13
漆黒の髪に漆黒の瞳。
すらりと伸びた長身に男らしい体躯。凛々しく精悍な顔立ち。
そして、色気というか、もういっそ目を塞いで叫びたくなるほど淫らな雰囲気を纏う。
彼の名前は、セドリック・フォン・ディアベル
悪魔の名を持つ彼についた通り名は『悪魔の王』
そのままじゃないか!
悪魔の王は今、宵闇の貴公子の腰を抱き寄せ、顎に手を添えている。
見つめ合う二人を周りの令嬢たちは固唾を飲んで見守る。
「麗しい……」
と、呟いたのは講義の手を止めた講師。
この学院、大丈夫なのか。
「ルーディック。私の花嫁」
「セドリック、僕には心に決めた人がいるんだ。花嫁にはなれない」
「こんなにも想っているのに、私の愛は届かないのか?」
「ああ。受け取れない」
「ならば、私の唇だけでも受け止めておくれ」
ゴクリと誰かの喉が鳴った。
セドリック様が、ルーディックの顔にゆっくりと唇を寄せる。顔色の悪いルーディックは困ったような表情を浮かべ、目を伏せる。
おい。ルーディック、このやろう。
信じてほしいと言ったのはその口だろう!
思わず掴んだニンニクをルーディックに向かって投げる。
セドリック様とルーディックの唇が触れ合う直前。
ニンニクが顔面に当たったルーディックは、がくりと気絶した。
「どこからニンニクが!」と、セドリック様が叫んでいるが我関せず。知らん。
講義中に馬鹿なことをしている方が悪い。
令嬢たちと講師の残念そうな声とともに再開した講義は、結局あまり進まなかった。
「あのままルーディック様とセドリック様がご結婚してくだされば、私は水の女神を自国にさらって帰れますわ!」
「そしたらスフィーもイヴェネッタ姫の国に行く!」
イヴェネッタ姫とスフィーが楽しそうに盛り上がっている。きゃっきゃっとはしゃぐ二人は可愛らしい。
「イヴェネッタ姫もスフィーと一緒にセドリック様とルーディック様の恋路を応援し隊に入っちゃおうよ!」
「いいですわ!応援いたしましょう!ライバルを蹴落とすのです!」
ルーディック様を抱き隊は、気づけばセドリック様とルーディック様の恋路を応援し隊に変わっていた。
特に講師陣が盛り上がっているようで、講義中上の空の講師が本当に増えた。阿呆ばっかりだ。
セドリック様は、数日前に転入してきた上級生だ。
彼はルーディックに一目惚れをしたと言って、講義にも出ず、ルーディックに付き纏っている。
「それにしても!水の女神っ!女性は着飾るものだとお伝えしたでしょう!」
「そうだよ、エリシア。せっかく可愛いのに勿体ない!」
「だって……眠いんだもん」
イヴェネッタ姫にぴかぴかにされ、お父様にたくさん褒められた日は、着飾るのもいいかもしれないと思った。
が、基本的に私は惰眠を貪りたいのだ。朝からあんなことをする時間があれば、やっぱり寝たい。とにかく寝たい。
特に涼しくなってきたこの季節。体温で温まったシーツはとても気持ちよくて、学院を休むか悩むほどに眠っていたい。
「エリシアは着飾らなくていい!」
聞こえてきたのは、ルーディックの声だ。
十字架のおかげで私に近づけない彼は、少し離れたところに座っている。
ぴりりと空気を引き締めたイヴェネッタ姫が扇をぱさりと開き、口元を隠した。
「あら。ルーディック様。可愛い可愛い私の水の女神に、なんのご用ですか?」
「イヴェネッタ姫こそ、僕の女神に手を出さないで。エリシアの魅力は僕だけが知っていればいいの」
ルーディックとイヴェネッタ姫はバチバチと火花を散らす。
「男の独占欲は、みっともないですわよ」
「みっともなくてもいい。僕にはエリシアだけが必要なんだ」
真剣な顔してなにを言ってるんだ!
ルーディック、この……っ!
前から似たようなことはずっと言っていたのだけど、他の令嬢を口説いていたから気にならなかった。
様子がおかしくなったルーディックがああいうことを言うのが、私だけになったせいで、恥ずかしくて堪らない!
独占欲なんて……っ!
かかかっと頬に熱が集まってくる。
「おい、ちんまいの」
ルーディックの隣に腰掛けて、成り行きを見守っていたセドリック様は唐突にそう言った。
ちんまいの、とは?
イヴェネッタ姫は、女性のわりに長身だ。だからこそ、ルーディックと並ぶ姿が美しかった。
スフィーも小柄ではない。長身でもないけど、私よりも背が高い。
と、なると?
「ちんまいのとは、私のことですか?セドリック様」
「お前以外に誰がいる」
「それは、大変失礼致しました。私、エリシア・グランフィールドと申します。以後、お見知りおきを」
「まあ、いい。で、ちんまいの」
「人の名前も覚えられないのか、鳥頭」
頬杖をついて、私を見ていたセドリック様は、片眉を上げる。
くつくつ笑いながら、口角を上げた。
彼は椅子から立ち上がり、私に向かって歩いてくる。
「歯向かってくる女は珍しいな」
唇を舌で湿らせたセドリック様は、にやりと笑って私の唇を塞いだ。