血の節・覚醒 其之参『降魔の光』
事実上の最終回。巨人との闘いに決着がつきます。
このあとは短いエピローグで、今作が締めくくられます。
降魔の光
Side ???
その男は妹を愛していた。妹として以上に、一人の女として。
妹のほうもまた、兄を男として愛していた。
だが、誰がその心を祝福してくれようか。二人は真実を世に隠し続けたまま、ひっそりと暮らした。それでも、寄り添って生きてゆけることを幸せと感じていた。
それがある日、悪魔のような人間達によって引き裂かれた。
行き場のない怒りで、男は人を信じることをやめた。
男は失ったものを取り戻すことに心血を注ぎ、愛しい者とふたたび巡り逢うすべを探し続けた。それは科学では及ばぬ魂の領域……降霊、反魂、憑代、転生といったオカルトに対する執念となった。
そこに、あの青年が現れた。ヒトに飽いていた男には、彼が何ものであろうと問題ではなかった。
そうして、青年によってもたらされた呪具から、私が生まれた。
私は、男の願うままに彼を愛し、愛され、それを幸福だと感じた。
それを、彼は「出来損ない」と罵った。私は次の私を作るための材料をさらい、生み出されては罵られ、慰みものにされ、傷つけられ、閉じ込められた。
それでも、私は彼を愛していた。彼がそう望んで私を創ったから、何をされても、望まれるままに愛した。
そしてあるとき、彼の混乱した願いが、私であって、私ではないものを生み出した。
私は誰?
あなたは誰? 私のお父さん?
妃乃? 布留部妃乃──それが私の名前。
──やめて! 私は知らない──あなたなんか知らない。好きじゃない!
私は──私は、誰なの⁈ 助けて!
彼は、自分の願いに気付いていなかった。
愛しい人が戻ったと、すべての愛情を、飢えを、欲望を、満たそうとした。
あれは──あの子は──彼の本当に望んでいた私が、かつて望んでいたもの。
だから、私は彼の望んだ私であるために、あの子を、彼の欲望から護った。
けれど、私もあの子も、思いから生み出された儚い存在。彼の命と呪具がなければ、この世に存在できない脆弱な命。
だから私はあの子のために、力を集めた。ときにはあの子を使って獲物を誘い、殺した。
男を殺すのは気持ちがよかった──私のなかにある、彼の憎しみが満たされるから。
けれど男だけでは駄目だった。あの子のなかの呪具が飢えた。だから女も殺した。
すべてはあの子のためだ。あの子のための犠牲だ。
なのに、あの子は何度も自分を傷つけた。
列車に飛び込んだときには多くの力が失われて、私の計画は振り出しに戻った。
けれど、そのおかげで最高の力が見つかった。このヒトの血があれば、この子は、私は、彼なしに生きる命を得られる。
そしていつまでも、一緒に、生きてゆける。
そうだ。外の世界は恐ろしいことだらけ。
だから、ずっと守ってあげる。
お母さんが、護ってあげる…………
出逢った瞬間、目が釘付けになった。
可愛い、と思った。
抱きしめられたとき、自分が彼女を欲しがっているのを感じた。
好き。好き……何回、心のなかで唱えただろう。
ときどき、彼女が男の子なんじゃないかと思うこともあった。
男の人は怖い。私を護ってくれるのが維でよかった。明るくて、お姉さんみたいに頼りになる人。零子さんも、不思議だけどいい人。
それに凰鵡も。年下だけど、そばにいてくれると、すごく心が安らぐ──ときどき胸がドキドキして、落ち着かなかったけど。
芳養さん、ごめんなさい……ごめんなさい…………
凰鵡……男だった。でも女でもあった。
そんなの初めて見るから、どう思ったらいいか分からなかった。
けれど、その血からは今まで嗅いだことのない、すごく甘い香りがした。
欲しい──凰鵡から流れた血を見た瞬間、頭のなかが、それ一色になった。
欲しい。舐めたい。唇をつけて飲み干したい。
母胎は命を育むために、体の中でもとくに強い生命力が集まる。だから、そこから出る血も、力をたくさん溜めやすい。人生で最初に出てくるものなんかは、とくにそう。完成したばかりの若い胎──それも、特大の生命力の持ち主の。
この血があれば──たとえ一滴でもあれば、私はあの男の手を離れて、自由になれる。
──なんでこんなことを私は知ってるの。
違う。違う。私は吸血鬼じゃない。
こんなことのために、凰鵡を欲しがったんじゃない。
必死に否定しても、抗えなかった。
──諦めないで!
