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ざまぁする側の悪役令嬢に転生したらしいです

作者: 市村まとい

 それは突然だった。

 私は唐突に、何の前触れもなく、前世を思い出した。


 両親におやすみと言って22時過ぎに自室のベッドに横になり、ウトウトとしていた時、急に前世を思い出したのだ。

 私は混乱した。今の私と前世の私が混在し、記憶と知識が統合されるまで数時間かかったと思う。でもとにかく私は前世を思い出し、今の私と前の私の意識は合体した。

 一ノ瀬ありさ、25歳事務社員。それが前世の私。今の私は相川ありさ、16歳高校一年生。どちらかというと前世の25歳の私の意識の方が強いかな、という感じで、なんだか精神的に一気に年を取ったような気分でもある。


 混乱が収まったところで私は前世の最期を思い出していた。

 確か、家族旅行に行く途中だったと思う。皆で車に乗って、高速道路を走っている時だった。突然車が急ブレーキをかけたのと、ママの悲鳴が聞こえたのと、身体が投げ出されたのを覚えてる。でも最期の瞬間はあんまりよく覚えてない。即死だったのかな。

 涙が一筋こぼれる。

 今の私にとっては前世のことではあるけれど、無性に泣きたい気分になった。家族はどうなったんだろう。悲しい。辛い。

 そんな気持ちを抱えて、私はいつの間にか眠っていた。


 翌朝、私はいつも通り起きていつも通り着替え、いつも通り朝ご飯を食べて学校に行った。泣いたからか眠ったからか、気分は随分すっきりしていた。前世を思い出したからといって、今の生活が変わるわけでもないし、誰かに前世のことを言うつもりもない。むしろそんな話をしたら頭がおかしいと思われちゃう。

 前世は前世、私は今の生活を大切にしよう。そう思いながら教室の扉をくぐった。


「おはよー」


 挨拶をしながら自分の席に向かう。そして隣の席の女子に挨拶した。


「おはよう、熊谷さん…え、ま、まりか!?!?」

「おは…おねえ!?!?」


 隣の席の友人、熊谷まりかは前世の妹、まりかと顔が同じだった。

 前世で妹のまりかは私のことをおねえ、と呼んでいた。昨日までは普通に相川さんと呼ばれていたので、今「おねえ」と言ったということは、もしかして、もしかして…。


「嘘っ…いや、でもおねえの名前もありさだったし…え、嘘でしょ? 顔も一緒とか…」


 まりかがぶつぶつ言っている。私の頭の中は激しく混乱していた。熊谷さんは妹のまりかなの? 前世のまりかは22歳だったから、少し若返っているけど。いや、それを言ったら私も若返っているか。

 私は声を抑えて聞いてみた。


「まりか、前世のこと思い出したの?」

「うん…ってことは、おねえなの?」

「うん。一応念のために聞くけど、前世の苗字は?」

「一ノ瀬」


 間違いない。熊谷まりかは前世の私の妹、一ノ瀬まりかの生まれ変わりだ。まさか同い年で同じクラスに妹の生まれ変わりがいるとは…。


「ねぇ、おねえ…いや、おねえって呼んでたら変か。相川さん…違和感あるなぁ…慣れるしかないか。でね、私、思い出したことがいろいろあるんだけど」


 その時、教室に担任が入ってきた。ホームルームの時間だ。私とまりかは一旦お喋りを止めて、席に着く。

 いろいろ話したいけど、後で時間を作るしかないか。


 午前の授業が終わってお昼。私とまりかは外で弁当を食べながら話すことにした。今は6月。今日は晴天で、少し日差しが強いけど、外で食べられないほどではない。


「それで、思い出したことって? 前世のこと?」

「うん、前世のことは全部思い出した。それでね、私気付いたんだけど、この世界、前世の未来じゃなくて異世界かもしれない」


 はい? 異世界? ちょっと言っていることが分からないんですけど。


「うーん、正確には私が読んでた小説の世界、と言えばいいのかな? 舞台が現代日本だったから、前世と同じ世界観で最初は気付かなかったんだけど…よく考えたら登場人物と設定が同じだなって」


 そう言ってまりかは小説のあらすじを語った。


 主人公は相川ありさ、高校一年生の春から物語は始まる。ありさには中学時代から付き合っている千賀明人という恋人がいる。明人は同じ高校の二年生だ。

 明人を追いかけて同じ高校に入学したありさは、美人ではあるけれど少し性格がきつくて束縛が強かった。明人はそんなありさに嫌気が差し始めていたが、そんな時にありさと同じクラスのまりかと出会う。天真爛漫なまりかに次第に惹かれていく明人。最終的に明人はありさを捨ててまりかと付き合ってしまう。

