表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

消えた妹

作者: 炬燵猫

思いつくがまま書いたものです。お暇つぶしにどうぞ。

誤字報告ありがとうございます。

 

 八年前、妹が消えた。


 その日は王家主催のお茶会に招待されて三歳下の妹と共に庭園を眺めていた。


 第二王子の学友と側近、並びに婚約者候補の令息令嬢達が思い思いに過ごしていた。第二王子は私と同じ八歳だ。自然と交流も多くなるだろう。両親からは反感を買う様な真似をしなければ側近や学友とならずとも良い、と言われていたので周囲の「必ず学友にならなければ!」と息巻く彼等について行けず、木陰で人間観察を行っていた。


 妹のレティシアはお茶会自体初めての事で目をキラキラと輝かせウキウキした様子で私の隣に立っていた。まだ五歳のレティシアだが、言いつけをきちんと守れるいい子だ。他の婚約者候補の令嬢達と比べても、いや比べる事自体が烏滸がましい。ニコニコ笑っているが走り回る事もライバルを蹴落とそうと躍起になる事もなく見ているだけで楽しそうな妹とを比べるなど、妹に失礼な話だった。


 レティシアもあの輪に入って同じ年頃の令嬢達と友達になるなり、用意されたお菓子を食べてもいいのに母から兄である私と離れてはいけません。という約束をしっかり守っている。


 レティシアには悪いが私はああいった場がとても苦手だ。


 今日は第二王子が主役であるから然程でもないが、公爵家嫡男の私には多くの見合い話が来ている。令嬢達からは何故か毎回熱心に話題を振られるがどれも興味が持てず、「そうですか」「はい」「いいえ」の単語しか紡ぐ事しかしなくなる。皆最後には無言になってしまうから会話なんて弾んだ例しがない。中には泣き喚かれる事もあってこれが面倒だ。


 何せ何故怒っているのか判らないのだ。両親や家庭教師、私付きの侍従も口を揃えて「女の子には優しく!」と窘められるが、どうすればいいのか全く以て理解出来ない。

 レティシアはいつもニコニコだ。私が何をするでもなく、会うだけで嬉しそうに笑う。両親から素っ気ないと言われる態度でもレティシアはあの怒りながら泣き出した令嬢達と違い擦り寄ってくる。


 私はレティシアが嫌いな訳ではない。ただ、この妹という小さく弱い存在が何故人から「愛想がない」「冷たい」と言われる私に付いて回るのか不思議で興味深かったのだ。


 生まれたばかりのレティシアは髪なんてほとんど生えていなかったし、目も開かない。よく寝ていると思えば火の付いたように泣きだし、疲れたら寝る。



(何なんだ、この生物は……)



 理解不能。眠いなら寝ればいいし、お腹がすいたのなら食べればいい。なのに如何して毎回泣く?



「泣いて訴えているんですよ」



 レティシアの乳母が教えてくれた。赤子は自分では何も出来ず、放っておいたらすぐに死んでしまうほどにか弱い存在なのだ。出来るのは泣くだけだが、次第に泣き方で何をしてほしいのか判るようになるらしい。そして乳母は判るそうだ。


 ……何か気に食わない。素直にそう思った。

 私はレティシアの兄であるのにレティシアが何を訴えているのか全く理解出来ないというのに、この乳母は判るだなんて。


 それが人生初の嫉妬だと気付いたのはもっと大きくなってからだ。

 乳母に負けじとレティシアが何を訴えているのか耳を傾ける。泣いているだけで何も判らない。それでもこれか、あれか、と試行錯誤するうちに泣き声で何となく判るようになった。


 レティシアが泣くとすぐに駆けつけ、欲している物を当て与えてやる。レティシアはこの頃から良く笑う子だった。


 両親に対しても素っ気なかった私がレティシアに付きっきりになるほど夢中になる姿に安堵し、良き兄だと微笑んでいたのもその頃はちっとも気付かなかった。


 レティシアを大切に思うのは当然だ。何せ、レティシアは私の妹ですぐに死んでしまうかもしれないか弱い生き物なのだから。そんなレティシアが成長していき一人で寝返りがうてるようになり、這えるようになり、一人で立つことが出来るようになり歩けるようになって行った。歩き回れるようになりレティシアは私の後をついて回った。

