12
ここ一週間ほど、ルーディックの様子がおかしい。
いや。隣国から帰国してからずっとおかしいと言えばおかしいのだけど、どちらかというと昔に戻ったかのような、そんなふうにおかしいのだ。
まず、とても静かだ。令嬢に囲まれるでもなく、令嬢を口説くでもなく。
そして、日に日に顔色が悪くなる。幼い頃によく見た、青白い顔だ。
窓際でぼんやりしているルーディックは、少し痩せたみたいで、なんだか妙に儚げ。今までとは違う色香を匂わせている。
「いい?エリシア。今、学院は三つに分かれつつあるの」
隣に座るスフィーが人差し指をぴんと立てる。
「一つは、ルーディック様の恋路を見守り隊。二つ目は、イヴェネッタ姫の恋路を応援し隊。そして、三つめが衝撃的。なんとルーディック様を抱き隊なの」
頬杖をついて話を聞いていた私は、思わずずるりと崩れそうになる。
「ルーディックに抱かれ隊は聞いたことあったけど、抱き隊なの?」
「そう、抱き隊なの」
「まあ!それなら私も興味ありますわ!」
会話に入ってきたのは、恋路を応援されているイヴェネッタ姫だ。
「おはよう、イヴェネッタ姫」
「ええ。おはようございます、私の水の女神」
「まだ、それ続けるの?」
「当り前ですわ!私の可愛い小鳥ちゃんもおはようございます」
「おはようございますっ!イヴェネッタ姫」
可愛い小鳥ちゃんとは、スフィーのことだ。
二人は私の知らぬ間に関係を進めているようで、時々びっくりするくらい昼間に似つかわしくない雰囲気を醸し出す。
正直、困惑する。だってもう、とんでもないのだ。それはちょっと人目のつかないところでどうぞと言いたくなる。
が、スフィーが楽しそうなのでいいと思うことにした。
「イヴェネッタ姫もルーディック様を抱く方がいいの?」
「そうですわね。抱かれるよりは、興味ありますわ」
……どんな会話。
ルーディックの様子がおかしくなり始めたあたりから、物静かで青白い顔をしたルーディックが儚げで美しいと噂になるようになった。それから、男子の人気が急上昇中なのだ。男性講師からも人気があるようで、そのモテっぷりには、ため息しか出ない。
そして、困ったことに。
噂のルーディックは私の家に日参している。
毎日だ。学院がある日も、休日も関係ない。毎日、毎日、うんざりするほどに。
今日も学院の後、家に帰ればルーディックがいた。
「リタ!ルーディックを追い出して」
「何をおっしゃるのですか、エリシアお嬢様。毎日、会いに来てくださるなんて、それだけエリシアお嬢様との結婚を望まれているということじゃありませんか」
「私は、結婚したくない!」
「幼い頃はあんなに大好きで、隣国に留学されたときなんて一か月も泣いて暮らしたのに」
「ひぃ!やめて!」
ルーディックの前で、なんてことを言うのだ。
思わず、顔を覆った私は指の隙間から向かいに座る彼を盗み見る。ルーディックは頬杖をついて美しい笑みを浮かべながら楽しそうに私を見ている。
「なんで、毎日来る」
「リタの言ったとおりだよ。僕はエリシアと結婚したい。だから、信じてもらいたいんだ」
「信じられないと言ってるじゃないか」
「うん。だから信じてもらえるまで続ける」
だから、令嬢を口説くことをやめたというのか。
たかが一週間で信じられると思うなよ。
お茶を淹れ終えたリタが「ごゆっくり」と言って下がる。
静かになった部屋では、妙にルーディックの息遣いが近くに感じた。
かと、思えば本当に近づいてきていた。このやろう。
「近づくな」
「補充させて。学院では十字架を背負っているから近づけない」
「ざまあみろ」
「うん。情けないよ」
眉尻を下げたルーディックに覗き込まれる。長い睫毛に縁どられる赤みをおびた闇色の瞳が濡れたように私を見る。真っ直ぐ向けられる視線に吸い込まれ……て、たまるか!
それにしても、本当に顔色が悪い。血の気が無いし、やっぱり痩せた。
もともと、細身の体だ。大丈夫なのか?
「ちゃんと食べているのか?」
「ん。本当、情けない」
「返事になってない」
「エリシアが信じてくれるまで頑張るよ」
そう言ったルーディックは、私を膝の上に乗せるとこてりと肩に頭を置いた。
あんまり静かにされると、調子が狂う。
膝に乗せられるのなんて、本当は嫌だ。でも、顔色が悪くて、痩せてしまって、今にも消えてしまいそうなルーディックが静かにしていると、何も言えなくなってしまう。
あの日から、キスをされることも血を吸われることもない。
ただ、毎日会いにきて、お茶をしながら話をして。
補充させてと言って、私を抱きしめたり、頭を撫でたりするだけ。
本当に、調子が狂う。
「エリシア、僕は頑張るよ」
ふにゃりと微笑んだルーディック。
翌日から、ルーディックに変な男が付き纏うようになった。