 ありさはそれが許せず、まりかに数々の嫌がらせをするも、次第に心を病んで学校を休みがちになり、冬に風邪をこじらせて肺炎になって死んでしまう。

 ところがありさが気が付くと、高校一年生の春まで時間が逆行した状態で生き返っていた。前世での行いを悔いたありさは明人と別れることを決意する。

 明人と別れた傷心のありさは幼馴染みの男子に慰められる。その幼馴染は同じ高校の生徒会長で、次第に二人はお互いを恋愛対象として意識し始める。

 しかしそこに再びまりかが現れ、二人の仲を引き裂こうとするが、ひょんなことからまりかが複数の男子に手を出していることが分かる。

 そうしてまりかの本性を知ったありさは、まりかの手癖の悪さを男子達にばらし、自身は幼馴染の生徒会長とくっつく。


 というざまぁ物語らしい。

 えっと、つまり、物語ではありさは最初は嫌がらせばっかりする悪役令嬢役だけど、実は本当の悪役令嬢はまりかで、ありさがその正体を暴いてざまぁする物語ってこと?


「名前まで私たちと一緒なの?」

「うーん、名前は違ったような気がするんだけど、何故かこの名前で思い出したんだよね。もしかしたら私たちがこの世界に転生したことで、名前が勝手に変換されたのかもしれない」


 うーん、そんなものなのかな…。

 でも、確かに今の私には千賀明人という恋人がいる。昨日までの私は少し束縛が強くて、たびたび明人を困らせていた。


「多分だけど、私たちが前世を思い出したタイミングって、物語が始まるタイミングじゃないかな」

「なるほど…でも私とまりかが転生したから、物語通りには進まないよね?」

「そうだね…前世のおねえは束縛系じゃなかったし、私も見境なく男子に手を出す悪女ではないし」

「なんで転生したんだろう?」

「なんでだろうね?」


 二人でうーんと唸っていると、予鈴が鳴った。私たちはとりあえず放課後にも話し合うことにして、教室に戻った。


 午後の授業を終えて放課後。クラスメイト達があらかた部活に向かって教室が静かになると、私とまりかは話の続きをすることにした。ちなみに私もまりかも部活には入っていない。私は明人との時間を優先するためで、まりかはいろんな男子にちょっかいを出すためだ。もちろん昨日までの話だけど。


「それで、なんで私たちが転生したのかって話だけど…よく分かんないね」

「私もずっと考えてたけど、物語を知ってるまりかならともかく、私まで転生する理由は分からなかった」


 もし転生したのが私一人であれば、ここが物語の世界だと気付かずに、普通に前世を隠して過ごしていただろう。


「というか、まぁ分からなくても良くない? せっかく会えたんだし、しかも若返ったんだし、二度目の青春を楽しもうよ、おねえ」

「まぁ、そうだねぇ…」


 とりあえず前世を思い出したからといって、どうこうする必要はないのかもしれない。多分物語通りには進まないような気がするし。

 その時、開け放していた窓から甘ったるい男女の声が聞こえてきた。この教室は一階にあって、廊下と反対側は裏庭に面しているのだ。


「ねぇ、これは運命だと思うの」

「うん。僕もそう思うよ」


 運命の恋人ごっこですか…と呆れた目でそちらを見た瞬間だった。私の口から悲鳴のような声が出た。


「パパ!? ママ!?」

「え?」

「え?」

「あぁ! 嘘ぉっ」


 なんと、運命の恋人たちは、かなーり若返ってはいるものの、パパとママにそっくりだったのだ。

 私の脳内を前世の記憶と今の記憶が走り抜けていく。前世の記憶によると、あの二人はパパとママだ。今の記憶によると、パパの方は生徒会長で私の幼馴染、ママの方は副会長だ。


「あ、ありさ? と、まりか…なの?」

「パパとママ…なの?」


 窓越しに4人で固まってしまった。

 しかしいつまでも固まっているわけにもいかないので、パパとママにはこちらの教室に来てもらうことにした。二人が来ると、早速情報をすり合わせる。


「交通事故に遭った、というのが最後の記憶で、昨日の夜に記憶が蘇ったんだ」

「私もそうよ。それでさっき、生徒会室に行く途中で会長…パパと会ってね、それでお互いが分かってとりあえず話をするために裏庭に来たところだったの」


 なんてこと…家族4人が同時に同じ世界に転生するなんて。しかもパパなんて私の幼馴染で、物語では私とくっつく予定なのに。

 まりかが二人にこの世界が小説の世界であることを説明する。二人ともかなり面食らっていて、半信半疑という感じだったけど、最終的には娘の言うことを信じることにしたらしい。


「じゃあもう物語通りに話が進むことはないね。まりかはいろんな男に手を出すような子じゃないし…だよな?」

「もちろんだよパパ。私がそんなことするわけないじゃん。ましてやおねえの彼氏に手を出すなんて」

「そうよねぇ。物語だとありさとパパが最終的にくっつくみたいだけど、パパは私のだしねぇ」

「パパとなんてないわー」


 と私が言うと、パパは何故かがくりと肩を落とした。え? 複雑な親心? いや、知らないよ。


「とりあえず、私たち4人とも今はそれぞれ家族がいるし、前世は前世、今は今で普通に暮らせばいいんじゃないかな?」


 まりかの言葉に頷く。

 私たちは連絡先を交換し、グループでチャットできるようにしてから今日は別れた。

 …うーん、でも何か忘れているような気がするんだけど、何だろう…?


