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短期留学のイヴェネッタ姫が、私達のクラスに編入してきた日の放課後。
私はスフィーを誘って、街に出掛けた。
十字架のアクセサリーを注文するためだ。気に入るものがあれば買って帰る予定でお金もちゃんと持ってきている。ぱっと見て目立つ大振りなものがいい。遠目から見てもルーディックが近付けないようにしたいのだ。
「怒ったエリシアも可愛いけどスフィーと一緒なんだから、笑ってくれないと寂しいな」
「スフィー……。うん、ごめん!買い物、久しぶりだね」
「ねー!スフィー嬉しいっ!」
ローデンヴァルク伯爵家の馬車に同乗させてもらった私はスフィーの隣に座っている。
この歳になってとは思うのだけど、私とスフィーはだいたい、いつも手を繋いでいる。
幼い頃のスフィーは病弱ですぐに熱を出す子供だった。遊んでいる途中で赤い顔をし始めたら要注意。よく手を引いてはお庭からお屋敷に連れて帰った。
昔、高熱が続いたスフィーを見舞ったとき、熱に浮かされたスフィーに明るい栗色の瞳を潤ませて手を繋いでてほしいとお願いされた。早く元気になって欲しくて彼女の手を取った私は、安心して眠るスフィーを眺めているうちに、ついつい眠ってしまったのだ。
目が覚めたらスフィーの熱は下がっていて、私のおかげだととても感謝された。
それから彼女が元気でいられるようにとよく手を繋ぐようになった。
なんだか癖になってしまって、今では手を繋ぐのが当たり前のようになっている。
「スフィーはアレキサンドライト公爵家の仕事のこと知ってる?」
「その顔は、裏稼業の方?知ってるよ、有名な話だしね」
「そっか。知ってるんだ……」
「ルーディック様、ずっとエリシアには隠していたしね」
ぽそりとスフィーが呟いた言葉が聞き取れない。「なんて言ったの?」と聞いた私に、スフィーは「なんでもないよ」と笑った。
「ほら、エリシア!お店が見えてきた!十字架のアクセサリーを買うんだっけ?」
「え、ああ。うん。目立つくらい大振りなものが欲しいの」
「髪飾りにネックレス、ブレスレットまで着けてるのに?」
「そう。もっとつけるの」
にっくき軟派嘘吐き吸血鬼野郎を近づけないためにな!!
叫んでやりたいところだったけど、ルーディックが吸血鬼だというのは秘密らしいので、思うだけにしておいた。
大きなお店に入った私達は、店員の案内で奥の部屋に通される。私と違って着飾ることが好きなスフィーは、このお店の常連だ。
ソファーに腰掛けた彼女は慣れた様子で十字架モチーフの物を全て集めさせた。
テーブルに並べられた煌びやかな宝飾品。
十字架モチーフは思ったより数が少なく、オーダーのための宝石類や素材の見本も並べられていた。
でも、その中でひとつ。私の目を奪ったものがあった。
宝飾品と言えばそうなのかもしれないが、見たことのない形状だ。
まず、とても大きい。私の上半身くらいある。
金色でクロスの中心には大きな宝石が、そのまわりに小さな宝石が並べられている。
十字架もレースのように細かな細工で作られていて、繊細で美しい。散りばめられた宝石がキラキラ輝いている。
そして、その十字架にはベルトが付いていて、肩に背負うように取り付けるようだ。
まるで、私の理想を絵に描いたような、そんな宝飾品だった。
じっと食い入るように見ていると、店員が目をキラリと光らせる。
「スフィー様のご友人はお目が高い。こちらは、少し風変わりな職人が作った物なのですが、使われている素材も宝石も一級品です!なによりこの細工の美しさ!」
差し出された十字架を受け取った私は、店員に促されるまま立ち上がり、鏡の前に立つ。
十字架を背負わせた店員は何事かをつらつらと述べながら、肩のベルトを調節していく。
思ったよりもずっと軽い。
「エリシア、待って。それなの?」
スフィーが困ったように微笑むけれど、私はこくこくと何度も頷く。
鏡を見れば、光り輝く十字架を背負った私がうつる。
これならば、にっくきルーディックが私に近づくことなどできまい!
値段を聞けば所持金ぎりぎりだが、買えない値段ではない。
私はスフィーが止めるのも構わず、その十字架を購入した。
そのあと、お金をほとんど使ってしまった私はスフィーにご馳走してもらうかたちで一緒にお茶をして、お屋敷まで送ってもらった。
スフィーは私の勧めで十字架のピアスをつけている。私の瞳と似た桃色の宝石の輝くピアスは、彼女の深緑の髪にとても映える。
「スフィー、今日はありがとう。おかげですごくいい買い物ができたよ」
「う、うん。エリシアがそう言ってくれるなら嬉しいよ」
戸惑いをまったく隠せてないスフィーだが、私が良いと思っているのだからいいのだ。「また明日」と言い合って、スフィーの乗る馬車を見送ってお屋敷に入った。
出迎えた顔ぶれの中にルーディックを見つけて倒れそうになる。
お前、私のお屋敷で何をしてやがる。
パタパタと駆け寄ってきたリタが、嬉しそうに耳元で囁いた。
「エリシアお嬢様。ルーディック様はずっとお待ちだったのですよ。大切なお話があるそうです」
嫌な予感しかしないから、今すぐルーディックを放り出してくれ!