男女遊撃剣士バディは、恋愛においても互いを気にしていたようです。
エルオード王国のロデイク平原に、大量の魔物が発生しているとの情報が入った。
定期的にやってくる、魔物の大量発生。それは、冒険者にとっては稼ぎ時でもある。
「おら!! まったく、キリがないな……そっちはどうだ、ジェーン!」
「もう息があがってるの、ギル! 討伐数は私の勝ちね!! あははは!」
ジェーンが剣を横に薙ぎ払えば、ゴブリンや若木トレント程度の魔物は軽く吹き飛んだ。
二人が相手にしているのは、無数の魔物。戦っているのは、ギルとジェーン、それに二十組の冒険者たち。
「ジェーン、ルカロスたちのパーティが苦戦している! 助けに行くぞ!!」
「んもー、身の丈に合わない一つ目の巨人なんかを相手にしているからー!」
自分の好きなように戦いたい。だからジェーンは普段、複数組み編成のレイドパーティーには参加しないのだが、討伐のお金が良かったから仕方がない。なにより、これだけの魔物と遭遇することは滅多にないのだ。ジェーンの討伐魂に火がつくのは当然だった。
ジェーンがギルとともにルカロスのパーティーの元へと急ごうとしたとき、黒い翼と蛇の尻尾を持った四つ足の合成獣、キマイラが二人の前に立ちはだかった。
「このキマイラだけ倒したら行くわ! 先に行ってて!」
「わかった、気をつけろよ!」
ジェーンがキマイラに斬りかかると同時に、ギルはルカロスの方へと走り出す。
信頼してくれていることが心地良い。
「たぁっ!!」
突き出した剣は、素早い身のこなしによって避けられる。
ジェーンは剣をそのまま横に薙ぎ払うと、キマイラの翼を片方切り落とした。
シャアアアッと音がしたかと思うと、キマイラの尻尾がジェーンの顔に襲いかかってくる。
「あはは!!」
ジェーンは目を見開くと、左手で蛇の体を捕まえる。
その蛇をキマイラから切り離そうとした瞬間、四つ足の方の顔がガアッとジェーンに牙を剥いた。
「ふんっ!」
尻尾を助けようとしたその顔に向かって剣を差し出すと、勝手にキマイラの顔は剣に飲み込まれていく。闘気を剣に注入してキマイラの体内でオーラバーストスキルを発動させると、情けない断末魔が辺りに響いた。
「楽勝っ!」
ジェーンが視線を先にやると、ギルがサイクロプスの左腕を斬り落としたところだ。
「ギルーーーーーーッ!!」
その名を叫びながら、ジェーンはギルへと突進する。
ギルは一瞬でジェーンの意図を汲んでくれ、剣を手放すと組んだ指を膝の高さまで落とした。
「来い!! ジェーン!!」
「あはっ」
ジェーンがその手に右足をかけると同時に、ギルによって押し出される。
空中へと高くジャンプしたジェーンは、大きく剣を振りかぶって闘気を身に纏う。
サイクロプスの大きなひとつ目がジェーンを追い、ぎょろりと瞳を上に移動させた。と同時に、サイクロプスの右手がジェーンを叩き落とそうと持ち上がる。
「ざーんねん」
ジェーンが歌うように言ってニッと笑った瞬間、サイクロプスの腕に斬り目が走った。
サイクロプスの足元では、剣を拾うと同時にソニックスラッシュを打ち上げたギルの姿。
遮るものがなにもなくなったジェーンは、闘気を剣に移動させる。
「サベッジディバイト!!」
闘気の波が剣筋に残像を作りながら、大きな目玉に目掛けて真下に吸い込まれていく。
ジェーンが大地に足をつけると同時にサイクロプスの体はきれいに真っ二つに割れ、青い血を噴き出しながら左右にズズンと倒れた。
「ルカロス! この討伐数は私たちがカウントするわよ!」
ジェーンの言葉に、ルカロスが「へーへー」と諦めたように声をあげている。
「ギル、あっちにマンティコアがいるわ! 私たちのものよ!!」
