6. こっそり見に行こう
食べ物や服装は現代に寄せています。
日も麗らかに輝き、辺りを彩る花々や木々に本格的な春の訪れを感じ気持ちが浮足立つ。
今日は久し振りに休日が一緒になったフローラと出掛ける約束をしていた。
お揃いで使用出来る小物を探したり、流行りのお菓子を購入したりと楽しい時間を過ごし、二人で休憩がてらに人気のある店で少し遅い昼食を取る事にする。
「私はコロッケと玉子のサンドと紅茶のセットをお願いします。アイラは?」
「そうねぇ…。 私はツナとハムのサンドとカモミールティーでお願いします」
気持ちの良い陽気に風も穏やかなので二人は店外の席を選んだ。
購入した袋を開けて揃いで買った髪飾りを取り出す。
「アイラのミルクティー色の髪には落ち着いた赤色が良く映えるわね。私の深緑はどう?」
さっと髪のサイドを纏め上げ、ハーフアップにするとぱちんと髪留めを止める。フローラの淡い金色のストレートヘアには深緑の花の形をしたリボンの髪留めが上品で良く似合っていた。
「フローラ。素敵よ。良い買い物が出来て良かったわね」
「本当? 嬉しい! 今度ディラムさんとのデートの時にこれ使おっと」
頬を染めて恋人を思い出しているのだろう。
あの懇親会の後、一緒に食事に出かけた二人はそのままお付き合いを始める事になった。幸せオーラに包まれた二人は食堂に居ようと、どこに居ようと二人の世界に行ってしまう事もしばしば…。
(本当に幸せそう。それに以前にも増して綺麗になったわ)
友人をディラムさんに取られてしまったような寂しさと、上手くいって本当に良かったと思う気持ちとが混ざり合っている。
「ねぇ、アイラはどうなの? ラキ団長と! 全然話してくれないんだもん。幼馴染って言っても二人とも大人だし、そこんところどうなのかなって思って」
「えっ? どうって?」
本当は何を聞かれているのか分かっているのに、つい聞き返してしまう。
「もう! アイラはラキ団長の事好きじゃないの? ラキ団長って本当モテるから、こっちが心配しちゃう」
ラキは昔っから人気者だった。
まさに老若男女問わずってラキの為にある言葉だと思うくらいには…。
困ってる人はほっとけないし、団長職になんか付いてるのに威張る事は絶対にしない。
ただ、フローラが相手でも好きと口に出すのは勇気がいった。
それに一度誰かに伝えてしまったら押さえている【好き】が溢れて我慢が出来なくなってしまいそうで怖い。それで今まで誰にも話せなかったのだ。
でも、もう誤魔化したくない。
自分の気持ちを誰かに知って欲しい。親睦会ではラキを他の誰かに取られてしまうなんて耐えられないって分かってしまったから。
「うん。 ラキが、好き…」
俯いて答えるが心臓が早鐘を打ち、絶対に顔も耳も真っ赤である。熱くてしょうがない。両手でパタパタと顔を扇ぐ。
フローラも「私が告白されてる気分…」と言って照れが伝染する。
このタイミングで店員さんがサンドセットを運んできたので二人で顔を赤くして俯いてしまった。ツナハムセットのお客様?と聞かれても下を向いたまま縮こまって手を上げ「はい」と返事をする。フローラも同様だ。
態度悪くてすみません。
「ラキ団長はアイラをとっても大切にしてるから、上手くいくと思うけど…。伝えないの?」
「えっ? う~ん。 ラキが大切にしてくれてるのは分かってるんだけど、家族愛に近いと思うんだよね。妹とか。 ……本当に小さい頃からずっと一緒だったのよ」
出会いはアイラ4歳、ラキ7歳の時だった。
二人が住むのは王都から離れたアーティールド地方にあるムスカという街だった。
ラキの実家は父親が元第四騎士団の団員をしていたので裕福な家庭だった。
この近所にある庭付きの大きな家が幼いアイラにはとても魅力的だった。
アイラには兄が一人いるが異性で10歳も離れていると遊びに混ぜて貰う事はなかった。
その日も家の前で大人しく一人で地面に絵を描いて遊んでいた。が、すぐに飽きてしまったのだ。
「あのお庭のお家に行ってみようかな」
一つの事が気になるとそれだけしか考えられない少女だった為、立ち上がるとそのまま大きなお家を目指して足を進めた。
辿り着くと何やら庭で数名の男達が集まって大きな声を出していた。だが、一人だけ自分より少し上の男の子が混じっている。
大人に木の棒で叩かれてる!?