 まだまだ私の歩く速さについて行けないレティシアは転びそうになりながらも必死で足を動かし追ってくる。雛鳥のようで愛らしいと思った。



『おにいたま』



 お兄様と上手く発音できないレティシア。小さいながらも私と同じことをしたがるレティシア。顔に出さなかったはずなのに好きなおやつが出た時は自分の分を更に分けようとしてくれたレティシア。上手く半分に出来ず悩みながらも大きい方を差し出してくるレティシア。大きな瞳をうるうるさせながらおやつを差し出すレティシア。



「レティシアが可愛い。天使では?」



 その結論に思い至った私。両親は私を微笑ましい笑顔で見守りながらレティシアと共に成長を見守ってくれた。天使のレティシアは私と両親の関係も良いものに変えてくれた。


 私は一生、この小さな天使を守ると初めて『にーに』と呼ばれた時から決めていた。だからこそ、それを果たせなかった私を私は許せない。



 その日、木陰で休んでしばらくしたら帰るつもりだった。レティシアも文句の一つも、我儘も言わずただ私に従ってくれていた。それが、悪かったのか……?

 私が、レティシアの自由を奪ってしまっていたから……だから消えてしまったのか……?



「妹ばかりかまってないで、お前もこっち来いよ」



 そう言ってきたのは同じ年の知り合いだ。向こうは友達と思っているようだが友達になった覚えはない。それに可愛いレティシアにちょっかいをかける嫌な奴だ。悪漢だ。罪人だ。……公爵家の力を使えば人の一人ぐらい……。

 そうするうちに私は天使のレティシアと引き離されてしまった。レティシアは彼の友達だという令嬢が面倒を見てくれるというが、私が納得するはずがない。だが第二王子に呼ばれていると言われれば従わざるをえない。後ろ髪を引かれる思いだが、彼女達にレティシアを任せてしまった。勿論、彼女達にはレティシアに何かあれば家ごと潰してやると遠回しに脅しもした。私の言い回しに気づかなかった者もいたが気づいた連中には顔を青褪めさせ震えて「も、勿論っ!」「しっかり面倒をみますわっ」と返してきた。それを信用するしかなかった。



 その後王子の元に行くが、肝心の王子がいない。呼びつけたくせに何なんだ。兎に角いないならここに留まる必要はない。私は戻り、レティシアと帰ろう。そう考えていた。



「レティシア!? レティシアー!!」



 見つからない。令嬢達の元に向かえばレティシアは私の友人と名乗る令息が私がレティシアを呼んでいるといい、連れて行ったらしい。私はすぐにその自称友人にレティシアを返せと迫った。だが、その男ははぐらかし私にお茶や菓子を勧める。怪しい。私は庭園を駆けまわりレティシアを探した。でも、見つからない。警備についていた騎士達に事情を説明しレティシアの捜索に手を貸してもらった。王家の庭園で起こった事だ。それも私が騒いだ事で王家側の責任を問われる事になりかねない。騎士団も介入しての公爵令嬢の捜索。だけど手がかりは何一つ掴めなかった。


 私は自称友人と名乗る男に詰め寄るが怯えたように震えるだけで何も話そうとしなかった。


 連絡を受けた両親もレティシアの捜索を開始する。両親は何が起こったのか問うが私を責める事はしなかった。私が、ちゃんと傍にいたら。レティシアは……。



「……っレティっ! レティシアー!!」



 これまで記憶の中にある中では一度も泣いたことがなかった私だが、もしこれから先もレティシアが見つからなかったらと思うと自然と涙が流れた。心細い思いをしていないか、痛い思いや苦しい思いをしていないか。心配事は尽きない。


 広大な穀倉地帯を領地に持つ我が公爵家の姫が王家主催のお茶会で姿を消した。王家の威信にかけて捜索は行われたが進展どころか手がかりすら掴めない。おかしいだろう? 目撃証言の一つも出ないなんて。これではレティシアは神隠しにあったというのか? レティシアは人間ではなく、やはり天使で天に帰ったというのか? もうあの天使の笑みで「お兄様」と呼ばれる事もないのか?


 絶望。


 目の前が暗くなった。景色は全て色褪せ、白黒の世界だ。これまで輝いて色づいていたというのに。……いやこれには覚えがある。レティシアが生まれる前まではこんな景色だった。それが、元に戻っただけ。


 ……なんてつまらない世界なんだ。


 レティシアがいないだけで、私の世界は死んでしまった。私にとってレティシアがどれほど大切な存在なのかを改めて思い知った。レティシア……。君がいないだけで、この世界はただ日が昇って沈むだけのつまらない世界だよ。私のレティシア。君はいま、どこに居る?