「あっちに行くなら、ついでにスプラのパーティーの加勢をしてから行く!」
「実力のない奴は放っておきなさいよ! 先に行くわよ!」
「すぐに追いつく!」
そうしながらもギルとジェーンは、この戦いで一番の討伐数を誇ったのだった。
***
王都の冒険者ギルドを出たジェーンは、たんまりと入った金貨袋を両手でじゃらじゃらと握りしめる。
「ほーっほっほ、たんまりたんまり」
「しばらくは遊んで暮らせそうだな」
「ギルが討伐数を譲ったりしなければ、もっといっぱい稼げてたのに!」
「あっちにも生活があるんだから、少しくらい譲ってやれ」
「ふんっ、侯爵家のおぼっちゃまは余裕よねっ! 将来の生活なんて心配しなくていいんだからっ」
「家督は弟に譲るって言ってるだろ。俺はただの冒険者」
この男はバカではないだろうか。
侯爵家の嫡男という立場でありながらそれを捨て、一介の冒険者であろうとしている。
確かにギルの実力はジェーンも認めるところであるが、冒険者は生涯にわたってできる仕事ではない。まぁギルは、家柄的にも実力的にも性格的にも、ギルドマスターになれる器なので問題ないのだろうが。
「んじゃ、私は銀行が閉まる前に預けてくるわ。ギルは?」
「ルカロスに呼ばれてるから、一度家に顔を出してから酒場に行ってくる」
「ふーん? じゃあ、また後でね」
「ああ」
ジェーンは一旦ギルと分かれ、銀行にお金を預けに行く。いくらかを手元に残しておくと、ジェーンは弟の待つ自宅へと向かった。
「ただいま、テディ」
「おかえり、ねーちゃん!」
まだ十二歳になったばかりの弟が、嬉しそうにジェーンを迎えてくれる。
ジェーンの家族はテディのみ。両親はテディが生まれて一年後、魔物に襲われて死んでしまった。ジェーンがまだ十歳の時のことだ。
それからジェーンとテディは、父親の遠縁にあたる人物に育てられたが、そこでの暮らしは真っ当な生活とはいえなかった。
日常的に罵倒され、食事も一日に二回出れば良い方。幸い、暴力を振われることはなかったものの、邪魔者扱いされてこき使われる生活が五年続いた。
そしてジェーンが十五歳になると同時に、『あんたはもう大人なんだから、ここを出て弟を養っていきな』といわれ、テディと共に家から追い出されたのである。
一文なしで外に放り出されたジェーンとテディに、お金と希望を与えてくれたのがギルだった。
それはきっと、少しの同情と金持ちの道楽──
──であったのだろうと、ジェーンは思っている。
ギルは、ジェーンの〝潜在闘気〟がやたらと多かったから、と後日言い訳していたが。
ギルの持つ特殊スキル〝闘気解析〟で、ジェーンの得意な武器や攻撃系統等を教えてくれた。
当時のことを、ジェーンは鮮明に覚えている。
『君の闘気と俺の闘気は相性がいい。俺と組めば、生きるのに必要なお金は手に入るようになるはずだ』
そういわれながら差し出された手を、取らないはずはなかった。ジェーンはテディと暮らしていくためのお金を、なんとかして稼がなければいけなかったのだから。
ギルはジェーンに、剣とこの家を与えてくれた。そして、剣のいろはを叩き込まれた。ギルはジェーンより五歳年上で、この時騎士養成学校へと通っていて卒業間近だったらしい。
しかしジェーンが剣を習い始めて一ヶ月も経たぬ間に、一緒に冒険者登録を済ませて学校の方は休学、そのうちに辞めてしまった。
それからギルとジェーンは六年もの間、二人で魔物狩りをしてきた。
金持ちの行動にしては、行きすぎた道楽である。
ギルは一体、なにを考えてるのかしら、まったく。
ジェーンは乾いた喉を潤すため、ぐいと水を口に含ませたその時。
