10
隣国のイヴェネッタ姫は博愛主義の国らしく、男性も女性も愛せる人だったようだ。
私の隣に腰掛けた彼女は、それはもう嬉しそうに私のことを眺めている。時々、頬をつついては、にへらと表情を崩す。
イヴェネッタ姫とは反対の隣に座ったスフィーから漏れる雰囲気はピリピリと痺れるようで、どう考えても怒ってる。繋いだ手を離してもらえそうにない。
「イヴェネッタ姫、エリシアを離して」
「スフィリア様。私は私の水の女神を離すことなんてできませんわ」
「エリシアはスフィーの大事な幼馴染なの!」
「……スフィリア様も可愛らしい顔立ちをしてらっしゃいますわよね」
「え?」
立ち上がって身を乗り出したイヴェネッタ姫の胸が私の頭に押し付けられる。スフィーの顎を掴んで顔をまじまじと見たイヴェネッタ姫は「うふ」と笑った。
「エリシア様、スフィリア様、今日は私の滞在先にいらっしゃいませ。楽しく遊びましょう」
私の瞳に似た淡い桃色のロングヘアーをさらりと払いのけたイヴェネッタ姫は、新緑のような明るい緑の瞳を緩やかに細めて、魅惑的に笑った。
逃れることも叶わず、イヴェネッタ姫に拉致された私とスフィーはあったいう間に彼女の滞在先へと連行された。
彼女の部屋へと通されて早々に着ていた服を剥ぎ取られる。悲鳴を上げる暇もなく、大きな浴槽にイヴェネッタ姫とともに飛び込んだ。
「うふふ。エリシア様、お肌がスベスベですわ」
「やあっ!あっ!」
「あら、スフィリア様ってば、良い体をしていらっしゃるのね」
「きゃあ!やめ……っ!」
イヴェネッタ姫と数人のメイドに全身を磨き上げられる。
彼女の指が私の体をなぞるように触れ、鳥肌を立たせると何度も口付けられる。イヴェネッタ姫から奪うように、スフィーが唇を押し付けてきた。
スフィーとイヴェネッタ姫が口付けているかと思えば、彼女たちの手が私の体を弄る。湯気と甘い匂いで息ができない。溺れてしまいそう。
お風呂から上がる頃には、完全にのぼせてしまっていた。
「エリシア様はこれ、スフィリア様はこっちかしら?ああ、レナ!コルセットとガーターベルトを出してちょうだい!」
タオルを巻いただけのイヴェネッタ姫は、ぱたぱたと駆け回る。
「ララ!メイク室を整えて!さあ、エリシア様!お水を飲んだらここに横たわってくださいませ!」
返事を待たずに私の手を引いたイヴェネッタ姫は、その華奢な体のどこにあるんだと思うような力で、私を抱き上げる。
ベッドに私を横たえると、オイルを手に取って、私の体を撫で始める。
「あら!力を抜いてくださいませ。ほぐせませんわ!」
「イヴェネッタ姫っ!やだ!擽ったい!」
「まあまあ!こうしないと胸が大きくなりませんわよ!」
「いいよ!大きくならなくて!」
「私は可愛らしいお胸も好きですけど、もう少し大きくないとドレスが似合いませんわ」
助けを求めるように見渡せば、隣のベッドに横たわるスフィーはメイドに身を任せていてとても静かだ。
うぐ。これが着飾ることから逃げた私の報いってことか!?
諦めた私はふぅと息を吐いて、イヴェネッタ姫に身を任せることにした。
そのあとは、苦しい苦しいと言いながらコルセットを締め上げられ、煌びやかなドレスに身を包み、髪を整えメイクを施して、満足そうなイヴェネッタ姫の顔を見ながらネックレスをつけて完成となった。
ぐったりと椅子にもたれていると、同じように着飾ったスフィーと、イヴェネッタ姫が入ってくる。
二人は相変わらず綺麗だけど、スフィーが目を輝かせて私に駆け寄ってきた。
「エリシアすっごく可愛いっ!」
「スフィー、コルセットが苦しい」
「ああ。私の水の女神。可愛らしいですわ」
「イヴェネッタ姫、なにが楽しいの」
愚痴しかこぼさない私に二人は困った顔をしたけれど、声を揃えて「女性ば着飾るものなの!」と言われたので、もう諦めます。好きにして……。
「まさか、ルーディック様の婚約者が水の女神のお嬢様なんて思いませんでしたわ」
「エリシア、いつの間にルーディック様と婚約したの!?」
「ルーディックが勝手に言ってるだけだから。婚約してない」
「あら!じゃあ、私にもチャンスがあるのですね!」
「この国に女性と結婚する法律はありません!」
「私の国にいらっしゃればいいのよ」
「スフィー、イヴェネッタ姫の国に行こうかな……」
「スフィー!?」
思わずお茶を吹き出しそうになる。
「スフィーはずっとエリシアが好きなんだよ。エリシアと結婚できるならしたい」
「スフィー……、私もスフィーは好きだけど……」
「……冗談。大丈夫。エリシアはルーディック様が好きなの知ってる」
「好きじゃない!」
「素直にならないと、誰かに取られちゃうよ」
「……あんなやつ好きじゃないもん」
そうだ。私はルーディックなんか大っ嫌い。あんなやつ、死ねばいいって思ってる。あんな超絶軟派嘘吐き吸血鬼野郎!大っ嫌いだ!
「ふふ。エリシア様。でも、私は本気ですわ。短期留学期間中、貴女を口説きます。覚悟してくださいませ」
「イヴェネッタ姫!?」
「スフィリア様、エリシア様を口説き落とせたら三人で結婚しましょう!私、スフィリア様も気に入ってしまいましたわ!」
とんでもないことを言ったイヴェネッタ姫は、真っ赤に彩られた唇で同性の私でもドキリとしてしまうほど魅力的に微笑んだ。