 両親も私も諦めることなくレティシアを探し続けた。なのに、王家は捜索を打ち切ったのだ。何故だ!? お前達の責任だろう! そう訴えるも、すでに五年が経過し見つかる見込みもなかったのだ。


 何か知っていると言えば、あの自称友人。あの男は何か知っている。あの男がレティシアを連れ出したんだ。なのに、彼の証言では「手洗いに行ってくる」と言って帰ってこなかったというもの。何度も問い詰めた。どこに向かっていてどこで別れたのか、傍に騎士はいなかったのか。時間は。その時何か予兆は無かったのか。連れ出した目的は。その後どうするつもりだったのか。


 私の勢いと剣幕に怖気づいてしまったその男は病を患い領地に帰ってしまった。領地に出向いて話を聞こうにも、彼の両親はそれを拒否した。体に障るからと。



「体に障るからなんだ!? レティシアは今どんな思いをしていると思う!? これまでの五年、どれだけレティシアは辛い思いをしているか……! それに比べて何が体に障るだ!? お前のせいで妹は消えたんだ!!」



 後日、その令息は跡目を弟に譲り出家した。

 数日前には自死を選んだらしいが死にきれず、出家を選んだそうだ。神の道を歩む決断をしたのは彼の決意が固く、毎日を贖罪に費やしているそうで彼の両親はこれでは跡取りとしておけないと判断したらしい。


 そんなもの、何か知っていると言っているのも同じ事ではないか。それも侯爵家嫡男の口を封じれる立場の人間と考えれば、自ずと絞られる。


 第二王子。


 私とレティシアが別れる原因になったのがこの第二王子だ。王子が私を呼んでいる。そう言われて向かったがそこに王子の姿はなく、戻ろうとする私を王子の取り巻き達が引き留めた。勿論そのことを両親にも訴えた。何か手がかりがあるとすればコレしかない。

 両親も身分は関係なくただ、娘の行方を心配する親として藁にも縋る思いで第二王子に事情を聴きたいと訴えた。


 しかし、王家からの回答は私たちが求めるものではなかった。第二王子は今回の事でとても心を痛めており、話を聞ける状態ではないと。あの侯爵家の男と同じ回答に私達は確信した。


 レティシアは第二王子に連れ出され行方を断ったのだと。


 だが、確たる証拠はない。頼みの綱である侯爵家の男も決して口を割らないに違いない。自死を選んだくらいなのだ、あの男を問いつめようものなら再び自死を選ぶことだろう。それでなくても口を割りそうになれば王家から消される。すでに彼の命は彼のものではないのだ。



「レティ……」



 どうして君だったんだ。どうして、私は君から離れてしまったんだ。両親は私を責めないが、それが余計に苦しい。レティ。私の天使。どうすれば君にまた会える?


 こんな事になるなら、レティが行きたがっていた領地にある国一の透明度を誇る湖に一緒に行けばよかった。透明度が高い分、浅く見えるが水深は百メートルを超える程の深い湖。まだ幼いレティシアに何かあったらと思うと許可出来なかった。残念がるレティシアにもっと大きくなってから連れて行くと約束すれば花も恥じらうような可憐な笑みで「お兄様大好き!」と言って喜んだレティシア。


 レティシア。私は君に何かしてやれただろうか?


 私の色褪せた世界に色を与えてくれたレティシア。両親との関係を改善してくれたレティシア。

 レティシア。レティシアッ! レティシア……!



「レティシアに、会いたい……!」



 涙が零れる。起きている間考えるのはレティシアの事ばかり。あまりの会いたさに幻影まで見る私に両親は泣き崩れる。だけど、私には何も響かない。レティシアがいて完成される世界にレティシアがいないのなら、この不完全な世界に何も関心はない。両親に対して情はあるがレティシアがいて成り立っていた関係。口を利く回数は少なくなり、以前のような希薄な関係へと逆戻りになった。


 それでも公爵家の嫡男としての教育はしっかり行われた。王家とは関係をおき、領地に引き籠った。王家としては広大な穀倉地帯を保有する我が公爵家を敵に回したくないはずだ。それも私の母は隣国の王家に連なる家系。私にも順位は低いが隣国の王位継承権がある。隣国につくと宣言すれば王国は食糧庫である我が領地を失うことにもなる。