「で、ギル兄ちゃんとはいつ結婚すんの?」
テディの言葉にブーーーーッと鼻から口から水を噴射させた。
「ごふっ、かはっ!!」
「うげ、ねーちゃん汚ねー!!」
「あんたがバカなこというからでしょ!!」
「なんで? ねーちゃんはもう二十一だし、ギル兄ちゃんだって二十六だろ」
「年齢のことじゃないんだってば!」
「でもねーちゃん、ギル兄ちゃんのこと好きじゃん」
再度口に運んでいた水をまたもやブバッと噴き出した。
この弟はなにを勘違いしているのかと、頭ひとつ分低いその顔を横目で見る。
「ちげーの?」
「ちがう!!」
「でもいつも一緒にいるじゃん」
「それは、ただのバディってだけで……っ! それだって、いつかは解消するんだからっ」
「……そーなの?」
「そーよ!」
そう、ギルとバディになったのは、ただの成り行き。
同情心が強い金持ちの、きまぐれな道楽。
給金が保障されている騎士職を選ばず、収入が不安定な冒険者を選択した侯爵令息。ギルの頭はおかしいとしか思えない。
「ちょっと出掛けてくるっ」
「ギル兄ちゃんのとこ?」
「うるさいっ!」
テディにはそういったものの、結局は冒険者ギルドに隣接している酒場に向かってしまった。ルカロスと話すというと、どうせそこだろう。
中を覗くと、いつもは賑わっている酒場も、今は人が少なかった。大きな戦闘があった後だから、もう少し夜が更けてから、大盛り上がりになるに違いないが。
「ギル、俺らのパーティーに入らねぇか」
入ろうとした瞬間、ルカロスの声が飛び込んできて、ジェーンは思わず隠れた。
店の外側からギルの座っている窓の下に移動し、そっと盗聴する。
「ゼロ溜めのソニックスラッシュがあの威力とか、ほんとすげーよ、お前は」
からからと笑いながらそういうルカロスの声が聞こえてくる。
ギルは先程の問いに、なんと答えたのだろうか。
「それに周りもよく見えてる。お前のおかげで助かったパーティーが何組もいる。ジェーンの勝手に振り回されるより、うちのような堅実なパーティーに入る方が、お前の力は発揮できるはずだ」
ルカロスのパーティーは、アタッカー役に戦士と魔法士、盾役、治癒役の四人でバランスがとれている。ここに遊撃としてギルが加われば、安定どころかパーティーレベルはぐんと上がるだろう。
ヘッドハンティング、か……。
よくあることだ。
なにもギルに限ったことじゃない。むしろ、今までずっとジェーンとバディでいてくれたことの方が不思議なくらいである。
「ルカロス……その話は何度も断っただろう」
「何度だって口説くさ。うちには希少な治癒士がいる。遊撃剣士コンビじゃ討伐に限界があるだろ」
「だから、俺とジェーンはコンビなんかじゃないといってるだろ。何度もいわせるなよ」
傷つくより先に、苛立ちがジェーンを支配する。
俺とジェーンはコンビなんかじゃない
ギルの声が脳内で再生された瞬間、ジェーンはすっくと立ち上がっていた。
「おわ、ジェーン!?」
いきなり窓の外に現れたジェーンに、ルカロスは『しまった』という顔をしている。
その対面でいつもの不敵笑いをしているギルが、さらにジェーンを苛立たせた。
「ギルなんぞ、ルカロスのパーティーにくれてやるわよ!」
「え、マジで?」
「おい、ジェーン。ルカロスも真に受けるな」
「なによ! 別に私だってねぇ! ギルがいなくたって、ソロでやれる実力があるんだから! 足手まといのギルなんて、こっちから願い下げよーーーー!!」
いうだけいってやると、ジェーンは街の外に向かって走り始めた。
こんな時は、魔物をぶった斬ってやるに限る。
なによ、コンビじゃないとかさ……!
六年も一緒にやってきたっていうのに……!!
