環境整備
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また船に乗って一日以上かけて帰るのは嫌だったので、《空間移動》を使って帰った。
試しにやってみたら案外簡単に出来てしまったのだが、グリム達が驚いていたのでおそらく難易度の高い能力なのかもしれない。
空間移動によって、外壁の中へ瞬時に戻れてしまい、それこそ結界の意味を考えずにはいられなかった。
帰ってすぐに、ヴァンやゴブリンたちが出迎えてくれた。
まずは3人を紹介しようと、ヴァンに皆を集めてもらうよう頼もうと思ったのだが、グロリオに頼んだ方が早そうだ。
ヴァンに頼むと、1人ひとりに声を掛けて集めるような気がする。結果的にグロリオに頼んで正解で、案の定大声で皆を集めてくれた。
「まず、彼らを紹介する。右からグリム、ホビット、ウェーランドだ。ウェルス小国で鍛冶屋をやっていたのだが、俺の配下となり、今日からこの地で暮らすことになった。仲良くして欲しい。それから――」
「初めまして。俺はヴァンと申します。隣はゴブリン族の長、バイカです。ほかの者の名は後ほど彼から聞いて頂ければと思います」
この数のゴブリン全員を紹介するのは面倒だなと思っていた矢先、ヴァンが自己紹介がてらその問題を解決してくれた。
さすがはヴァンである。
「さっそくだが、彼らにはこの壁内の整備を手伝ってもらうことにする。お前たち、家を建てたりも出来るか?」
「問題ないぜ。それならウェーランドの得意分野だ」
「助かる。では、役割分担して作業に取り掛かってもらいたい」
女性陣と子供たちは、食事の準備。安全のためバイカも同行させたのだが、マリーと一緒に行動できることに涙を流して喜んでいた。親バカである。
グロリオ率いる13名は、木材の調達と、食料の調達。俺がウェルスへ向かう際に討伐した手長蜘蛛も数体転がってると思うから、その回収も頼んだ。
ウェーランドには、ヴァンが書いた図面を元に家を建ててもらうことにした。残ったゴブリン達は、ウェーランド筆頭の元、建築にあたって貰う。
グリム、ホビット、俺は、その他の設備についての話し合い。
ヴァンには、これら全体の指揮官の役割を与えた。
皆の邪魔にならないよう、端に寄って話し合い開始だ。
生活の三大要素である衣・食・住、一応揃ってはいるわけだが、掘り下げるほど不足部分が出てくる。
衣についてだが、ゴブリンたちの服装は藁を編んで作ったようなもので、丈夫に出来ているがとても原始的だ。布団やカーテンなども欲しい。これらに関しては、裁縫技術に長けているホビットが何とかしてくれるそうだ。
生地の元となる繊維類はウェルス小国から多めに持ってきたのでしばらくは何とかなるだろうが、限界はある。俺の能力で複製しても良いが、手作業で作られた物に比べると、耐久性等がどうしても劣ってしまう。
早々に繊維を手に入れるルートを探す必要があるだろう。
次に食についてだ。
残念ながら、グリムたちも料理に関しては知識が乏しかった。今のところ果実や討伐した魔物で食い繋いでいるが、いずれは飽きが来るだろう。主に俺が。
耕作などできればよいのだが、そのための土地と水の確保が必要だ。
そして住について。これは、病院の個室を参考にした。
必要最低限な設備が用意されている病院の個室にあったのは、洗面とトイレの2つだ。1日数万円するような豪華な病室にはシャワールームが付いているようだったが、俺たち庶民が使うような病室にそんなものはない。男女別のシャワー室が用意されていて、そこを共同で使っていた。
なので、各家に最低限必要な設備は洗面所とトイレ。あとは、まあ出来ればの話だが、台所があれば十分だろう。
住居はウェーランドが担当しているのでその旨を伝え、本題である全体的な環境の設備についての話をした。
まず、壁内の配置を考える。ホビットが見取り図を書いてくれるようだ。
真っ先に意見が出たのは、俺の家をどこに置くかという点だったのだが、俺を除き、万丈一致で“壁内上部”という案で解決してしまった。
中央じゃなくて良いのかと質問すると、俺の家は他よりは大きめに作る予定だから、中央に配置してしまうとその周辺が圧迫され困る、とのことらしい。
逆に、ヴァンは司令塔の役割もあるため、指示の通りやすい中心部に配置するようだ。
あとは種族ごとにまとまって居を構えた方がいいだろうということで意見がまとまった。
鍛冶や溶接などをするにあたって専用の場所が欲しいというグリムたちの要望もあり、いつでも作業出来るように、彼らの家と隣接して工房を作ることにした。
風呂についてだが、魔物にはあまりそういった習慣がないみたいだった。
が、俺の理想は種族関係なく仲良く暮らすことだ。
裸の付き合いともよく言うし、風呂場は設けたい。俺の家に1つと、10平米ほどの公衆浴場を男女で1つずつ設けることにした。
壁内の町並みだが、個人的に城下町や温泉街のような感じが好みだ。だんご屋とか饅頭屋とか、そういう茶菓子の店もいつか出せるようにしたい。
河川やそこに架かる橋、灯が並ぶ石畳の路地など、イメージする街の要点のみを伝えただけだが、さすがは達人とでも言うべきか。あっさりと内容を理解してくれたので助かった。
2週間程経った頃。
皆が頑張ってくれたおかげで、あっという間に予定していた建物や設備が完成した。
余った区画も整備され、今は資材や食材置き場として使われている。
あとは水周りの問題を解決すれば、完璧に生活ができる状態だ。
そう、全ては順調のように思えていた。
あいつが来るまでは。