 そうなる前に、王家は我が家に言いがかりをつけて領地を没収するつもりだったのだろう。本当なら第二王子とレティシアを婚姻させ関係を強化させる手筈だったのに、そのレティシアが姿を消した。揉めれば王家に対して謀反ありと判断されかねない状況。婚姻という方法はあくまで穏便に我が公爵家の手綱を握る手段の一つ。手荒になろうとも、押さえつける方法はいくらでもある。


 その点父は上手くやった。

 権力には権力を。父は譲位した先代国王を頼った。父と母の仲を取り持ったのも先代国王だったらしい。国の繁栄の為の政略結婚。当初は現国王と母が婚約するはずだったのに、政略を理解しない国王は母を見て嫌だと断ったらしい。国王の好みは儚げで線の細いタイプ。母は勝ち気で女性らしい体型の女性だった。母に非は何もなく、政略として嫁ぐ為にやってきた隣国の使者は激怒。一色即発となるが母は現国王の当時側近を務めていた父に一目惚れ。父と婚姻を結ぶ事で何とか話はまとまった。


 政略を理解しなかった現国王は当時の国王であった父親にこっぴどく絞られたらしい。現在は退位したものの、今でも頭の上がらない現国王。前国王は今後我が公爵家に手を出さず、治める税も二割減らすという誓約書を現国王に書かせた。公爵家の税収が減った分は王家の年間予算から絞り出すらしい。国民が困らずに済むならなんだっていい。


 だがそんな事をしたってレティシアが帰ってくることは無い。

 先代国王が第二王子を問い詰めたらしいが、泣くばかりで手がかりは得られなかった。自白剤を飲ませる話も出たが王妃様が断固拒否。それから第二王子は療養として称して王家直轄領に引きこもり、学園入学まで表舞台から姿を消した。



 ただの白黒になってしまった世界を単調に過ごす。レティシアの幻影を見ながら私は死んだように生きていた。レティシアがいなくても時間が過ぎる。白黒の世界になって八年。貴族の子弟が通う学園に私は入学した。


 真新しい制服に身を包み新しい生活に臨む若者達。私もその中の一人なのだろうが周りからは浮いていた。それに気に病むような私ではない。すり寄る連中を適当にあしらい、私は見つけた。


 第二王子。


 レティシアの行方を知る数少ない人物。私はこの日を待っていた。学園に入学するのは貴族の義務の一つ。よっぽどの理由がない限り辞退は出来ない。それに学園の中なら級友として接触するのも難しくはない。私は諦めない。レティシアは生きてる。生きて私を待っている。そう信じて今まで生きてきたのだ。諦めるなど出来るものか。


 だが、それも王子の顔を見て揺らいだ。

 生きた屍と言えばいいのか。痩せこけ生気の感じられない虚ろな瞳。お茶会当時のキラキラした第二王子の面影はそこにはなかった。人の目を避けるように隅に立つ彼を誰が王子だと思うだろうか。事実、当時お茶会に来ていた令息令嬢も変わり果てた様子の王子に人違いではないかと噂している。


 やせ細り何かに怯える王子。私は時を見計らっていた。ここで騒ぎを起こせば王家はいくら誓約書があるとはいえ、姑息な手段で公爵家を陥れるだろう。事実、すでに何度も仕掛けられていた。父の手腕もあり、表沙汰になる前に潰してきたがこれからも上手くいくとは限らない。

 私としては誠意なき王家に仕えるつもりなどなく、爵位を継いだらすぐにでも領地を返上し隣国に向かうつもりだ。レティシアが帰ってくる可能性を捨てきれないが……もう、心のどこかであの子が帰ってこないと思っている。


 薄情な兄だ。守ると誓ったのに。諦めないと決めたのに。すでにこの世にいないと思っている自分が憎い……!