アイラは柵で囲われた敷地外を入口を探して走った。
やっと庭に辿り着くと男の子が持ってる木刀を落とし倒れる所だった。
「わぁーん、止めて、やめてぇ~。 あ"ぁ"ぁぁーーーー、 ご、めんなざぃー」
アイラは必至に男の子にしがみ付いて大人との間に割って入った。
「あれ? 君はどこから入って来たの?」
「あ"、あっち"…」
離れないぞ、と男の子の背中に腕を回し胸元に顔を埋めたまま入口の方を指さす。すると男の子を吹っ飛ばした男性が「門の鍵忘れたかな?」などと呑気に話している。もちろん鍵は閉まっていてよじ登ったのだ。
「おじさんは悪い人? この子を皆で棒で叩くの?」
すると今まで黙っていた男の子に、ぐいっと肩を押されて胸元から引き離された。
「父さんに失礼だろ!? 危ないからあっち行ってなよ」
男の子が強い口調で怒鳴るとすぐさま父さんと言われた男性が
「ラキ!! もっと優しく」
ラキという少年が不機嫌そうな顔で自身から引き剥がすと、アイラを立たせスカートに付いた土を払ってくれた。
「今、父さんに稽古を付けて貰ってる。強くなる為に頑張ってるんだ。 だから危ないか…」説明しながらアイラを見ると一点を見つめ話を聞いていない。なんだコイツと顔を顰める。
「あ、あぁ、血が出てる! ラキのあんよから血がぁぁ~。痛い~」
ラキは左手で顔を覆いうんざりした。
滅多にない連休で王都から久し振りに帰って来た父親に稽古を付けて貰っている最中だった。この貴重な時間を変な女の子に邪魔された。しかも父親が女の子を抱き上げて宥めている。はっきり言って気に入らない。
「君のお名前は言えるかな? ここへは誰かに言ってから来たの?」
「アイラ・ミルファー。4歳 お兄ちゃんは遊びに行っちゃったから誰にも言ってない」
ぐずぐずと泣きながらも答える。すると父親が「あぁ、ミルファーさん家の子か。誰か行ってここに居ると伝えてきてくれ。 ラキ。続きは足の手当てをしてからだ」と言ってラキを引き上げそのまま手を握る。
片手にアイラを抱え、もう片方の手でラキと手を繋ぐと大きなお家へと入って行った。
この出会いがきっかけでアイラはラキの家に入り浸った。
出会った当初はラキもアイラに意地悪したり言ったりもしたが(後に理由を聞いたら父親を取られると思ったらしい…)すぐに兄妹のように可愛がってくれた。
懐かしい話をフローラと話していたら、凄くラキに会いたくなってしまった。今日は休暇日だからラキと会えない。
休みは嬉しいが会えないのが寂しい。子供の頃はいつでも会えたのに…。
「あのさ、こっそり見に行かない?」
フローラが腕時計をちらりと確認する。
「実はさ、ディラムさんに隠れて訓練を覗ける場所を聞いておりまして。今から向かえば丁度良い頃合いです」
ニヤリと悪い顔をしてフローラが顔を寄せてくる。
「しかも今日は第四だけではなく、第二と一緒の合同訓練。なんだか先日の遠征でのラキ隊長の戦いっぷりに憧れた第二の騎士達が頼み込んで体術指導を受けるんだって」
口元に人差し指を立てて話していたフローラの手を両手でガシリと掴むと強く頷いた。
このお誘いを断る理由が見当たらなかった。
【おまけエピソード】
ラキは蝶舞う季節になると思い出すエピソードがある。あれはアイラが遊びに来るようになった年の事。
自宅の庭であいも変わらず大人に混じって訓練していた時…
「アイラ! じっとしてて」
「えっ?」
ラキはゆっくりと彼女の頭に手を伸ばす。
アイラは怯えた表情で見上げきて
「ラキィ…、何かいる?」と小声で尋ねてくる。
それには答えず、頭のソレを取るのに集中する。
アイラの頭には黒や黄色に赤など混ざった色彩豊かな大きな蝶が止まっていた。
羽を閉じる瞬間を待ち、そおっと指で優しく摘む。
「アイラ! 取れたよ」
綺麗だろ?と思って顔の前に出す。すると
「ンギャァ! ラキ、あっち行って!」
勢いよくひっくり返った…。
ジリジリと後退りするのを見て悪戯したくなる。
嫌がる素振りを見せられると余計にからかいたくなるの何でだろ?
可哀想だから蝶は逃がす。
だがその指には燐粉が付いていた。
「アイラちゃん、何で逃げるのかなぁ?」
俺に怯えるアイラが楽しくて指を見せながら接近した。
もちろん燐粉が付いた手で触るつもりは無かったのだが
「ンニャー! ラキのバカァー!!」
バチィーンッ
思いっ切り左頬をビンタされてすっ転ぶ。
蝶で腰抜かすアイラ。
ビンタですっ転ぶラキ。
座り込む二人を見守っていた大人達がヒソヒソと
「わかるなぁ〜。可愛い子には悪戯したくなるんだよ」
「ってか、ラキにビンタ当てられるの凄くね? 俺、自信無い」
「確かに…。動体視力半端ないもんな。 アイラちゃん実は格闘家なんじゃない?」
昔っからラキはアイラには弱かった。
※蝶々は触ると燐粉取れて可哀想なので本体に触らず逃してあげて下さい〜