2.
「えぇっと。フローラさん。お時間、間違えていないでしょうか?」
「いいえ、アイラさん。間違えていないのです。ですが、早過ぎたようです」
フローラに連れられるままお店へと向かったのだが緊張したのか、気が急いたらしく時間よりも早く到着してしまった。
店内には、ちらほら人が入っているが見知った顔は無い。
どうやら一番乗りだったようだ。
他の女性達は念入りにお洒落しているのであろう誰も来ていなかった。
予約していた人数が多かった為、テーブルが別れてしまうとの事でとりあえず4人席の方を選んで座った。微妙にもう一つのテーブルと離れてしまっている。
「アイラ。昨日は寝れた? 私は緊張して眠れなかった。たくさん想像で彼との会話を予習してきたの。それが上手く出来るかはわからないんだけどさ~」
琥珀色の瞳に不安をのせてこちらを見るフローラは可愛い。
恋する女の子だ。
「アイラは? ラキ団長と久し振りにプライベートで会えるんでしょ? ずっと第二と遠征に行っていたものね」
「うん。 久し振りだよ。ラキは強いからお手伝いに駆り出されちゃうもんね」
ラキの事を考えると自然と笑みがこぼれる。彼は自慢の幼馴染だ。
第四は強さが売りの騎士団の為、他の団と一緒に遠征に行く事がある。
今回は第二騎士団から数十名と第四騎士団からはラキ含む数十名とで隣国との国境沿いにある街に現れるという盗賊の討伐に向かっていた。
正直、たかが盗賊くらいでこのメンバーが選ばれるのか?と疑問に思う顔ぶれだった。
まさに少数精鋭。
気になったが仕事の話はラキに聞けない。
往復で約10日はかかる日程だった為、1か月近くラキに会っていなかった。
その長い遠征期間を考えても忙しいラキが参加する事が不思議でならない。
フローラも思ったようで、顔を寄せると内緒話でもするようにその事を口にする。
「でもさぁ…。ラキ団長って戻ったばかりで忙しいじゃない? それに親睦会に来る事ないから、今回他の女性陣の気合が半端ないんだよ~。取って食われないか心配だわ」笑いながら元の位置へと戻って行く。
(珍味みたいな言われようだなぁ)苦笑しつつも同感する。
自分はフローラの恋を見届けてサクッと帰るつもりだった。
ラキが来るのは嬉しい反面、女豹…いや、綺麗なお姉さま方に狙われやしないかと気がかりでならない。
「あれ? 一番乗りだと思ったけど、早かったね」
「シイタさん、ディラムさん、お疲れ様です」
シイタさんはラキの先輩だが同じ団の部下でもある。金髪のウェーブがかった髪を襟足で揃え、いかにもモテそうな顔立ちをしている。ラキとも一緒に居る事があるので話した事がある人物だった。
そしてシイタさんの後ろから入って来たのがフローラの思い人であるディラムさん。アイラはチラリと隣に視線を送ると真っ赤な顔をしたフローラが「お、お疲れ様です」と言っている。いやいやフローラさん、声が高くて小さです。それに相手に聞こえていませんよ? 昨夜の妄想を生かしてください。
あ、想像か。
私達が向かい合って座っていたのでディラムさんがフローラの隣に座り、シイタさんが私の隣に座った。
あ、このパターンって私はラキの所に行けないかな?なんて頭を過ったが時間はあるので話す機会もあるだろうと諦める。
諦めるってなんだ!?シイタさんも良い人だ。失礼だな私。
「みんなもうすぐ来ると思うよ? ただ、ラキは少し遅れるかも。あいつ頑張ってたけど遠征戻りだからなぁ~。 あ、今日のお会計、女子はいらないよ? ラキが出すって言うからさ、それじゃつまんないからジャンケンで負けた奴4名が全員分支払おうって事になったんだよ」白熱したなぁ~なんて思い出したのかシイタさんとディラムさんが楽しそうに笑い合う。