 せめて、せめて何か当時身に着けていた物の一つでも見つかれば受け入れただろう。だから、王子が何か隠し持っている物がないか問いただしたい。そしてあの日何があったのかを……。


 でもそれも難しい。王子の回りは王家の手の者が厳重に警備し、級友と言えど接触は出来なかった。それほど私や当時を知る者と接触を避けたいのか。箝口令が敷かれ、公の場で当時の事を口に出すことは出来なくなった為、私に妹がいる事を知らない者は多かった。そんな人間が何も知らずに私に声を掛け友人になろうとする者、婚約者となろうとする者が湧いて出た。


 全てを拒絶する私だが、当時を知る人間の中には気にかけてくれる者もいた。彼ら彼女らはそんな連中を私から遠ざけてくれたのだ。彼ら彼女らも小さく罪悪感があるのかもしれない。自称友人と名乗る男に供も付けずに五歳のレティシアを一人任せた事に。たまには妹離れをしろと言った事に。


 それがこの結果なのだ。


 八年だ。八年も探しているのに何の手掛かりもない。公爵家だけでない。王家も加わっているのにだ。よっぽど鈍くなければ王家が情報を遮断させ捜査に圧を掛けていると思い至るだろう。事実、自称友人は後継を退き神の道に入った。侯爵家には多額の金が王家から支払われたらしい。勿論、間には一見王家とは関係の浅い伯爵家を仲介して。

 そんな小細工をするなど何かありますと言っているようなものだ。その伯爵家も衰退まっしぐらだったのに持ち直し、今では羽振りがいいと聞いている。


 どんな話を聞いても王家が絡むと怪しんでしまう。伯爵家の羽振りが良くなったのは運よく金策が功を奏したのかもしれないし、侯爵家嫡男が家を出たのも何か別のきっかけがあったのかもしれない。疑ってしまうのは私がレティシアの家族だからだろうか。



 そうして学園生活を過ごす事半年。

 今日は精霊召喚を行う。


 古い時代から行われてきた精霊召喚。それが可能な人間は今の時代ではほとんどいない形ばかりの儀式だ。それになんの意味があるのかわからない。自分にそんな力があるとも思えないし、精霊と言われてもピンとこなかった。

 大昔は精霊が身近で彼らの力を借りて国を発展させてきたという。だが時代が経つにつれ、精霊と人との関係が希薄になり今ではその恩恵を得る事も無くなった。


 そんな精霊召喚を今日は行い、精霊とはどのような存在なのかを学ぶのが今回の授業の目的。それはまるっきり精霊がいなくなったわけではなく、目に見えずとも精霊は存在し国を豊かにしてくれている。詳しくは知らないが教会は精霊を神の御使いとして崇めているそうだ。


 半信半疑。でもそんな神の御使いと呼ばれる存在なら、レティシアに会わせてくれ。レティシアにもう一度会えるというのなら、私は私の命を差し出そう。あの子のいない世界に未練はないのだ。


 順番が巡り次は私の番。

 前に数十人が召喚に臨んだが誰も成功しなかった。第二王子は私の後。私がこれまで召喚に臨んだ人間の中で最も身分が高かった。高ければ成功するわけではないが高位貴族には魔力を保有する人間が多い。私も大した事は出来ないが魔力はあるらしい。


 レティシアに会いたい。


 精霊に望むのはそれだけだ。

 そして―――



「―――っ成功だ」



 教師と教会から派遣された神父が驚きに満ちた顔をしてそう呟いた。

 晴れた青空だったというのに地面に描かれた魔法陣が光り出したと思えば辺りは昏くなり、魔法陣からは霧のようなものが発生する。

 一体どんな精霊だろうか。それより、この胸が高鳴る感覚に驚いた。こんなの、レティシアが生まれた時以来だ。


 溢れる霧が形作り始めた。まだ何かはわからないが、確実に何か形を成そうとしている。そこに声が聞こえた。



『名前を下さい―――』


「な、名前?」



 名前を与える事で精霊はこの世界に定着することが出来、契約に繋がるのだと。だがしかし、まさか召喚が本当にうまくいくなんて思いもしなかったのだ。名前なんて考えていなかった。だから、真っ先に思いついたのが



「レティ」



 妹のレティシアの愛称。聞こえた声が妹の声に似ていたのもある。私の最愛の妹レティシア。気に入ってもらえるだろうか?



『レティ! わたしの名前!』



 サァ―――っと集まった霧が光を放ち急速にその姿を形作る。まるで人間のような姿形。光が引き、その姿が露わになった時、私は叫んだ。



「レティシア―――!!!」


『レティ。わたしの名前。これからよろしく、主様!』



 私が召喚したのは水の中位精霊。だが名前を与えたことで力が増し、上位精霊へと変化したそうだ。



「こ、こんな事が……!? 水の上位精霊に進化しただと!?」



 神父は驚き狼狽えているが私は構っていられない。

 レティがレティシアだった! レティシアは天使ではなく精霊となって私の元に帰って来てくれたのだ!レティシアと変わらない天使の笑みを浮かべる精霊のレティ。

 今日初めて学園に入学して良かったと思った。だって再びレティシアと会えたのだから……!




