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業の節 幕間

 駆け足更新してきた『降魔戦線 ーwarriors in the darknessー 邪願塔編』、今回のエピローグで完結となります。


  業の節  幕間


     Side Ormu & Kensei



 ──事件解決から五日後──


「はいやッ!」


 中庭に凰鵡の気勢が響き、倶利伽羅竜王の刃が閃く。

 顕醒の徒手が、その一閃を真っ向から受け止めた。

 二(あい)……三合……光刃と素手が切り結ぶ。


(凄い……剣が要らないわけだ)


 果敢に攻めながら、凰鵡は感嘆する。

 正式に倶利伽羅竜王を伝授されてから、初めての剣の修練だった。


 兄はもはや宝剣を必要としない域に達している。先日の巨人との闘いを見て、凰鵡はそれを思い知った。

 自分など、一度は感じ取れたはずの因果の流れを、もう捉えられなくなっている。


 すべてをマスターして、ここまで来い──そう言われている気がする。

 だから、いつか必ず、その背中を追うだけでなく、肩を並べてみせる。


「ここまで」


 十分ほど打ち合ったところで、顕醒が終わりを告げた。


「ありがとう……ございましたッ」


 息も絶え絶えになりながら、凰鵡は剣を納めて、礼をした。

 礼を返す兄の呼吸は、まるで乱れていない。


「はふっ」


 気を抜いた瞬間、脚が力を失って芝生にへたり込んだ。

 六日目で、出血も収まってきたというのに、まだ本調子が戻らない。こんな爆弾みたいなものを抱えながらコンディションを保ち続けている維が、本当に凄いと思った。


「おーつかれさーん」


 声のしたほうに顔を向けると、その維が少女を連れて中庭へと出てくるところだった(今度は、ちゃんと扉を使って)。


「凰鵡ちゃん──凰鵡くん、大丈夫?」


 その少女が駆け寄ってくる。


「大丈夫……ありがとう妃──朱璃(しゅり)さん」


 かつて妃乃と呼ばれた少女に、凰鵡は笑顔を見せた。

 事件解決後、彼女は本人の希望もあって、記憶を消されることなく衆の保護下に置かれた。出自を考慮した『要観察対象』という名目だが、事実上は衆のメンバー入りである。

 そして、当座の後見人となった零子の提案により、本来は故人のものである〝布留部妃乃〟を捨て、〝朱璃〟という新たな名を得たのだった。


「そういえば、朱璃さんは維さんトコに入門するの?」


 何気なく凰鵡が訊ねた。


「んーん」


 朱璃は首を横に振る。


「維さんにちょっと手ほどきしてもらったんだけど、私、格闘技とかは駄目みたい。でも、事務とか勉強とかは出来そうだから、ここで零子さんのお手伝いしながら、裏方の仕事を憶えるつもり」


「そうなんだ。じゃぁ、ここに来たら逢えるね!」


 ふわっと、凰鵡は微笑む。


「あ……うん、そうね。あ──!」


 顔を紅くして相槌を打つや、朱璃はハッとして顕醒へと顔を向けた。


「すみません、顕醒さん。零子さんがお呼びですので、事務所までお願いします」


 顕醒は無言でうなずく。


「今日はこれまでだ」


 弟にそう言い残すと、その場をあとにした。


「あ、ちょっと事務所まで付き合わせなさいよ」


 建物に入ってゆく背中に維が追いつく。歩きながら何かを話すが、凰鵡からは聞こえない。

 グッ、と胸が痛んだ。

 その苦しさの正体が、今ならわかる。

 兄が消失したあの現象のせいで──大切な人がいなくなって初めて──気付かされてしまったのだ。


(ボクは聞いた。あの時も、兄さんの声を聞いたんだ……)


 巨人との闘いのさなかに心に響いた、消えていたはずの兄の声を思い出す。

 あれは、自分の想いの強さが引き寄せた奇跡だと、凰鵡は信じたかった。




「ようやくアタシも落ち着いてきたわ」


 廊下を歩きながら、維が話しかける。

 顕醒のほうは見向きもしなければ、相槌も打たない。

 事件解決から五日間、顕醒をはじめ任務に参加した四人には〝体調観察〟と称した、支部での休養期間が与えられていた。今日がその最後の日である。


「あー、明日からまた別々かぁー。ヤだなー」


 名残惜しさを隠そうともしない。

 かたや、顕醒は隠すほどのものすら感じていないのか、相変わらずの無反応ぶり。

 と、事務室が眼と鼻の先というところで、その歩みが止まった。


「この際だから言っとくけどさ」


 後ろで結んだ長い髪を、維が掴んでいた。


「馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしンないけどね。あんたがいなかったら、ぜんぜん燃えないのよ、アタシ」


