1話『ラル・ガスコール=』
担任教師が黒板の前で長々と入学の挨拶と軽い自己紹介をしている。
買った教科書を膝の上でペラペラとめくりながら、内容を確認する。どれもこれも体系魔術の事ばかりで、俺の望む様な内容は書かれていなかった。
「お〜い! 教科書見ていないで、早く自己紹介をしてくれ」
担任教師が俺の事を指を刺しながらそう言った。どうやらいつの間にか、生徒の自己紹介が始まっていたようだ。
俺は教科書を閉じ立ち上がった。
「ラル・ガスコール……」
クラス中から注目が集まるのが、肌で感じる。
椅子に座り直し、頬杖をつく。
「え、かっこよくない?」
「めちゃくちゃかっこいい!」
「イケすかない野郎だな」
「あれ地毛か? 青と緑の二色だぜ」
「ぜってぇ染めてるべ。先端だけ緑なのは不自然だ」
「え〜っと、もう一度立ってもらっても良いか? ランクと得意魔術も頼む」
担任教師の言うままに、もう一度立ち上がる。
「ランクは【光の5級】、得意魔術は……【異端魔術】です」
その瞬間、クラスの空気が変わった。
落胆、失望、嘲笑、侮蔑。今まできゃいきゃいと黄色い声を出していた集団ですら、今では俺の事を指差してヒソヒソと俺を貶す事に勤しんでいる。
担任教師でさえも、笑いを堪えながら必死に平静を保っている。
俺は椅子に座り、また頬杖をつく。
(この世界はクソだ)
そんな事を思いながら、俺はただ時間が経つのを待っていた。
ここに俺の居場所はない。
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やっとホームルームが終わり、各自自由時間が与えられた。
寮の部屋を見に行くもよし、学園内を見て回るのもよし。俺は自分の荷物を置くために、寮へと向かった。
古城の様な見た目をした古臭い本校舎とは違い、少し離れた場所に建てられた比較的新しいレンガ造りの建物だった。ずらりと並んだ窓が太陽の光を反射して、煌びやかに輝いている。
「や、やめてください……!」
どこからか女の叫び声が聞こえる。辺りを見回してみると本校舎と居住区画を隔てる壁際で、三人の男が誰かを囲んで罵声を浴びせていた。
「やめて……この杖はみんながお金を出し合って、私に買ってくれたんです……!」
「うるせぇ! 俺は恵まれた奴が大嫌いなんだよ!」
少し近寄って様子を見ると、赤い髪を半分刈り上げたチンピラみたいな見た目の男を中心に、白い髪の少女から杖を取り上げようとしていた。
取り巻きらしき男と目が合い、その男は刈り上げの男の肩を叩く。
「あ? 何見てんだよ!」
俺に気づいた刈り上げが、俺に向かって怒声を飛ばす。
「いや、騒がしいから何事かと思って」
「た、助けてください!」
「うるせぇぞ落ちこぼれ女!」
少女が俺に向かって手を伸ばすが、刈り上げがその子の手を蹴り上げる。
「大して魔術の才能もない奴は、俺みたいな天才の言う事を聞いていればいいんだよ!」
「うぅ……お願い、助けて……」
「……仕方ない」
俺は自分の荷物の入ったトランクを地面に置き、その男に近づく。
「おいおいおいおい……やるってのか、この俺とよぉ!?」
「まぁそんな所だ。このタイミングで面倒事は起こしたくなかったんだがな」
「お前俺が誰かわかってんのか!?」
刈り上げの男は纏っていたローブを脱ぎ捨て、懐から短杖を取り出す。
「俺はイグレア・レッドホット、新入生の中じゃ唯一の【火の2級】だぜ!?」
「そうか。俺はラル・ガスコール、【光の5級】だ」
「あぁ……?」
イグレアは二人の取り巻きと顔を見合わせると、俺を指差して笑い始めた。
「お前さっき『得意魔術は【異端魔術】です』とか自信満々に言ってた情けない奴かよ!」
「同じクラスだったか、これから一年よろしく頼む」
「残念ながらお前はここで、心を俺に折られて田舎に帰るんだよ! 【炎球】!」
イグレアは杖を俺に向け、魔術を行使した。杖の先から火球が放たれ、俺の横をすり抜けて背後の木を燃やした。
「どうだ、3級の魔術でもこの威力だ。お前みたいな体系魔術から逃げた日和野郎は、俺の気まぐれにぶっ殺されない為に地面に頭を擦り付けてご機嫌を伺うべきなんだよ三下ァ!」
「何をそんなにカリカリしているんだ」
「気にくわねぇんだよ……お前みたいな魔術の才能もない、たいした目標もない。挙げ句の果てに体系魔術から逃げた【光の5級】だなんて奴が、同じ学校に存在してるって事がよぉ! 【火球】!」
まるで俺を威嚇するかのように、俺の足元で飛んできた火球が炸裂する。
地面に焼け焦げた跡を残し、イグレアはその焼け跡を杖で指す。