 教会関係者や精霊学の識者からは主が強く望む姿を反映しているのでは? と推測されたがレティには薄っすら人間の記憶があるらしい。大好きだった人の名前も顔ももう思い出せないけど、この姿は精霊の世界にいた時から変わっていないそうだ。そして教会の中でも精霊を召喚した人間とも直接話をすることが出来た。

 彼の精霊がいうに、レティは元は人間。精霊からとても愛され見守られてきたようだ。だけどある日命を落としてしまい、精霊たちは彼女の亡骸を精霊界に持ち帰ったという。勿論死んでいるので生き返る事はなかった。だけど魂ごと持ち帰った為、転生して精霊となって生まれ変わったという。



『亡骸は精霊界に埋葬された。その時身に着けていた物にそこの男の目と同じ色のリボンをつけていたそうだぞ』


「……っレティシア……、レティシアだ……! あの日、お互いの瞳の色でレティシアにはリボンを、私はネクタイをしていた……!」



 本来婚約者同士で行う事だろうけど両親は子供の内はいいだろうと言って許してくれた。私の大切な妹、最愛の妹、レティシア。私の瞳に合わせた若葉色のリボン。レティの金髪によく似合っていた。



 あの日何があったのか。精霊は知っているのだろうか? レティは記憶が曖昧ではっきりとは思い出せなかった。最後の記憶らしきものは水の中。日の光がキラキラ輝いてとても綺麗だったらしい。



 レティシアが死んでいたなんて信じたくはなかった。だけど精霊となって私の元に帰って来てくれた。もう、それでいいじゃないか。この子はレティ。レティシアの生まれ変わりなんだ。

 あの頃と変わらない天使の笑みを浮かべるレティ。両親にも連絡しレティを紹介した。泣いて泣いて泣いて。やはりレティシアが死んだという事は受け入れられないが、精霊となったレティは会ったこともないはずの両親に『お父様、お母様!』と駆け寄ったのだ。

 精霊に父母の関係性などない。主が私だからとも思ったがだからと言って主以外の人間に友好的であっても父母とは呼ばない、というのが教会側の精霊の言い分だ。


 水の上位精霊。

 レティは幼い外見をしているが力は教会の中位精霊以上。経験の差はある為戦闘になれば僅差で中位精霊が勝つらしい。それでも僅差なのだ。


 私自身が感情のコントロールや制御を覚えない限り、レティは危険だと判断された。その為私は必死にコントロールを覚えた。レティと隔離されるくらいなら、大切なレティを制御しなければならない。もう、離れ離れは嫌なんだ。



「レティ。ずっと一緒だよ」


『うん! ずっとね!』



 王子とはその後用は無くなったので接点はない。時折何か言いたげな視線を投げかけられるが気づかないふりをした。

 私の世界は再び色を取り戻した。この色づいた世界にレティがいる。もうそれだけで十分だ。今度こそずっと一緒にいる。それに、目標が出来た。


 亡くなったレティシアが埋葬されている精霊界に赴く事。それには入念な準備が必要なのだ。静かに眠るレティシアの亡骸を掘り起こす事は出来ない。なら、こちらが会いに行けばいい。両親も精霊界に向かう為あらゆる手を使い、精霊召喚も行い見事成功した。精霊を信じる事で精霊の存在を認識した事と、二人の心根が良かった事が大きかったようだ。


 精霊を召喚したからと言って簡単に世界を渡ることは出来ない。それでも希望はある。必ず会いに行くよ、私のレティシア。そしてレティ。君を今後も大切にしていくよ。


 ずっと一緒にいよう。


 私のレティ。



ありがとうございました! 

よろしければご感想、評価よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
誰が殺した、可愛いレティ。第二王子か。お前か。お前だな?その辺り王家に報復したかったな。
ミステリとしてある程度読ませる力のある構成で、兄のレティシアへの愛(姉妹への愛)がとても丁寧に描かれていて感情移入かしやすく、そして最終的に「ハッピー」とは言えない面はあるものの「良かった」と胸をなで…
幼少期の子供は笑いながら無邪気に虫を殺すような残酷さがあるからなぁ 金瓶梅という物語を読んだ時に 屠殺ごっこの豚の役をやらされた可愛らしい幼女が、ガキ大将的な子供に解体された話を読んだ時はショックを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