「お2人はどうでしたか?」
フローラは心配そうに確認する(主にディラムさんをね)
ガシッとシイタさんの肩を抱き「もちろん勝ちました」と言うのはディラムさん。
「俺はみんなのお財布です」と項垂れ涙を拭う振りをするのはシイタさんだ。
その時のジャンケン大会?は盛り上がったようで2人は尚も話を続ける。
一番最初にジャンケンで負けたのはラキだった。しかも一発負け。
「腕っぷしは強いのにラキはジャンケンが弱いんだよなぁ~。あいつのそういう所が可愛いんだよ」なんて抱きしめる動きをしながらシイタさんが言うから、ディラムさんが呆れたように「いや、自分も負けてますけどね」と突っ込む。
フローラと二人で「シイタさん、ごちそうさまでぇ~す」と言った。
4人で吹き出して笑っているとお店のドアが開いた。
入って来たのはラキだった。
しかし腕には胸元がV字に開いた黒のワンピースニットを来た掃除係りのナイスバディことジョアンナがしがみ付いている。
アイラは17歳なので成人している。
お酒を飲めない年齢ではないが強くはない。だが、今夜は違った。飲んでやる!浴びる程飲んでやる!そんな気持ちになっていた。
それはドアを開けてラキが入店して来たことから始まった。
「私、ラキ団長の隣がいい!」
「じゃ、私はその隣がいい!」じゃ、向かいが良いだのなんだのとピーチクパーチク、キャッキャウフフとうるさい。
あっと言う間にラキの周りを女性が囲む。仕方がないからその周りを男性陣が囲む具合でもう一つのテーブルに座っていた。
ラキは身長が高く、細身だが騎士団長を任されるだけあって体格もガッシリしている。何を着ても着こなす体型が羨ましい。
正直今日なんてベージュのパンツに紺のセーターと普通の装いだ。
まさに『ちょっとそこまで…』スタイル。
なのに何であんなに目立つの!?
容姿も男らしく整っているが幼さが残っており、母性本能が擽られる。
瞳は榛色でサラサラの黒髪が精悍さを醸し出している。
ようは見栄えも良いが愛想もあり可愛らしいから人気者なのである。悔しい。
もう一度いう。格好良すぎて悔しい。
「はぁ~。先に来てて正解。ラキが来るってなったら今日は他の男性陣は出番ないからな」シイタさんが溜息を付いた。
「でもラキは本当に良い奴で僕は大好きなんですよ。あの若さであの強さ!伸びしろしかないから末恐ろしい。 それにあの顔とスタイルだと普通は遠巻きにしがちだけど、懐っこくて優しい奴だから女性が騒ぐのも納得です」ディラムさんはラキ派らしい。
「俺だってラキくん大好きよ?でもそれとこれとは別」シイタさんはアイラを見てパチリとウィンクして来た。この席は殺伐としてなくて良いねって言うのでフローラと二人で声を出して笑った。
うんうん。ラキは男性からもモテモテだよね?昔からラキの周りは人がたくさん集まる。
ラキが褒められるのは嬉しくてしょうがない。
シイタさんとディラムさんとの会話は楽しい。
しかし二人の後ろの席にいるラキが視界に入ると不愉快だ。綺麗な女性… 特にジョアンナさんがラキに近すぎる!ラキも離れてとか言うわけでもなくご飯をもりもり食べてお酒飲んで楽しそうにしている。
「俺もっと肉食べたい」じゃないっての!!
時間が進むにつれて、席の移動など無さそうだと感じた。
みんなで来ているというよりも別れたテーブル同士で飲みに来ている雰囲気になってしまった。
視界の端でラキの腕に手を添えて話すジョアンナさんが映りこむ。
見なきゃ良いのに気になってしまう。
普通にしているのも限界だ。
「ちょっと失礼…」と言って席を立った。