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すっかり寝坊した私の頭をリタがせかせかと梳かす。
昨日は帰ってきてすぐに寝てしまった。ぎりぎり湯浴みはしたけれど、夕食もとらなかった。
夢も見ずにぐっすり寝たら、気持ちよすぎて惰眠を貪り過ぎた。
「エリシアお嬢様!女性らしさをどこに落としてきたのですか?」
リタが寝跡のたっぷりついた私の顔をほぐすようにぺちぺちと軽いタッチで叩く。これが案外気持ちよくて、そろそろと瞼が落ちてきてしまう。
「……すー……」
「エリシア様っ!」
くんっと、三つ編みを引かれて目が覚める。あぶない、おもいっきり寝ていた。
リタは、私の乳母も務めたメイド頭。年齢とともに少しふくよかになったが、元気のよさと仕事の速さは少しもかわらない。私の頼れる良き相談相手だ。
「そうだ、リタ。十字架モチーフの髪飾りはなかったっけ?」
「あら。昔、ルーディック様に嫌がられてから、付けないとおっしゃっていたではありませんか」
そんなことがあったか。
どんだけ、あの軟派野郎を中心に生きてきたんだ、私は。
「それはもういい。十字架の髪飾りをつけてくれる?他にも十字架モチーフのアクセサリーは全部つける」
「全部?で、ございますか?」
リタは不思議そうな顔をするが、いくつかの引き出しを開けて、髪飾り以外にネックレスとブレスレットを出してくれた。
どれもシンプルで小振りなものだけど、ないよりはマシだ。
「それとニンニクを持っていきたいのだけど」
「あら、いやだ。それもルーディック様が嫌がるからとあまりお食べにならないじゃありませんか」
ぐっ。くそう、あの超絶軟派吸血鬼野郎!私の食事にまで影響するとは!
「いいの、持ってく!」
十字架の髪飾りとアクセサリーを着け、ニンニクを鞄に詰めた私は、目を丸くしたリタと不審がる家族に見送られて学院に向かう馬車に乗り込んだ。
今日も今日とて、朝から鬱陶しい声が響く。
きゃあきゃあと騒ぐ令嬢たちの先には相変わらずのルーディック……が、両頬を真っ赤に腫らしている。
さらに、蕩けるような微笑みどころかちょっと悲しそうな表情だ。
いったいどうした!?と動揺したのもつかの間。
「はあ、憂いを帯びた表情も美しいですわ」
「儚くて消えてしまいそう……」
「失礼かもしれませんが、守ってあげたくなりますわ」
「きゃあ!わかりますっ」
などと、前を歩く令嬢たちの評価にうんざりした私は、鞄からニンニクを取り出した。うわ。結構、臭う。
だが、これでルーディックが私に近付けなくなるのであれば、堪えてみせる。
これ以上、超絶軟派嘘吐き吸血鬼野郎に振り回されてたまるか!
「エリシア、それはどういうことなの……」
にっくき軟派野郎の声に顔を上げると、彼は両手で鼻と口を覆って青い顔をしていた。
「おはようございます。ルーディック様、それとは?」
「十字架にニンニク、どんな嫌がらせなの?」
「まさに嫌がらせですわ。気軽に声を掛けてくるな。超絶軟派嘘吐きルーディック」
呆然とした顔のルーディックに満足した私は、さっと学院に向かって歩き始める。
ざまあみろ!いつまでも私がお前を好きだと思ったら大間違いだ!
ふすっと鼻息荒く、拳を握った私は突然、背中に走った衝撃に手に持っていたニンニクを放り投げ、派手にすっころんだ。
「ルーディック様あああ!お会いしたかったですわあああ!」
「え、わ!イヴェネッタ姫!?」
「まあ。覚えていてくださったのですね!そうです、貴女のイヴェネッタですわ、ルーディック様」
この女、語尾には全てハートがついてるんじゃないか。
頭上に聞こえる頓珍漢な会話にため息を吐く。
はいはい。ルーディックは姫までたらし込んでいやがったか。目の前をころころ転がっていくニンニクを眺めながらげんなりする。
イヴェネッタって言えば、隣国の姫じゃないか。最近、王太子殿下が亡くなられて跡取り問題が浮上しているはずだが、この国までいったい何の用。
「わたくし、亡くなった兄上の後を継いで、王位を継ぐことに致しましたの。社会勉強のため短期留学を決めました」
「あ、ああ。そうなのですね」
「はい!ですから、短期留学中にルーディック様のハートを射止めてみせますわ!」
よろよろと立ち上がろうとしていた私は、彼女の言葉に思わず地面に逆戻りだ。
この超絶軟派嘘吐き吸血鬼野郎。
手あたり次第もいい加減にしやがれ。
ルーディック、お前、本当に隣国で死んでくれればよかったのに!
掴んだ砂を握りしめる。ぶるぶると怒りで震える体に力を入れて押さえ込んだ私はゆっくりと立ち上がった。
制服についた砂を払い、ニンニクを拾う。
いちゃいちゃとじゃれ合うルーディックにそれを全力で投げつけた。
「二度と話しかけるな、嘘吐きルーディック!」
ニンニクを顔面に受け止めたルーディックは気絶。
イヴェネッタ姫は制服が汚れるのも構わずルーディックを膝枕して介抱したらしい。
眠る宵闇の貴公子に寄り添う姿は聖女のようで、二人のその姿は神々しいほど美しかったと騒がれた。