くさくさした気持ちを解消したいのに、こんな時に限って魔物一匹見当たらない。
この辺り魔物を倒したばかりなのだから、当然ともいえるが。
「くっそー、ストレス発散もできないじゃないのっ!!」
「なにをそんなにストレスを溜めているんだ」
後ろから声をかけられたが、ジェーンは振り向かなかった。相手が誰かはわかっていたから。
「別にっ!」
「心配しなくても、ルカロスのパーティーに入ったりするわけないだろ」
「心配してるのはギルの方でしょ!? 私はもう一人前の冒険者で、誰の助けも必要ない! もうギルよりも強いんだから! 一人でなんだって、出来るんだから──」
事実をいっているにも関わらず、なぜか目から熱いものが流れてきた。
本当は怖い。
一人で戦うことは。
いつも、いつでもギルが支えてくれた。だからジェーンは、どんな無茶だってできた。
今回、一番の討伐数を誇ることができたのも、ギルの補佐のおかげだってちゃんとわかっている。
後ろにいたギルの手がジェーンの肩に触れたかと思うと、ぐるりと振り向かされた。
目の前のギルの、少し驚いたような顔。気づけばジェーンの目からは、滝のような涙が流れていた。
「ジェーン」
ジェーンは自分勝手な戦闘しかできない。が、ギルは違う。
彼はジェーンのバディ程度で収まるだけの人材ではないのだ。騎士にだってなれるし、もっと都会に行けばレベルの高いパーティーと組むこともできるだろう。
ギルにとって、パーティーを組む相手がジェーンである必要はまったくない。
あの日、生きる術を与えてくれたギルは、同情心と責任感から一緒にいてくれているだけ。
「お前、ほんっとうに気が強いよなぁ」
泣いているジェーンに向かって、ギルはそんなことをいいながらクックと笑っている。
「なによ……悪かったわね……っ」
「けど、ジェーンが弟思いなところも、本当は人一倍寂しがり屋だってことも、俺はわかってるから」
優しい目をしながらそんな言葉をかけられると、余計に涙が溢れてくる。
自分のことを知ってくれているのが、たまらなく嬉しい。
「なんで、わかって……っ」
「俺たちは二人組ってだけじゃない。心を通わせた、相棒だろ?」
コンビじゃない。そういっていたのは……バディ、だから。
「……うん……っ」
ジェーンは、唯一心を許せる男の胸へと飛び込んでいた──
***
「ただいま、テディ」
「お邪魔するよ」
弟と暮らしている家に、ギルも入ってくる。テディはギルのことが大好きなので大喜びだ。
二人でボードゲームだなんだと楽しそうにやっているのを、ジェーンも覗いて楽しむ。
「なぁ、ギル兄ちゃん」
「ん?」
ボードの駒を動かしながら、ギルが顔を上げた。
「ギル兄ちゃんは、いつねーちゃんと結婚してくれんの?」
急にとんでもない質問をするテディに、「は、ばかっ」といいながら弟の頭をはたく。
「いってー!」
「俺は今すぐでも、全く問題ないんだけどな」
さらりと答えてくるギルに、ジェーンは目を見広げるやら瞬かせるやら大忙しだ。
「な、なにいってんの、ギル! バカなの!!」
思わずひっくり返ってしまった声。ギルにクスッと微笑まれて、恥ずかしさが増す。
「も、もう……っ! 」
にやけそうになった顔を見られないように、ジェーンは二人に背を向けてお茶でも入れようとキッチンに向かった。
すると後ろから、また男たちの会話が聞こえてくる。
「ねーちゃん、あんなだからなぁ。行き遅れるの確実だよ……」
「心配するな、テディ。行き遅れても俺がいるだろ」
「そうだけど、のんびり構えてると他の男に取られっちゃうぜ、兄ちゃん。あれでねーちゃんは美人だから」
「そうだな、気をつけるよ」
ジェーンの顔は熱すぎて、もう後ろを振り返ることはできなかった。