「殺しちまえば俺だって処罰もんだ。その焼け跡より近づいてこなけりゃ、お前はぶっ殺さねぇでいてやるよ」
「踏み越えれば?」
「ぶっ殺す」
「そうか、試してみよう」
俺はポケットに手を入れて、その焼け跡を踏みつけた。
「【炎柱】!」
踏みつけた焼け跡から炎が渦巻きながら湧き出し、あっという間に俺の体を包んでしまう。
「【インパクト】」
俺は指を地面に向かって立てる。その瞬間衝撃波が巻き起こり、押しつぶされる様に炎は一瞬で消える。
「チッ……異端野郎が! 【炎矢】!」
イグレアの周囲に無数の炎の矢が展開され、俺に向かって一斉に放たれる。
「【シールド】」
俺が指を弾くと目の前に半透明の盾が展開され、炎の矢を次々と弾いていく。
「何っ!? 異端魔術を二つも……!」
「二つじゃない」
俺は腕をまっすぐ伸ばし、イグレアを親指と人差し指の間に挟み込む。
「俺の得意魔術は、【異端魔術】そのものだ。【グラビティ】」
「ガァッ!」
俺が指を閉じると、イグレアは地面に向かって潰れるように倒れた。周囲の地面がひび割れ、イグレアを中心に広がっていく。
俺は魔術を解き、逃げる取り巻きを尻目にうずくまる少女に手を伸ばす。
「大丈夫か」
「あ……ありがとう、ございます……」
少女は怯える様に俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。鼻からは鼻血が出ている。
俺はハンカチを取り出し、少女に手渡した。
「あ、はい」
「……何をしているんだ?」
少女は俺の右腕にハンカチを巻こうとした。
「え、だって少し火傷していたから……」
「それより自分の鼻血の心配をしたらどうだ」
「鼻血……? え、わわぁっ!」
少女は慌てた様にハンカチで自分の鼻を押さえた。
「す、すいませんハンカチを貸していただいて……」
「別に問題はない。どうしてコイツに襲われていたんだ?」
「えっと。突然声をかけられて、ランクを聞かれて答えたら……その杖は相応しくないって」
俺は小さなクレーターの中心で倒れたままのイグレアを見る。
確かに魔術の腕はある様だが、ここまで人格が破綻していては宝の持ち腐れだろう。
「あの、すごかったですね! 異端魔術をあんなに使えるなんて!」
「君は異端魔術に忌避感を覚えないのか?」
「あはは……実は私も異端魔術が使えてしまうんです……」
「そうか、それは大変だな」
少女は杖を抱きしめるように持ちながら、もじもじとしながら片手の手袋を外した。
「きょ、教室でも自信満々に『得意魔術は異端魔術だ』って言っていたのがすごく印象的で……他の人から何か言われてても動じてなくって……えっと」
「なんだ?」
「と……お友達になってくれませんか……?」
「なんだそんな事か」
少女がおずおずと差し出した手を握り、俺は優しく上下に揺らした。
「俺はラル・ガスコールだ」
「あ、私はリリーナ・イオニアです! 名乗りが遅れてすいません……」
「問題ない、リリーナ。これからよろしく」
「はい!」
ウキウキと手袋を付け直すリリーナ、俺はそんな様子を見ながら自分の荷物が地面に置きっぱなしだった事を思い出す。
荷物を取りに行こうと歩き出す足を、何かに掴まれた。
「……」
クレーターから手を伸ばすのは、俺を睨みつけるイグレアだった。
「テメェ……なんだ?」
「ラル・ガスコールだ」
「違う、お前はどうしてこんなにつよ……クソが。体系魔術も出来ない雑魚が、どうしてこの学園に来たんだ……」
「俺はこの学園を支配する」
イグレアが顔をあげ、俺の顔をマジマジと見る。
「俺はこの学園を支配して、この世界から異端魔術を無くす」
「はははっ! 異端野郎が大きく出たな……!」
「世界中から魔術を学ぶ奴らが集まるエレノア魔術学園。ここを支配して異端魔術に対する偏見を無くせば、将来的に異端魔術と呼ぶ者はいなくなる。俺が目指すのは体系魔術や異端魔術の隔たりを取り払い、各々が好きな魔術を好きな様に行使できる世界だ」
「魔術の自由化論……馬鹿が、出来る訳ねぇ……」
「本当にそう思うか?」
「……異端、野郎が。俺だって、この学園のトップ……に……」
イグレアはそう呟くと意識を失ったのか、手を離して地面に突っ伏してしまった。
俺は自分のトランクを手に持ち、本校舎の方を眺める。
これから四年間、俺はこのエレノア魔術学園で過ごす。
これから四年間で、俺はこのエレノア魔術学園を支配しなければならない。
俺の長い長い学園生活は、やっとスタートラインに立ったばかりだった。
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