凰鵡は叫んだ。
右も左も、上も下もわからない。周りが何色かもわからない。
時間の感覚もない。自分の体すら見えない。
そんな世界だった。
それでも、自分が何処にいるのか、はっきりと理解していた。
ここは、巨人の精神のなかだ。
倶利伽羅竜王は剣士の念を刃に変える。だから強く念じたのだ──妃乃を取り戻したい、と。
その意志を受け取った宝剣に導かれてここに来たのだと、凰鵡は確信していた。
だが、そのあとは──巨人の心のなかの妃乃は──自分自身で探し出せということだ。
最初は何度も呼びかけたが、無駄だった。
どこに行けばいいのか、どうやって行くのかも分からなかった。
もがくうちに、ふと、肉体的に動こうとしてはダメだということに気付いた。
巨人の攻撃をかわしたときを思い出して、念を広げ、因果を捉えた。
すると、閉じていた眼を開いたように、大きな〝流れ〟が目の前に広がっているのが分かった。
それは、記憶だった。
その流れに身をゆだね、凰鵡は妖種の誕生を知り、妃乃が生まれた理由を知った。
つぎは、そこから妃乃の記憶へとうつり、現在の意識へと辿りついた。
──妃乃さん。
呼びかける。
──凰鵡……ちゃん?
その返事が、自分の声のように聞こえる。自分と他人を区別するものが、ここでは稀薄なのだ。記憶を巡る旅でも、凰鵡はそれを自分の思い出のように感じて、何度も胸が苦しくなった。
──妃乃さん。帰ろう。
────
沈黙しても、妃乃の不安はダイレクトに凰鵡へと伝わってくる。
自分のせいで、何人もの人が死んだ。衆の人も殺してしまった。それなのに帰って──生きていいのか。
──妃乃さんは悪くない。絶対に、悪くないよ。
けれど、今さら生きて、どうするのか。
──それは、ボクにはわからない。でも一緒に考えよう。唯さんも、零子さんも、みんないる。
だいいち、どうやってここから抜け出すのか。
──大丈夫。妃乃さんが願えば、できるよ。ねぇ、妃乃さんはどうしたい?
──私……私は…………
妃乃の心が何度も、ごめんなさい、と言っている。
凰鵡も、ごめんなさいと言う。妃乃を疑ったこと、自分の力のなさを。
泣き出しそうな、震える心が響きあう。
そして、抑えきれなくなった妃乃の想いが、少しの恥ずかしさと一緒に、世界を揺らした。
──…………好き。
その振幅に、凰鵡は自分の心を重ねた。
──ボクも妃乃さんが好き。
見えない手を差し出す。
──一緒に、いきたい。
妃乃の意識が、おずおずと伸びてきた。
──ささせせなないい!
突然、周囲からいくつもの意識が群がってきて、妃乃の手を覆い隠した。
──渡さない──行ってはダメ──ずっとここにいなさい!
妖種達だ。妃乃を奪われまいと、阻止しに来たのだ。
──妃乃さん!
──やめて! いや!
──渡さない──この子は渡さない──いかないで──ずっと一緒よわたさないわいかないでたさなたわたさいかないでわたさないわたずっといっしょいっしょわたしがおかあさんわかないでわたたわたさわたわたしいをすすてえるのおわさいかななああい!
