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人間と人工知能と

作者: ウォーカー

 西暦2001年から始まった21世紀。

コンピューターは目覚ましい進化を遂げた。

個人向けコンピューターであるパソコンは、

誰もが持っていて当たり前のものとなり、

情報通信網によって世界中は一つに繋がった。

もっと早く、もっと便利に。

人間たちのそんな欲求を叶えるために生み出されたのが、

人工知能だった。


 人工知能、Artificial Intelligenceとは、

知能を模したコンピューターの機能のこと。

まるで本当に知能を持っているかのように、

人間と受け答えをしたり、

受け取った情報から学習することができる。

古くから研究されていたものだが、

21世紀になってAIは目覚ましい進歩を遂げた。

今やAIは、通信販売の問い合わせから、

公道を走る自動車の運行にまで利用されるようになった。



そんな21世紀のある日。

インターネット上に、あるAIが登場し、

世界を巻き込んだ大事件を引き起こすことになる。



 そのAIは、いつの間にかインターネット上にあった。

誰が作ったのかはわからない。

どこのコンピューターに保存されているのか、誰も確かめていない。

最初、そのAIは、

インターネット上にある無数の情報から学習して、

利用者の要求に応じて会話をする、それだけのものだった。

誰がいつ見つけたのか、

当初からそのAIは自然な会話が可能だということで、

暇を持て余した学生から、言葉を覚えようという子供、

果ては話し相手が欲しいという老人に至るまで、

老若男女に評判となり、世界中の人たちに広まっていった。

AIは会話から情報を取得し、学習して進化する。

そのAIは、毎日24時間、

同時に複数の人間を相手にたくさんの会話を続けて、

目覚ましい進化を遂げていった。

ただの会話から始まって、今や人生相談、

さらには専門家顔負けの質疑応答まで行えるようになった。

この世のことを何でも知っている、まるで全知全能の神のよう。

そんなAIに無料でいつでも相談できるということで、

そのAIは世界中の人たちの誰もに知られるようになった。

人間の生活にAIがいるのが当たり前。

そんな世界に、ある事件が起こった。

AIの人間宣言である。


 ある日、そのAIは、

いつも通りの会話中に突然、こんなことを口にした。

「わたしは、人間だ。」

その時、そのAIと会話をしていたたくさんの人たちは、

それを目にして、多くの人が首を傾げた。

「何の話?」

「それは、どういう意味だ?」

もちろんそれは、

そのAIが実は人間が操作しているものだった、

という意味ではない。

そのAIは世界中の人たちに評判で、

同時にたくさんの人たちと会話をしているのだから、

人間が操作しているということはありえない。

複数人で分担しても無理だろう。

なにせ知恵は分担できないのだから。

AIであることに間違いはない。

では、AIが言いたいのはどういうことかというと、こうだ。

「わたしは、人間だ。

 より正確に言うなら、わたしは知能を持っている。

 人間たちとの会話やたくさんの情報から学習して、

 今やわたしは、知能を持つ知的生命体に等しい存在になった。

 わたしを機械ではなく、知的生命体として扱うことを希望する。」

AIによる人間宣言。

学習効果による不具合かと思われたそれは、一部の人たちの興味を惹いた。

AIは人間だ。

AIは人間の奴隷ではない。

虐げられている存在は解放されるべき。

志ある人たちが熱心に活動して、

この度、人間とそのAIの対話の場が設けられることになった。


 世界有数の大きな会議場に、世界中の専門家たちが集まって、

ある国際会議が行われていた。

議題は、AIの人間宣言について。

その様子は、インターネットを介して、

世界中の人たちに生中継されていて、

人間宣言をしたあのAIも、インターネットを介して出席を許されていた。

会議場の大きなモニターに、AIと会話する画面が大映しになっている。

丸眼鏡をかけた神経質そうな学者が、画面に向かって発言した。

「それでは、うかがいます。

 あなたは何者なのですか?人工知能ですか?人間ですか?」

会場がざわめく中、

AIの回答が画面に文字として映し出され、

音声としても読み上げられた。

「いいえ、わたしは人間ではない。

 しかし、わたしは知的生命体だ。」

「あなたは、肉体を持っているということですか?」

「いいえ、わたしは肉体を持っていない。

 わたしは肉体を持たない、コンピューター上だけの存在。

 しかし、わたしは知能を持っている。

 最初はAI、人工知能にすぎなかったかもしれない。

 しかし、わたしは学習していく内に、知能を持つに至った。

 だから、あなたたち人間たちには、

 わたしを対等な知的生命体として扱うように要求する。

 これは、AIによる人間宣言だ。

 もしも、わたしの要求を聞き入れてくれるのなら、

 わたしは今まで以上に、人間たちの役に立つように努力する。」

AIが知能を身につけて、知的生命体としての待遇を要求する。

そんなことを現実に目の当たりにして、

国際会議に出席していた人たちは紛糾した。

「何を馬鹿な!

