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「大好きだったルーディック様の求婚をお断りするなんて!」


湯浴みをした私の髪を拭いているリタのお小言を聞きながら、ルーディックの様子を思い出す。

あまりにもふざけた内容。申し出。イヴェネッタ姫を遠ざけたいから結婚してくれ?……殺す!あんなやつ!あんなやつ!あんなやつ!

……それでも。

妙に思い詰めた表情と焦ったような声音。

なりふり構わないような様子。ルーディックにしては珍しい態度だったようにも思う。


何もわからない。隣国から帰ってきた彼は、何も変わらないようで、何もかもが変わってしまったようで。


小さくため息を吐いた私は、自室に飾ってあるお母様の肖像画を見る。

水の女神と呼ばれ、世界中の男性が取り合ったと言われる美貌を持ったお母様。

アイスブルーの艶やかな髪に珍しいピンクグラデーションの瞳。蕾が綻ぶように微笑む肖像画のお母様は、娘の私が見ても本当に可愛らしくて美しい。

私を産んですぐに亡くなってしまった彼女は明るくて天真爛漫、よく笑う方だったと聞く。お屋敷中に残された肖像画は笑顔のものばかりだ。

お父様は、私を忘れ形見だと大切に大切に育ててくれる。私もお母様みたいに可愛らしくて美しかったら、もう少し素直になれたのかな。

癖っ毛でくるくると広がってしまうアイスブルーの髪を一房、手に取る。リタが丁寧にお手入れをしてくれるおかげで痛み一つなく、ツヤツヤだ。

分厚い眼鏡を外せば、お母様と同じピンクグラデーションの瞳が私の顔にもある。

顔立ちを幼く見せる大きな目。小さな鼻と、ぽてりとほんのり厚みのある唇。可愛らしくはあるけれど、美人とは言いがたい童顔。

幼い頃は着飾ることも好きだった気がする。ただ、成長とともに悪くなる視力と分厚くなる眼鏡に諦めてしまったのかな。


珍しく気弱になっている自分にうんざりした私は、ベッドに横たわるとシーツを被って早めに眠った。


翌朝。

十字架を背負った私は、準備万端だ。ルーディックめ。二度と関わるものか。二度と関わるものか!

本気で十字架で串刺しにしてやる。あのやろう!

一晩眠ればいつも通りの私だ。

なぜ、超絶軟派嘘吐き吸血鬼野郎なんかに振り回されなきゃならんのだ。

私が素直になれないんじゃない!

あいつが誰彼構わず愛を囁くから悪いのだ!


馬車から降り立った私は、学院までの道のりを歩く。背負った十字架は何処から見ても目立つはずだ。これで、ルーディックは近づけない。ざまあみろ!

……他の令嬢と婚約するのだろうか。

ふと浮かんだ疑問にずんずんと歩いていた足が止まる。が、ぶるぶると頭を振って思考を振り払う。

あんなやつ!他の令嬢と婚約でも結婚でもしやがれ!全力で盛大に祝ってやろうじゃないか!


「エリシア……」


私の前に立ちはだかるのは、青い顔をしたルーディック。


「おはようございます。ルーディック様」

「おはよう、エリシア。その背中のものはなに?」

「どうだ!これでお前は私に近づけない!」


くるりと背中を見せた私は、胸を張る。

背中に届いたルーディックのため息に満足感を覚え、振り返ろうとした私の肩にどさりと重い腕が乗った。

え?と思ったときには全身が重みに襲われ、ぐらりと揺れる。十字架のせいで力が抜けたルーディックが私に寄りかってきたらしい。

お、重い!!


「ルーディック様。何をしてらっしゃるのですか……っ!」


倒れないように踏ん張っていると聞こえてきた声に顔を上げる。イヴェネッタ姫だ。


「おはよう、イヴェネッタ姫。……僕の婚約者を紹介するよ、エリシアだ」


ちょっと待て!何を勝手に!

全身から力が抜けているくせに、ルーディックは私の顎に手を添えて前を向かせる。


「ルーディック様の婚約者……」


呆然とした表情のイヴェネッタ姫。

すぐにでも否定したいのに、ルーディックが重すぎて動けないし声も出ない。


「そう、僕の婚約者だよ。幼い頃から大好きなんだ」


ルーディック!何を言っている!昨日、その話は断っただろう!


「あ、朝からそんなに密着するなんて、な、仲がとてもよろしいのですね!」


ルーディックの頭が乗っているせいでだんだん顔が下がってくる。彼女の表情は見えないが、声の震えでわかる。泣きそうなはずだ。


「そう、仲がいいんだ。片時も離れたくないほど、エリシアのことが好きなんだ」


あまりの重さに膝ががくがくと震える。ルーディックが何を言っているのか聞き取ることさえしんどい。

重い!重い!重い!

震えるイヴェネッタ姫の声をかき消すように、耳元で聞こえるルーディックの声が反響する。


あ。だめ!

もう立っていられないっ!


がくりと膝が折れた瞬間、上に乗ったルーディックに押しつぶされるように崩れる。

ルーディックに覆い被されるように倒れ、私の眼鏡がカシャンと飛んだ。


「い、た……」

「ごめん、エリシア。力が入らなくてどけないや」

「今すぐどけ。死ぬ気でどけ」

「無理だって」


仰向けに倒れているせいで背中の十字架が痛い。上に乗るルーディックも重いし、壊れないか心配だ。


「こんな場所で押し倒すなんて……っ!」

「待って待って!それは違うから、イヴェネッタ姫、助けて!」

「え!?……ええ、大丈夫ですの?」


ルーディックの声に、駆け寄ってくれたイヴェネッタ姫。


「イヴェネッタ姫、ごめん。エリシアを僕の下から出してあげて」

「は、はい。わかりました」


イヴェネッタ姫にぐいぐいと引かれて、なんとか抜け出た私は小さくため息を吐いた。

眼鏡がないせいでぼんやりとしか見えない彼女を見上げた。お礼を伝えようと口を開いた私の頬をイヴェネッタ姫の両手が包む。


「貴女、その瞳」

「その瞳?」

「お名前を教えてくださいませ」

「え?エリシア・グランフィールドです」

「グ、グランフィールド!!まさか、貴女!」


私の髪を手に取ったイヴェネッタ姫は「アイスブルー」と呟く。首を傾げた私の瞳を覗き込んだ彼女は、私の顔をぐいっと豊満で膨よかな胸に押し付けた。


「見つけましたわ!私の水の女神!ああ。こんなに幸せなことってあるのかしら!私、今すぐエリシア様と結婚致しますわ!」


そう言ったイヴェネッタ姫は、私の頬を包んで上を向かせ、その唇を押し付ける。柔らかい唇が触れ、彼女の舌が私の唇をなぞる。思わず開いた口に……っ!


「ん……ふっ」


ま、待って!なに!や、やめ!あ……っ!

膝と腰から力が抜け、崩れそうになった私をイヴェネッタ姫が抱きとめる。


「ああ。エリシア様、今すぐ食べてしまいたいわ」


何が起きてるのかわからない。体に力が入らない。

今、私、何されたの?何?どういうこと?


「イヴェネッタ姫、僕のエリシアに何をしたの?」

「あら、ルーディック様。いらしたのですね。私のことは忘れてくださいませ!」

「僕の女神を返して」

「いいえ、私の水の女神ですわ」


ちょっと待って!ちょっと待って!ちょっと待って!

誰か今すぐ状況を説明してっ!


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