妄念のなかに妃乃が呑み込まれた、と思ったそのときだった。
──いい加減にして! 私はいく! 私は……凰鵡ちゃんと、いきたいのッ‼
妃乃の心が爆発した。
アアアアアアアアアア!
妖種達の意識が引きはがされ、二人の手が繋がった。
Side Ormu & Others
「──は⁈」
唐突に、凰鵡は自分を意識した。
目を開くと、光の剣を巨人の額に突き立てた、まさにその瞬間だった。
戻ってきたのだ。一瞬のことでありながら、何時間、何日も旅をしていたような気分でもあった。
アアアアアア────‼
巨人が今までにない叫びを上げた。意識のなかで聞いた妖種達の声に似ていた。
よろめきながら、額を抑えて悶え苦しむ。
その手を押しのけるように、額の眼が、ずるり……と飛び出した。
風呂に着水したとき、真紅の眼球は、その形をまったく別のものへと変えていた。
「妃乃さん!」
凰鵡は剣を納め、走った。
「あ……凰鵡ちゃん……」
赤い粘液を湯に洗われながら、妃乃はゆっくりと目を開け、身体を起こす。
「よか──わ、はだかッ」
そういう凰鵡も全裸である。
「え、あッ」
互いに視線を逸らし、顔を紅くする。湯に浸かりっぱなしだと、逆上せてしまいそうだ。
「あぶないって!」
維が二人にタックルした。そのまま水飛沫を上げて、風呂の縁にまで連れ去る。
バゴンッ──巨人の足が風呂底を叩き、破裂音が響いた。ついに底が砕けたのだ。ものすごい勢いで湯が減ってゆく。
「──つうぅ!」
維が呻いた。今のダッシュで股関節が悪化したらしい。
たいていの痛みなら耐えられるが、これは尋常ではない。神経までやられている。
「維さん!」
「やったわね凰鵡。妃ちゃん、おかえり。さぁ逃げるのよ」
「大丈夫です。ボク、戦えます」
「自惚れないで!」
凰鵡は絶句した。初めて維に怒鳴られたのだ。
「無理なの、自分で分かってるでしょ。妃ちゃんを取られて力は衰えたけど、あいつはまだまだ強いのよ。ね、逃げて。せっかく取り返した妃ちゃんを、また奪われるまえに……」
「維さん、だめです……維さん」
妃乃も必死になって維に懇願する。
「大丈夫。アイツの眼の力も失せてきたから、なんとかなるわ……多分」
ふらつく脚で維は立ち上がる。
二人に微笑みかけると、巨人に向き直った。
(いいのよ、これでいいの)
頭のなかはいまだ、過去の痛みでグチャグチャだ。金剛の神通力は使えそうにない。
だが執念ならある。そのすべてを一撃にこめて、刺し違えてでも葬り去ってやる。
巨人はまた自分を狙うだろう。凰鵡の力を目の当たりにすれば、正面からやり合うより、まず少しでも力をつけたいはず。
(最後まで、こんな人生か)
維は自嘲する──最後まで男運なかったな、と。
この人ならと思っても、いつも最後は衝突して終わった。
そうやって誰かと別れるたび、自戒の意味を込めてピアスをひとつ刺した。が、そのていどで変われる性分でもない。もし生きて残れたら、いずれ顔じゅう穴だらけだ。
凰鵡……まだ腰にも届かない頃に出逢って、寂しそうにしてたから、ちょっと構ってやったら、たちまち懐いてくれた。
不動に預けられてからは、逢えないことも多くなったけれど、今度の任務では一緒に組めたのが嬉しかった。あのチビ助がここまで大きくなったか、と。
だから、この子だけは護る。命に替えてでも。
(そう、これでいいのよ)
こんな汚れきった自分には相応しい死に方だ。ただ、最後にその命を、大切な誰かを生かすために使える。それだけで、今日まで生きてきた価値がある。
「え……?」
不意に、維の歩みが止まった。
目と唇が、呆けたようにポカンと開かれる。
凰鵡と妃乃も、おなじ表情になる。
巨人でさえ、戸惑ったように硬直していた。
その瞳に、いるはずのない顔が映る。
三人を護るようにたたずむ、長身の男────
「……兄さん?」
広い背中が、長い髪を揺らして振り向く。
「苦労をかけたようだ。すまなかった」
三人を見回し、顕醒が言った。
「あ……ああ」
湯のなくなった風呂底に、維がへたり込んだ。
「どうして……アタシ、あんたのこと……」
顕醒を見上げる維の眼から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
なぜ忘れていたのだろう。
ずっと好きだった、ずっと心の拠り所にしていた人を、なぜ…………
鼻につたう涙がピアスを包む。フラれた数の証──今では勲章のように誇らしい、この男を愛している証。
「ボクは、なんで……」
凰鵡もまた、維とおなじ困惑を抱えていた。
すべてを教えてくれた人。育ててくれた人。憧れの存在。
いつも追いかけていた背中が、今のいままで頭の片隅にも浮かんでこなかった。
──お前は、どうしたい?