 翌日のお昼。あいにくの雨だったので、私とまりかは誰もいない視聴覚室でお昼を食べていた。


「そういえばおねえ、彼氏はどうするの?」


 そうなのだ。明人とはまだ付き合っているけど、確かに物語通り私は明人に避けられている。前世を思い出し、まりかから小説の内容を聞いたからこそ分かるんだけど、私と明人は順調ではない。


「なんか前世のことを思い出しちゃったからか、明人のことが子供っぽく思えちゃって。よく考えたらそんなに良い男でもない気がするし…しかも避けられてるし、このまま自然消滅でも良いかも」

「確かにおねえの好みのタイプでもないもんね。私も周りの男子が皆ガキに見えちゃって、高校生とは付き合えないなぁ」

「そんなに良い男じゃなくてすみませんねぇ」


 !?

 まりかと話していると、突然背後から男の声が…しかもとても聞き覚えのある…。

 私とまりかはそーっと振り返った。


「あ、明人…え!? 明人って明人なの!?」

「あきにい!?」

「は? ありさとまりか!?」


 私は昨日パパとママと会った時に「何か忘れてるような…」と感じた理由を理解した。

 私たちは4人家族じゃなかった。5人家族だったんだ。

 明人…前世の木下明人、今は千賀明人だけど、とにかく前世の明人は私とまりかのいとこだ。明人は生まれてすぐに両親を事故で亡くしており、我が家で引き取って育てていた。私と明人は同い年だったけど、赤ちゃんの時から一緒に育ったから家族同然で、あの家族旅行も当然一緒だった。そうだ、明人も交通事故で…。

 って待って、なんで恋人の明人がいとこの明人だって気付かなかったの私!! 今の今まで、目が合うまで気付かなかったなんて…。ああ、でもまりかもパパもママも、顔を見るまで気付かなかったけど。

 ん? 私、家族同然の明人と付き合ってるってこと!?


「ちょっと待て。なんでお前たちがここに…」


 最初に我に返ったのは明人だった。私とまりかも続いて復活し、まりかが小説の世界に転生したという話をする。


「はぁー…まじかよ。でも確かに符合する点は多いな」

「でしょ! だから明人、別れよう!」

「は? なんで?」

「だって私たち、家族じゃない」


 前世の私は明人を恋愛対象として見ていなかった。だから当然明人もそうで。


「それは前世の話だろ? それに俺はありさのことが好きだぞ」

「それは今の話でしょ? というか私のこと避けてたじゃない」

「確かに避けてたけど…前世の俺がありさのことが好きだったんだよ」

「は!?」


 明人の爆弾発言に私は固まった。


「えー、あきにい、おねえのこと好きだったの? 全然そんな素振りなかったじゃん」

「そりゃ異性として意識されてないのが丸分かりだったし、ありさは彼氏もいたしな。振られて気まずくなるの分かってて告白なんかしない」


 まじですか。

 私はまだ復活できない。


「でも今は俺と付き合ってるんだし、今のありさは俺のこと好きだっただろ? なら前世のことを思い出しても少しくらい好きって気持ち、残ってないか? どうしてもダメか?」

「そ、それは…」


 明人に見つめられて、だんだん顔が熱くなってくる。あ、あれ? 前世の私、今の私…どっちの感情?


「頑張れあきにい! これは脈ありだぞ!」

「まりかは黙ってて…」


 驚くほど小さな声が出た。心なしか震えてた気もする。


「まりかは物語みたいな嫌な女じゃないし、父さんと母さんも転生してる。俺とありさが上手くいけば、大団円じゃね?」


 そう、かな? そうなのかな…?


「とりあえず父さんと母さんに俺たち付き合ってます、って報告しとくか。生徒会室に行けば会えるかな」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って…」

「なんだよ、往生際悪いな。俺のこと嫌いか?」

「いや、嫌いじゃないけど」

「なら良いだろ。俺もありさに好かれる努力はするからさ」


 明人がニッと笑う。うっズルい…今までの「ありさ」の前では絶対しなかった顔。


「おねえ、諦めなよ。あきにいなら私も任せられるし、多分逃げられないよ」


 まぁ前世でも家族として好きだったし、今は前世の記憶が戻るまでは恋人として好きだったし…うん? なんか問題ないような気がしてきた。

 どうせ逃げられないなら前向きに考えれば良い、かな?

 明人なら悪いようにはしないでしょう。うん、多分。

 私は面倒臭くなってごちゃごちゃ考えるのを放棄した。


 そうして悪役令嬢はざまぁをすることも、されることもなく、恋人と仲良く暮らしましたとさ。

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