あの……イメージ? 自分の中の魔力を、その物に近づける感じ……?」
「どういう事だ?」
「ええっと……なんというか……」
リリーナは膝から崩れ落ち、教科書を指差した。
「ごめん……今までのは大体教科書の受け売りで、ここから先は私のオリジナルです……」
「いや、それでもためになった。俺の話題やレベルに合わせて話してくれたから、とても分かりやすかった」
「え、本当? なら頑張っちゃおっかな!」
リリーナは立ち上がり、両手を握りしめて俺を鼓舞する。
「とにかくイメージだよ! 火は熱さとか、水だったら冷たさとかをイメージして! そして魔力をこう……捻ったり混ぜたりして……とにかくイメージに近づけるんだよ!」
「イメージに、近づける……」
「でも初めては結構難しいから、焦らなくても大丈夫。私も最初は苦労したなぁ、お母さんやみんなに励まされて何日も練習して……」
俺は手の平を見つめ、頭の中でイメージを固める。
火。火ならば熱だろうか。触れた時のダメージや揺らめき、眩しさなどを事細かく想像する。
そして自分の中の魔力をその形に当てはめる。
その瞬間、俺の手の平から火柱が上がった。
「お、出た」
「早くない!? って言うか何その火力!」
「結構簡単だな」
俺は自分の中のイメージを水に切り替える。
すると火柱は一瞬で消え、手の平から噴水の様に水が噴き出す。
「……」
「何だか楽しいな。多分流す魔力を絞れば調整可能っぽいな」
「……」
リリーナはベンチに座り、遠くを見る様な目で俺の事を眺めている。
俺は魔力を風のイメージに変え、手から風を吹き出させる。
威力を絞り、近くに落ちていた小石を浮かせる。
「なるほど、こんな事もできるのか。ジオ先生が杖に触れずに黒板に文字を書いていたのはこういうことか」
「うん……そうだね……」
俺は頭の中のイメージを、土に切り替える。
そうすると途端に手からの風は止み、何も出なくなってしまった。
「あれ、どうしてだ?」
「あ、土の魔術は勝手が違うんだよ」
「勝手が違う?」
「うん」
リリーナは重い腰を上げ、俺に近寄ってくる。
そしてその場にしゃがみ込み、地面を指差した。
「土の魔術は土を操るんだ。体系魔術では生み出す事が出来ないから、既に存在している土を使うんだ」
「土を操る?」
「私は土の魔術は出来ないけれど、凄い人は一瞬でお城とか立てちゃうとか聞いたよ」
「土を操る、か……」
俺は試しに地面に手を触れる。さっき出した水が染み込み、少し湿っている。
土を操ると聞いた通り、俺は土を動かすようなイメージをする。
すると、土が盛り上がり小さな出っ張りになった。
「……」
「こういう事か? リリーナ」
「みんな私より魔術ができて……ずるいなぁ……」
リリーナは不貞腐れる様に目を逸らした。
俺はなんだかいたたまれなくなって、「ごめん」と誤ってしまった。
「どうやったの?」
「魔力で手を作って、それで土を盛り上げるようなイメージをした」
「……こうかな」
リリーナは杖を地面に突き刺し、目を瞑って集中する。
すると杖を突き刺した部分がゆっくりと盛り上がっていく。
「できた!」
「これで何とか、お互い退学は免れそうだな」
「ううん。本番まで反復練習をして、ちゃんと感覚を覚えなきゃ」
「そういうものか」
「そうだよ! 毎日一緒に特訓して、体系5級取ったらお祝いだよ!」
「そうだな、今から反復練習を始めるか」
と話していると、頭上の方から鐘の音が聞こえた。
昼休みの終了を告げる鐘の音だ。
「あ〜、残念。午後の授業が始まっちゃう」
「午後の授業はなんだ?」
「確か魔術実習訓練だったと思うよ、授業割持って来ていないの?」
そういえば昨日何かの紙をもらったが、寮の机の上に置いたままな気がする。
リリーナは俺の様子を察すると、ため息をついて俺の肩を叩いた。
「しょうがない、私が持ってきてるから良かったものの……でも2年生からは授業は個人で選ぶ仕組みになるから、自分の予定はしっかり自分で管理してね」
「あぁ、次からは気をつけよう」
「じゃ、移動しようか。ええっと、第5実習室だってさ」
リリーナは辺りを見回し、俺の方を見直した。
