16
幼い頃、ルーディックと何度もかくれんぼをして遊んだ。
ひとりで隠れられない私は、いつもルーディックにくっついて隠れた。
庭園の木の陰、テーブルの下、真っ暗なクローゼットの中。ギシギシと音を立てる屋根裏部屋。
鬼をしてくれるリタに見つからないように、二人でくっついて息を潜めて。
ルーディックさえいれば、どんなところも怖くなかった。寧ろ、どこもかしこも楽しい場所に早変わりした。
懐かしい思い出。
薔薇の木のそば、ルーディックの心臓の音を聞きながら、彼がそれを思い出してくれたことが嬉しかった。
変わってしまったように思える彼は、それでもやっぱり幼い頃から大好きなルーディックだった。
「エリシア、目が覚めた?」
「……どこ、ここ?」
「医務室だよ。エリシア、気絶しちゃったから」
ふかふかのベッドに横たわる私の頬を、労わるようにルーディックが撫でる。
差し出された眼鏡をかけた私は、彼の顔を見た。
彼の頬には朱が差し、顔色がずっと良くなった。室内のランプで彼の瞳は闇の色に変わる。
柔らかく細められた瞳に、金色の髪が掛かった。
「元気になったのか?」
「うん。エリシアのおかげだよ」
「……そうか。よかった」
彼の頬には艶と張りが戻り、骨張っていた手も柔らかさが増した気がする。
吸血するだけで、こんなに元気になる。
ルーディックはヴァンパイアなんだ。
大好きだった幼馴染は吸血鬼でした、とか笑える。
それにしても、妙に豪華な医務室だな。部屋をぐるりと見回している私の頬をルーディックが突っついた。
「もう少しでお昼だから、ゆっくりしよう。午後からの講義は出る?」
そんなに寝てしまったのか。
こくりと頷くと、ルーディックが蕩けるように微笑む。優しくて大好きな彼の笑顔。
私が普段から素直になれば、こうやって毎日話せるのか。
目を閉じて、頭を撫でるルーディックの手を堪能する。
はじめから、こんな風に戻ってきてくれれば、素直でいられたのに。
顔色の良くなったルーディックを見て自分が完全に絆されてしまったのがわかった。悔しいけれど、もう大嫌いなんて言っていられないのかもしれない。
ルーディックのこの表情だ。どうせ、私の血だって質が良かったのだろう。私の体からだだ漏れなのだ。
どんなに抗おうとしたって、根本は結局、ルーディックが大好きなのだ。
認めてしまえば、楽になるのか。
私が血を提供してれば、令嬢を口説くことだってなくなるはずだ。
それなら、ちゃんと安心できるのか。
ルーディックのとろっとろに蕩けたちょっと間抜けに思える笑顔を見ながらぼんやり考えていると、かたりと扉が開く音がした。
「エリシア!目は覚めた?大丈夫?探したんだよ!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのはスフィーだ。がばりと勢いよく抱きつかれる。その後ろにはイヴェネッタ姫もいるようだけど……。
「大丈夫。ありがとう、スフィー」
彼女に腕を回して背中を撫でると、ぐすぐすと泣いているような声がする。
なに?そんなに心配かけたの?
「うぐっ。エリシア……が、ルー、ディック様のものに……ぐずっ……なっちゃ……た……」
「……なんの話?」
ばっと顔をあげたスフィーは涙でぐしゃぐしゃの顔をしている。いつも綺麗にお手入れされている目元も鼻も真っ赤だ。
「ルーディック様の恋路を見守り隊は、大盛り上がりですわ」
そう言ったイヴェネッタ姫も扇で口元を隠しているが、目元は赤くなっている。
なに?二人とも、なんでそんな泣いているのか。
一体何があったというのか。
ぐずぐずに泣いてるスフィーとイヴェネッタ姫、ルーディックを見比べて戸惑う私に、イヴェネッタ姫はため息を吐く。
「水の女神は気絶されてらっしゃって、知らないのですわ。まったく、ルーディック様!強行手段ではございませんか!?」
「僕は、僕の女神を誰にも渡さない」
スフィーの腕の中にいた私は、ルーディックに引き上げられ、彼の腕の中に収まる。私を横抱きにしたルーディックは、スフィーとイヴェネッタ姫を睨みつけた。
「なに?どういうこと?何があったの?」
イヴェネッタ姫は、今まで見たことがないくらい怒った顔をして、ルーディックを睨む。
「ルーディック様は、私の水の女神を抱いて、学院中を練り歩いたのですわ!今や、ルーディック様とエリシア様の仲は公認。私派とセドリック様派の生徒と講師は、発狂寸前。学院内は大惨事ですわよ!何人が、医務室に運ばれたことか!」
「さらに!」という言葉とともにばちりと扇を畳んだイヴェネッタ姫は、その扇をビシッとルーディックに向ける。
「私達から隠すために、限られた方しか使えない王族専用医務室に水の女神を運んだのですわ!私が王族でなければ、未だ見つかっていないはずです!しかも!医務室の使用許可をよりによって第一王子に取り付けたのですっ!」
ぶるぶる震えながら話すイヴェネッタ姫の瞳にぶわっと涙が浮かぶ。
「ルーディック様と水の女神の仲は、王族も知るところとなりましたわ!もう……もうっ!お二人の結婚は覆せませんっ!」
ぼたぼたぼたと涙をこぼし始めたイヴェネッタ姫。
彼女の話を聞きながら、私は呆然とするばかりだ。
ちょっと、待て。
どういうことだ!
どういうことだ、ルーディック!!