あれは確かに兄の声だった。
だが、なぜ声だけが聞こえて、その名も、顔も、思い出せなかったのだ。
「どうやら、この世に存在していた事実を消されていたらしい」
「それって、どういう……」
凰鵡には、兄がなにを言っているのか解らなかった。
実のところ、顕醒は死んだのではなく、〝最初からこの世に存在しなかった〟ことにされていたのだ。
その結果、顕醒のいない世界が再構築され、〝維と凰鵡が二人で妃乃を護っている〟という状況に繋がるよう、すべての歴史が修正されていたのである。
凰鵡の血で霊力を爆発的に高めた妃乃が起こした、神の御業のごとき現象だった。
「礼を言う、凰鵡」
「いえ……いえ、兄さん。おかえりなさい…………」
凰鵡は笑顔で首を横に振る。褒められたことよりも、真実を理解することよりも、兄が帰ってきてくれたことのほうが、何倍も嬉しかった。
「妃乃さん、と呼んでいいだろうか?」
「え⁈ あ、はい!」
初めて名前を呼ばれ、妃乃はかしこまってしまう。
「私はあの巨人を倒す。構わないか?」
「え……」
妃乃は不思議そうな顔を顕醒に向けてから、巨人を見た。
「……はい。お願いします」
毅然とした表情でうなずいた。
顕醒も小さくうなずき返すと、最後に維を見下ろした。
「あとは任せろ」
「やっちゃえ、バカヤロー」
維がしゃくり上げながらヤジのような声援を送る。
「兄さん、剣を──」
「今をもって、お前に譲る」
「へぇッ⁈」
いきなり継承を告げられ、凰鵡は思わず変な声を上げた。
呆然とする弟を置いて、顕醒は巨人へと歩み出す。
「邪願塔が生み出した巨人。蓄えた力をすべて捨て、眠りにつくならばよし。さもなくば滅する。返答を聞こう」
オオオオオ──!
巨人が吼えた。怒り狂ったように足を踏みならす。それが答えだった。
空洞になっていたその額に、新たな輝きが灯る。
(眼が復活した──⁈)
凰鵡は戦慄した。妃乃とともに失ったのではなかったのか。
「兄さん、あの──!」
眼を見ないで、と言おうとして、間に合わなかった。
巨人の額に、巨大な光の矢が突き刺さった。
早撃ちのような顕醒の気弾が機先を制したのだ。
頭を射抜かれて、巨人は大きく仰け反る。
ドンッ──地を揺らして踏みとどまり、顕醒に向かって走り出す。
ガァン──その頭が、風呂底に叩きつけられた。
顕醒は一歩も動いていない。ただ、圧縮した気を振り下ろしただけだ。
なおも巨人は立ち上がり、こんどは全身に力を込めた。
たちまち、身体じゅうから妖種の群れが飛び出した。
が、四方八方から降り注ぐ光の弾幕によって、出た隙に消し去られてゆく。
すると、それらは囮だとばかりに巨人は鼻を何メートルにも伸ばしてくる。
それも顕醒の手のひと振りで、みじん切りになる。
(すご……!)