「第5演習場ってどこ?」
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俺は第5演習場の入り口に、平然とした態度で入る。小さな門と大きな壁で区切られた向こう側は、砂が敷かれただだっ広い四角形の広場だった。
「貴様ら! 遅いぞ!」
門の側には、体の大きなハゲた大男が腕組みをしながら立っていた。
そしてその後ろには教室で見た顔ぶれが揃っていた。
「まだ開始の鐘は鳴っていません」
「うるさい屁理屈もやし! 貴様の様な腑抜けはこの学園にはいらん!」
「はぁ……そうですか。ところであなたは?」
「俺は貴様ら一年の火及び土の魔術の実習担当、ザイレムだ! 貴様らも気を抜いていないで、気を引き締めろ!」
急に振り返り、ザイレム先生は怒鳴り声を上げる。
声を絞る方法を忘れたのだろうか。
そしてタイミングよく授業開始の鐘が鳴る。
ザイレム先生は本校舎の方に向かって大きく一礼をする。
「貴様らもやれ! やらない奴は今日の魔術の標的役を受けてもらうぞ!」
その一言で、他の生徒達はみんな本校舎の方を向いて頭を下げた。
「貴様……遅刻の上に頭も下げんとはな。舐めているのか?」
「……え?」
「貴様だこのクソもやし! 名前を名乗れ!」
「ラル・ガ」
「貴様に名は必要ない! なぜなら貴様は今日の標的役だからだ!」
何かよく分からないうちに話が進んでいる。俺も頭を下げた方が良かったらしい、反応が遅れた。
俺といまだに息を切らしているリリーナを他の生徒の列に入れ、ザイレム先生は土魔術で作った台に登った。
「改めて自己紹介をする! 俺はザイレム、貴様ら未熟者共に魔術を教えてやるありがたい存在だ! 火・土・風の2級だ! 知りたい事があれば空いてる時間に聞くがいい!」
「ケッ、同級かよ。俺は格上にしか教わりたくねぇよ」
「ほぅ……今の発言者、手を挙げろ」
生徒の中から、一本の手が挙がる。
その手を挙げた生徒は特徴的な赤い髪をした、殺人的な目をしていた。
「イグレア・レッドホット。お前と同じ火の2級だよ」
「ふん、前に出てこい」
「あぁ?」
イグレアは生徒を押し除けながら、ザイレム先生の前に立つ。
そのイグレアの姿は痛々しい物で、包帯や布を体の至る所に貼ってあった。
「名簿によると保健室を抜け出し、次々と上級生を襲っている様だな。その度に返り討ちにあい保健室に戻され、抜け出すの繰り返し。なるほど、死に急ぐのなら止めはしないが、俺からはこれをくれてやろう」
「あ? 何くれんだよ」
「愛の拳だ! 歯を食いしばれ!」
ザイレム先生はイグレアの頭を左手で掴み、右腕を大きく振り上げ重々しい一撃を腹に入れた。
「イグレア、貴様も標的役だ! 立て!」
「ボ……ぶっ殺して……やる……」
「口が聞けるのなら結構だ! 他に標的役をやりたい奴はいるか、特別に成績に色をつけてやろう!」
それを口にすると、生徒達の中にどよめきが走った。
ゆっくりと手を挙げようとする生徒がポツポツと出始めた頃を見計らったように、ザイレム先生は大きな咳払いをした。
「なお、この授業での標的役に命の保証はない!」
その一言で、生徒達は全員直立不動となった。
「腰抜け共め! それではルールを説明する! 標的役は反撃をせず、魔術を使って身を守れ! それ以外は殺す気で魔術を撃て! 当てれば当てるだけ、次のテストでボーナス点を付けてやる! 以上だ!」
ザイレム先生は俺とイグレアに、ゼッケンを渡してきた。
「これを着ろ。定期的に光って、土埃の中でも位置が分かりやすくなるからな! それにこれを着ている限り、第5演習場から出られなくなる!」
「誰が……着るかボケ……」
「ほう。俺から直々に着せてもらいたいだとは、媚び上手な奴だな!」
「やめろ……! 触るな! 着せるなぁっ!」
イグレアはザイレム先生にゼッケンを着せられている。俺はああはなりたくないので、自分でゼッケンを付ける。
「よし、全員準備は整ったな! それでは魔術実習訓練、開始ッ!」
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