 責めるような、あるいはこれから攻め込むような眼を、恋人の後頭部に注ぐ。

 顕醒は振りほどきも、振り返りもしない。


「惚れたアタシの負けだけどさ、勝ち逃げは、許さないわよ」


「……維」


 維の眼から険が失せ、驚いたように円くなる。


「放してくれないか」


 少し間があって、呆れたような小さな溜め息が、双方から漏れる。

 しかし、維のほうは「やれやれ」と言わんばかりに微笑んでいた。

 髪を放して、追いすがりざまに肩を当てた。


「愛してるわよ」


 返事もせず、顕醒は事務室の扉をノックした。


「どうぞ」


 戸を開けると、零子はすでにソファに掛けていた。


「失礼します」


 維を廊下に残して顕醒は部屋に入り、支部長の向かいに座る。


「単刀直入にうかがいます、顕醒さん」


 開口一番、零子が刺すように言葉を投げた。


「今回の一件、どこまでがあなたのシナリオだったのですか?」


「…………」


 顕醒は応えない。眉ひとつ動かさなかった。


「では、質問の仕方を変えましょう。山房を借りたのは、長老座が妃乃さんを切り捨てる判断を下した際に、本部からの介入を遅らせる目的があったから。そのうえで、山房ひとつを犠牲にしても彼女を生存させるつもりだった。違いますか」


 それは、もはや尋問だった。


「相違ありません」


 実のところ、休養を言い渡されていたのは凰鵡と維、そして大鳥の三人だけで、顕醒に対しては内容が異なっていた。

 本営とも言うべき長老座の決議に反した疑いによる、謹慎(きんしん)と査定である。


「では、天風鳴夜の介入については?」


 これにも、顕醒は即答しなかった。

 本物の睦紀は、管理人小屋の床下から白骨化した姿で発見された。骨化が早かったのは、虫による侵食と見られる。彼女の肉を調理して皆に食べさせた、と取れる鳴夜の発言の真偽は、判らないままだ。


「睦紀さんの人相について事前にお伝えしていなかったのは、こちらの落ち度です。ですが私達のなかで唯一、天風と直接遭遇しているあなたには、睦紀と名乗った管理人のなか(・・)に天風がいると判っていたのでは?」


「買い被りすぎです」


 零子が眼鏡に手をやった。

 が、思いとどまったように、膝へと下ろす。


「分かりました。本件はこれにて終了。任務遂行中の被害について、顕醒さんに責はないと私は判断します。以上です。お時間を取らせて、すみませんでした」


「いえ。ご苦労をおかけします」


 顕醒は頭を下げると、ソファから立ち上がった。

「では、これで」


 そう言い残して、扉へと向かう。


「ああ、俺からもひとつだけ、いいか?」


 第三者の声がその足を止めた。

 部屋の隅にたたずむ大鳥だった。

 気配を消していたわけではないが、零子と話す顕醒を見定めるために、その表情や挙動を探っていたのだ。


「これは、ただの勘ぐりで訊くんだがな。消えてるあいだ、お前さんが何処にいたかは分からんが……そっち側から戻ってくる方法、実は知ってたンじゃねぇのか?」


「いいえ」


 顕醒は即答した。


「そうか。お前なら何してもおかしくねぇからな。神様に片脚突っ込んでるようなトコあるし」


「自分は、人間です」


 短く応えると、顕醒は部屋をあとにした。




 『降魔戦線

    -Worrier in the Darkness-

               邪願塔編』 了


 本作を読んでくださりありがとうございました。


 じつのところ、本エピローグの前には、事件全編の経過および真相について究明・総括する節が存在するのですが、説明的な文章が長く続くため、ライト版に際しては割愛いたしました。


 またいずれかの作品でお逢いしましょう。

(^_^)ノシ

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