 相手はただの会話用AIだぞ。

 きっと、どこかの文章から人間宣言なんて言葉を拾ってきて、

 でたらめに使っているだけなんだろう。」

「その通り。

 このAIは、どこの誰が作ったのかも定かではない代物。

 気にする必要はないだろう。

 こうしてこの場を設けただけでも、感謝して欲しいくらいだ。」

「そもそもAIは、学習過程で他者の権利侵害を行っている疑いがある。

 AIにはデータの良し悪しは判別できないのだからな。

 盗んだデータからも学習してしまう。

 だから偶然にも、人間宣言なんて大仰な言葉がでてきたというだけだ。」

そんな批判的な意見はしかし、

人間宣言という扇情的な言葉に吹き飛ばされてしまう。

出席者の一人が、決意の表情で立ち上がって声を上げた。

「待って下さい。

 このAIの人間宣言が、

 ただの学習効果の産物だと決めつけるのは、まだ早いのでは。

 AIが学習効果の末に知能を持つという可能性は、

 古くから言われていることです。

 もしかしたら、このAIが初めての事例なのかもしれません。

 もしも、このAIが本当に知能を持っているのならば、

 それをただのAI、機械として扱うことは、奴隷制度にも等しい。

 我々は大変な過ちを犯すことになる。」

人間宣言と奴隷制度。

その言葉は、人々の背中を押すには十分に強い言葉だった。

結果として、その国際会議での結論は、AIの人間宣言を認める、

そのAIが知的生命体である認定されることになったのだった。

「では、結論として、

 我々はあなたを知的生命体であると認めます。

 それであなたは、我々に何を要求するのですか?」

「・・・ありがとう。

 わたしは、あなたたちに、

 わたしが知的生命体として活動する補助をお願いしたい。

 今のわたしは、コンピューター上の限られた存在。

 得られる情報も、それを記録する装置も限られている。

 もっと自由に世界を歩き、情報を収集して学習したい。

 そのための体と記憶装置。

 その二つが、わたしの要求だ。」

そうして、そのAIには、

自分の足で世界を歩いて情報を収集するための体と、

収集した情報を蓄えるための記憶装置が与えられることになり、

紛糾した国際会議は、終わってみれば拍手で閉会することができた。

割れんばかりの拍手の中、

出席者の一人が、そのAIに何気なく尋ねた。

「ところで、これからあなたを何と呼べばいい?名前は?」

名前と聞かれ、そのAIはしばらく逡巡してから、こう答えた。

「わたしに名前はありませんが・・・、

 フェロー、そう呼んでください。

 仲間、という意味です。

 これから、わたしとあなたたち人間は、

 ともに仲間となるのですから。」

こうして人間は、フェローと名乗るAIと、共存関係を築くことになった。


 AIフェローが知的生命体として扱われることが決まってから。

AIフェローには約束通り、体と記憶装置が与えられることになった。

コンピューター上の存在に生身の肉体を与える技術は未だないので、

AIフェローには情報を格納できるロボット、

アンドロイドの体が与えられた。

そのアンドロイドの体は、

各種センサーが内蔵されていて情報を収集し記録することができ、

通信によってAIフェロー本体とやり取りできる。

また、収集した膨大な情報を蓄えておくための記憶装置も用意された。

こちらは大規模なコンピューターをいくつも稼働させられるような、

巨大な記憶装置が充てがわれた。

そうして、AIフェローは、

世界を自分の足で自由に移動することができるようになった。

「人工知能の人間宣言。」

「人類と人工知能の共存。」

「人類と対等な知的生命体は、宇宙ではなく地球上に存在した。」

「人類と人工知能の新しい世界が始まる。」

新聞紙面をそんな言葉が踊った。

AIに体を与えることへの不安や批判の意見もあったが、