凰鵡は圧倒された。
初めて目にする、兄の本気──いや、よく見れば、兄はまだまだ余裕を残している。
多少弱ったとはいえ、あの巨人を完封している。
これだけの力を、なぜ今まで隠してきたのか。
「伏せていろ」
唐突な指示に、凰鵡と妃乃は「え?」と頓狂な声を上げる。
「いいから!」
戻ってきた維が二人に覆い被さった。
「ナウマクサマンダバザラダン……」
顕醒の口から真言が紡がれ、手が印を結んだ。どちらも不動明王を表すものだ。
たちまち、周囲の空気が一変する。
(あれは──!)
維の体の陰で、凰鵡はいつかの朝を思い出す──兄に恐怖すら感じた極大の錬気。
あれが、ここで使われるのか。
ふぅぅぅ……深い呼気とともに顕醒は印をほどき、親指と人差し指で大きな円を作る。輪のなかに、極限まで練り込まれた気が凝縮されてゆく。それ自体がひとつの太陽のように、熱と光の渦を巻く。
巨人が突進してきた。唯一残った武器──その牙で、すくい上げるように顕醒の心臓を狙う。
そして──貫いた。
「兄さぁぁぁん!」
まさかの事態に凰鵡は絶叫し、妃乃も声を失った。
勝ち誇る巨人が、獲物を仕留めた牙を、高々と天に差し上げる。
直後、獲物が消えた。
「天魔、悪神。降伏すべし」
その足もとで座を組んだ顕醒の言葉が、巨人の最後の記憶となった。
「カァーン‼」
不動明王の名号が叫ばれ、両手の輪が解かれる。
「うぁ──ッ⁈」
閃光と爆風に、凰鵡達は目を覆った。
光の奔流が巨人を呑み込んで、天に昇った。
ふたたび瞼を開けたとき、恐るべき妖種の姿はもう、この世から消え去っていた。
ただ、邪願塔だけが傷ひとつなく、折れたはずの柱ももと通りになって、風呂底に転がっていた。
顕醒はそれを拾いあげ、解いた帯に包んだ。
(終わった……)
凰鵡の全身から緊張が抜けた。
「顕醒ッ」
維が震える足で立ち上がり、戻ってくる顕醒を迎える。
「妃乃さん、なんともない⁈」
「うん、大丈──ぶ‼」
ハッとして問う凰鵡と答える妃乃だったが、裸のまま抱き合っていることに気付いて仰天した。
「ごめ──ッ」
「放さないで! 見えちゃう……」
たしかに、と同意するものの「今の方がずっと恥ずかしいのでは‼」とも思う。かたく眼をつむっても、妃乃の感触と香りだけで頭がくらくらする。
せめて耳に意識を集中させて、気を逸らす。
「顕醒、あんた……」
維が兄に近づいてるのが分かった。
「無理をするな。いま治癒──」
「なんであんただけ服着てんのよ! 脱ぎなさいよオラァ!」
ビリィッと衣を裂く音が、凰鵡の耳に飛び込んできた。
半壊しつつも静けさを取り戻した山房。
その様子を、一匹の虫が、大木の枝から見下ろしていた。
その存在に気づくものは、いない。
「ん……」
鳴夜は吐息を洩らした。
一昨日とは別の、こじんまりした茶店のカウンターである。年若い店員が、チラチラとその容貌を気にしている。
(血を飲ませて詰み、と思ったら、あの坊やに逆転されるとは……)
艶やかな唇にカップをつける。
が、飲もうとした喉の動きが一瞬、止まる。
(まさか、私を利用した? あの坊やのために?)
数秒を経たのち、鳴夜は喫茶を再開した。
淹れ立ての熱さなど感じないかのように、啜りもせずに喉へと流し込んでゆく。
その口角は、愉しげな笑みを浮かべていた
次回…………epilogue 業の節・幕間