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「きゃあ!宵闇の貴公子様よ!」


はあ。頭痛い。朝からげんなりする。

なにが、宵闇の貴公子だ。馬鹿馬鹿しい。


令嬢たちの黄色い悲鳴の先には、大っ嫌いなルーディックが誰もが蕩けるような笑みを浮かべて手を振っている。

あんなの偽物だ。私が大好きだったルーディックはもう、いないのだ。


「おはよう!エリシア」

「スフィー……おはよ」


スフィリア・ローデンヴァルクはもう一人の幼馴染。ローデンヴァルク伯爵家の長女だ。

ルーディックが留学する直前だから、6歳からよく遊ぶようになった。

私の周りでは珍しくルーディックに恋をしていない、なんでも話せる大切な友人だ。

深緑の髪に、柔らかく光る栗色の瞳。すっきりとした目元と白い肌に映える桃色の唇が美しい。少し大人っぽい雰囲気があって彼女もたいそうモテる。


「ルーディック様が戻られてからずっと元気ないね。よしよし、エリシアこっちにおいで」


彼女は両手を広げて、私が飛び込んでくるのを待っている。

綺麗にお手入れされた指先で頬をツンツンされたので、えいっと飛び込んだらぎゅっと抱きしめてくれた。


「元気出してエリシア、スフィーがずっと一緒いてあげる」

「ありがとう、スフィー。大好き」

「エリシア!スフィーもエリシアが大好き!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕に力を入れたスフィーが、私の頭や額に口づけはじめる。

昔っから彼女はスキンシップ過多だ。

大人っぽい雰囲気なのに、甘えん坊だったり、自分のことを名前で呼んだり、ちょっと子供っぽいところがいつも可愛い。

スフィーのスキンシップに元気が出てきた私は、腕を伸ばして抱きしめ返した。

私を覗き込んだスフィーが感動したように、瞳を潤ませて、再び私の額に口づける。


「エリシア、大好きよ」


「私も大好き」と返そうとしたところで、後ろから口を塞がれた。


「おはよう、エリシア。スフィリア嬢」

「もがもがもが」

「……おはようございます、ルーディック様。エリシアを離してくださいませ」

「いやだね」


いやいや。離せ、ルーディック!

いつの間に近付いてきたのか。ルーディックに口を塞がれた私は彼に抱き上げられている。

気軽に抱き上げるな、このやろう。


「スフィリア嬢。随分スキンシップが過剰じゃないかい?」

「脳みそがゆるゆるのルーディック軟派野郎様に過剰だと言われる筋合いはございませんわ」

「もがもがもが」


何故か睨み合っている二人はバチバチと火花を散らしている。

とりあえず、離して、降ろして、ルーディックどっかいって。


「僕は君が思うような男じゃない」

「それは私ではなく、エリシアに言うべきことではありませんか?エリシアがどんなに傷ついているのか貴方はわかっているのですか」


ルーディックから、ぐいっと私を奪ったスフィーは彼から隠すように抱き締める。


「ルーディック様、よくよくお考えくださいませ。私は貴方にエリシアを渡すつもりはありません」


そのままスフィーに引きずられるように歩き出す。振り返っても、ルーディックの顔はよく見えなかった。


教室に入ってスフィーと一緒に腰掛けた私は、ちらりとルーディックの席を盗み見る。

ルーディックは帰国が遅れた関係で、私と同じ学年の扱いなのだ。

あまり関わらないようにしたくても、同じ学年、同じクラス。

聞きたくもない、令嬢たちのはしゃぐ声。

少しすれば、彼はこの教室に入ってくるし、今日も令嬢に囲まれて一日を過ごすのだ。そして、誰だかわからない令嬢に愛を囁くのだ。


「はあ」


隣に座るスフィーが私の頭を撫でる。優しい手が何度も何度も撫でる。

じわじわと目尻に涙が浮かんでくる。

大好きだったルーディック。

老若男女誰から愛されても、困ったように笑って「僕が好きなのはエリシアだけだよ」と言った彼はもういない。

ずっとずっと待っていた。隣国から帰ってくるのを待っていたのだ。

成長した彼は、幼い頃と変わらない夜色の瞳を柔らかく細めて笑っていた。

私だけと言ったはずの愛を他の令嬢に囁きながら。

夜空に輝く星の色の髪を揺らしていた、他の令嬢と体を重ねながら。

愛されるすべてに愛を返す超絶軟派野郎ルーディック。


悲しむのは今日までにしよう。

あんな奴、大っ嫌いだ。

あんな奴、知らない!

私の幼馴染は留学して死んだのだ。そう思うことにしよう。

もういないなら、死んだも同然!

ルーディックなんかのために時間を使うのなんて勿体ない!

そんな暇があったら、惰眠を貪っていたい!


宵闇の貴公子。

はんっ!なんじゃそりゃ。阿呆か!


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