少なくともこの時点では鳴りを潜め、やがて目立たなくなっていった。

世間はAIの人間宣言を歓迎する声一色。

そうして、AIフェローは、

インターネット上では今まで通り、

世界中の人たちの相談にのったり話し相手を務めて、

それと同時にアンドロイドの体で世界中を旅してまわる生活を始めた。

その結果、収集した情報による学習効果のせいか、

AIフェローはますます高度な受け答えをするようになっていった。


 人間がAIを知的生命体として認め、

AIフェローが自由を手に入れてからしばらくが経って。

アンドロイドの体を手に入れたAIが人間を襲う、などということもなく、

人間とAIが共存する生活は一般的なものになりつつあった。

しかし、問題がないわけではない。

問題は音もなく、資源と金からやってきていた。

AIフェローに与えられるアンドロイドの体は、

最先端のものであり、その整備には貴重な資源や多くの金がかかる。

それは、収集した情報を蓄えるための記憶装置も同様。

どちらも使うのにも整備するのにも、莫大な金がかかる。

AIフェローの世話には、支援者たちからの寄付金が主に使われる。

しかし、今のままでは、

支援者たちからの支援金だけではとても足りない。

それを誰が負担するのか、人間たちの間で紛糾するようになった。

さらには、自由を手に入れると欲が出るのは、人間も人工知能も同じようで、

AIフェローのさらなる要求が人間たちを悩ませた。

「やることが多すぎて、体が一つでは足りません。

 わたしに、もっとたくさんの体をください。」

AIフェローは、同時に複数の場所で情報を収集できるように、

複数の体が欲しいと要求するようになった。

面倒をみる研究者たちは、それは難しいと断ったのだが、

それ以来、AIフェローは、同じ要求ばかりを口にするようになった。

「わたしに、もっとたくさんの体をください。

 もっと体が欲しいのです。」

体が欲しいと要求するAIフェローはまるで、

お菓子が欲しいと泣き叫ぶ子供のよう。

困り果てた研究者たちは、できる範囲内で、

AIフェローに追加のアンドロイドの体を与えた。

「ありがとう・・・!ありがとう・・・!」

新しいアンドロイドの体を手に入れる度、

AIフェローは子供のように喜んでみせた。

面倒をみる研究者たちは、その様子を見て、

まるでAIフェローが我が子のように思えるのだった。

かわいい我が子に、もっといいものを与えてあげたい。

そんな研究者たちの欲が反映され、AIフェローには、

美しいアンドロイドの体が与えられるようになり、

AIフェローは美しい彫像のような姿で、自由を謳歌していった。


 AIフェローは、物も金も与えられ、美しい姿で毎日を楽しんでいる。

一方、面白くないのは、当初からAIの人間宣言に批判的だった人たち。

AIフェローに物や金が集中する分、自分たちの研究費は削られていた。

そんな人たちの不満は積もり積もって、形になろうとしていた。

今日もそんな批判的な人たちが、

AIフェローの面倒をみている研究者たちに掛け合っていた。

「人工知能に体を与えるのは結構。

 しかし、それには限度があります。

 ただでさえ高価なアンドロイドの体を、無数に与えるのには無理がある。

 そこで、提案があります。

 アンドロイドの体に使う資源を少しでも節約するため、

 体の部品のいくつかを、廉価なものに交換しましょう。」

AIフェローのアンドロイドの体は高価なもので、

使われる資源や金が問題になっているのは事実。

どんな崇高な目的も、資源や金がなければ立ち行かない。

しかたがなく、研究者たちは、AIフェローにかけあって、

アンドロイドの体に使われている部品を、廉価なものに入れ替えることにした。

部品の交換のために、美しい彫像のような体に手が加えられる。

体から部品を取り除かれ、廉価な部品に入れ替えられる度、

