5
突然鳴り響く轟音。
ものすごい揺れに襲われ、床に倒れ込む。
パラパラと上から何かが落ちてくる。ランプの灯りが消え、部屋は薄暗闇に包まれた。
ゆらりと立ち上がったルーディックから眼鏡を奪う。
視界が戻った私の目に入ったのは、凶悪な顔をしたルーディックと無残に姿を変えた部屋。
椅子もテーブルも倒れ、ティーセットは割れて散らばっている。
そして見上げた天井は吹っ飛び、空が見えていた。
ちょっと、待て、おい。
ルーディックはふらふらと歩き出す。
まさに殺人鬼みたいな顔をしてどこに向かうつもりだ。
まさか、スフィーのところじゃないだろうな!
「おい、ルーディックどこに行く」
「スフィリア嬢のところに決まってるでしょ!僕のエリシアのファーストキスを奪うなんて……万死に値する!」
彼が腕を振り下ろすと再び爆発音が鳴り響く。
ぐらぐらと激しい揺れに床に蹲り頭を抱えた。
「万死に値するのはお前だ!スフィーに何かしたら殺す」
「エリシアは僕のものだ。認めない。ファーストキスが僕以外なんて認めないよ」
「お前に認められる必要なんてない!」
きゃんきゃん言い合いをしているとバンっと扉が開く。
駆け込んできた執事と数人のメイドが、常人ではありえない素早さでルーディックを取り囲んだ。
「お坊ちゃま、申し訳ございません」
そう声を揃えて謝った彼らは、慣れた手つきでルーディックを縄で縛り上げる。
「離せ!こんなことをして許されると思っているのか!」
「はいはい、お坊ちゃま。申し訳ございません」
「離せと言っているだろう!」
「そんなふうになさるから御父上に笑われるのですよ」
暴れるルーディックを手早く縛り上げた執事は、メイドの用意した十字架に磔にしていく。
ちょ、え、おいおいおい。それ、大丈夫なのか?
みるみるうちにルーディックの体から力が抜け、十字架に吊るされた彼はだらりと頭を垂れている。
「まったく。お坊ちゃま。わたくしは何回部屋を直さなければならないのですか?いい加減にしてくださいませ。少しは反省するとよろしいでしょう」
ぐったりとしているルーディックに言ったのは、幼い頃に何度も話したことのある執事のリデルだ。彼はくるりと私を振り返ると恭しく頭を下げた。
「エリシア様、大変お騒がせ致しました。ルーディック坊ちゃまのことはどうぞお許しください。きつく言っておきます。スフィリア様の安全はこちらで確約いたしますので、ご安心を」
リデルが胸に当てていた右手を軽く振ると、後ろに控えていたメイドの一人が煙のように消えた。
「この部屋では落ち着いてお話も出来ないでしょう。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
「は、はい」
新しく通された部屋で、再びお茶に口を付ける。ふぅっと息を吐いた私の向かい、少し離れた場所。
磔にされたままのルーディックは十字架ごと壁にたてかけられている。
さすがに可哀想な気がするけど、いい気味だ。反省しろ。
スフィーの身の安全は、なんとかしてくれるようだし、問題はない。
「おい、大丈夫か?」
「エリシアのファーストキスが僕じゃないなんて大丈夫なわけない」
「そっちじゃない」
頭を垂れたまま、ぽたぽたと涙を零している。
磔にされて落ち着いたのか、凶悪な顔は消え、いつものルーディックだ。無駄に美しい宵闇の貴公子。
テラスで見た彼は随分と顔色が悪かった。今はぐったりしているものの頬に赤みが指している。
もしかして、私の血を吸ったからなのか?
この、超絶軟派吸血鬼野郎!童貞なんて信じないからな!
ファーストキスなんて尚更信じられないからな!
「とりあえず、ヴァンパイアっていうのはわかった。十字架に磔にされると動けないようだし」
「そっちで判断するの?」
「だまれ変態。勝手に血を吸いやがって」
「甘くて美味しかった」
「死ね」
よし。十字架のアクセサリーを注文しよう。
私の分とスフィーの分。
大っ嫌いなルーディックの弱点となり得るなら、それはもうお金を幾ら掛けてもいい。十字架を頭の先から足の先までつけて歩いてやる。
他には……なにかあるだろうか。
「ねぇ、ルーディック様」
意識して可愛らしく話しかける。
いつもより少しだけ声を高く。口角を上げて、分厚い眼鏡じゃわからないだろうけど渾身の上目遣いだ。
「なんだい、エリシアっ!」
顔を上げたルーディックは嬉しくて仕方ない表情だ。まるで尻尾を振る犬。
「日光は苦手ではありませんの?」
「ああ!長時間じゃなければね!長年の訓練の賜物だよ!」
それはもう涎を垂らさんばかりの顔で答えるルーディック。
「……苦手なものはございませんの?」
「十字架とニンニクかな。あとはだいたい大丈夫だよ!」
十字架の他はニンニクか。
ニンニクを持ち歩くのは臭いだろうか。
いや。ルーディックを遠ざけられるなら持ってやろうじゃないか!
「教えてくださってありがとうございます。ごきげんよう、ルーディック様。夕食はどうぞお一人で」
かたりと椅子から立ち上がった私は、壁にたてかけられたルーディックに微笑む。
「え、え!?エリシア?」
「動けないようですし、お見送りは結構ですわ」
「エリシア!エリシア!?」
扉を開ける前、ちらりと彼を振り返る。
忘れてはいけない。ちゃんと伝えなくては。
「私とお前に仲直りという道はない。私はお前が大っ嫌いだ!」
閉じた扉からルーディックが何か叫んでいるが、そんなもの無視だ。無視!