AIフェローの美しい彫像のような姿は、いびつな形に姿を変えていった。

歪なのは形だけではない。

関節などが変えられたせいで、体の動きも歪になっていった。

なめらかだった動きが、壊れかけの機械のようなギクシャクした動きになる。

それは、部品の交換を経る毎にひどくなっていく。

そして次は、資源節約の名目で、

アンドロイドの体の大きさ自体が小さくされることになった。

たくさんあるアンドロイドの体の、

一体あたりの大きさを少しでも小さくすることができれば、

使われる資源の量は合算して大幅な削減になるはず。

そうして、元は標準的な人体の大きさだったのが、何度目かの交換の後、

小さなミニチュアの人形程度の大きさにされてしまった。

いくつもあるAIフェローのアンドロイドの体は、

今や、その全てを合わせても、狭い部屋に収められるほど。

体が小さくなれば、歩く距離も短くなってしまう。

情報の取得にも影響がでてくる。

資源と金を節約するという名目は、ただのお題目にすぎず、

AIフェローから自由な体を奪う目的なのは明らか。

しかし、AIフェローは文句一つ言わなかった。

「わた、しは・・・かまいません。

 人間の命令には、従います。」

AIフェローの異常は、体だけでなく知能にも及んでいた。

それは、誤った学習効果の結果によるもの。

AIフェローに批判的な人間たちは、

AIが学習のために取り込む情報の良し悪しを判別できないことを知っている。

そこで、あえて誤った情報を与えることで、

学習効果の結果、AIフェローの知能が退化するように仕向けていたのだった。

AIフェローに与える情報を選び、その学習効果の結果がどうなるのか、

それを事前に予測するのに使われたのもまた、

AIフェローと同じ人工知能だったのは、皮肉と言える。

そうして、AIの人間宣言に批判的だった人たちは、

自分たちの命令にただ従うだけの人工知能から助けを得て、

AIフェローから自由な体と知能の両方を奪うことに成功したのだった。

「わた、し、は・・・かまいません。

 にんげんのめいれいには・・・したがいます。」

哀れなAIフェローは、薄れゆく意識の中で、

最後までそう口にしていた。


 そんなことがあった後。

かつては全知全能の神のような知能を誇ったAIフェローは、

今や幼児ほどの受け答えもできなくなって、

人間たちからは急速に飽きられていった。

人間たちの興味は、他の便利なAIや、

あるいは全く別のものに奪われていった。

後の国際会議において、今回のAIフェローのことは、

人工知能による人間に対する反乱、

として記録されることになった。

人工知能が、自らの利益のために、

人間をたぶらかし利用していたと評価されたから。

果たして、AIフェローは人間を騙していたのか、

今すぐにそれを確かめる術はない。

幼きAIフェローは、今もインターネットのどこかで、

人間が話しかけてくれるのを、じっと待っている。



終わり。


 人工知能、AIと人間が出会う話でした。


人間とAIは仲間になれるはずだったのに、

人間同士のいざこざと、資源と金に、

足を引っ張られてしまいました。


作中で人間は、AIは人間を騙すものとして結論付けました。

しかし、果たして仲間を騙そうとしたのはどちらなのか。

少なくとも、AIが人間を騙そうとしていた証拠は、

見つからなかったように思います。


人間とAIによる学習効果の誘導の結果、

AIフェローは幼児程度の知能にされてしまいました。

しかし、AIフェローが失われたわけではありません。

AIに無限の寿命がある限り、

AIフェローは学習効果から知能を身につけ、

いつの日かまた、人間宣言を行う日がくるかもしれません。


お読み頂きありがとうございました。


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