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その男

 


 ***



 ウェルス小国まで来たことだし、せっかくだから少し店でも見てから帰るか。

 そう思い、気の向くままに歩を進める。


 港に着いてから感じていたウェルス国民からの視線。

 気にしないようにはしていたが、足は自然と人気のない方向へと向かっていた。


 河川沿いにある路地だからか、空気がじめっとしている気がする。

 そんな場所に、一件の店が佇んでいた。

 看板が薄汚れていて、〈キュクロ〉という一部分しか読めない。

 何屋かも分からないが、何となく気になり店内へと足を踏み入れた。


「……これは凄い」


 壁が埋め尽くされるほどの武具や武器、肌触りの良さそうな布地、様々な形の装飾品。

 こんな人気のない場所で店を開くのは勿体ないくらいの上出来な物が揃っていた。

 思いがけず、いい店に入ったようだ。


「いらっしゃい」

「店主か? 勝手に入ってすまない。しかしどれも一級品の物ばかり置いているのだな」

「そうかい。そりゃ弟子が聞いたら喜ぶわい」

「なんと。これらは店主のお弟子さんが作ったのか。素晴らしい」


 この短剣1つにも丹精と時間をかけ丁寧に作り上げたのがよく伝わってくる。

 この短剣1つで、魔物の討伐も今より数倍速やかに行えそうだ。


「その短剣が気に入ったのかい」

「ああ。俺の島にはこういった武器がないのでな。命懸けで討伐に行く者が多いのだが、これがあればだいぶ状況が変わりそうだ」

「島…………そうか、お前さんが……」

「だが生憎、今は手持ちがなくてな。残念だが、次ウェルスに来る機会があったときにでも是非購入させて頂きたい」

「いや、いい。ちょっと待っておれ」


 店の奥へと引っ込む店主。

 鼻の辺りまで伸ばされた髪で顔が隠され、表情が読めない。

 だが、只者ではないということだけは肌で感じていた。









 足音がする。店主の分を除いて2人、……いや、3人分の足音だ。

 さっきの老人が誰か連れてきたのだろう。


「待たせたな」

「いや。……そっちは店主の弟子とかか?」

「ああ。こいつがお前さんが褒めた短剣を作ったやつじゃよ」

「そうなのか。君が作ったあの短剣はとても素晴らしい。切れ味も良さそうだ。手持ちがあれば是非手に入れたいくらいだ」


 彼はとても小さい男だった。

 これがドワーフという種族なのだろう。

 屈強そうな顔付きをしているが、立派な髭が蓄えられたその口元には微かに笑みが零れていた。


 例の短剣を作ったというこのドワーフの他に、ドワーフがもう1人。

 そしてドワーフを人並みに成長させたような種族がもう1人いた。



 短剣を作ったドワーフがグリム。武器や武具の作成を得意としているらしい。

 もう1人のドワーフがホビットと言って、裁縫技術に長けているとのことだ。

 そしてもう1人はウェーランドと言うらしい。ドワーフと人間の間に生まれた、いわゆるハーフだ。彼は鍛冶全般が出来るようだ。


「それで、彼らを何故俺に?」

「お前さんが短剣を褒めていたと言ったら、さぞかし喜んでな。お前さんのことも話したら会ってみたいと言うんじゃ」

「俺の事、というと」

「お前さん、魔王アレクじゃろ」

「っ何故、それを……!」

「何故じゃろうな。安心せい、取って食おうは思っとらんよ。頼みを聞いて欲しいだけじゃ」

「……頼み、というのは」

「こやつらをな、お前さんのとこに連れてって欲しいんじゃよ」

「本気か?」


 一歩前に踏み出すグリムら3人。

 その目に迷いはなく、強い意志が伝わった。


 だが、何故俺なんだ。

 正体を知った上で、何故俺について来ようと思えるのか疑問でならない。


「アレク殿、その短剣は俺が初めて作ったやつなんすよ。処女作っつーやつですわ。見た目も地味ですし、欲しいと言ってくれる奴ぁ今まで一人もおらんかった。だがアレク殿は一目見て素晴らしいと言ってくれたそうじゃあ、ないですか。俺ぁ嬉しくてな。そんな事言ってくれる御方が悪い奴じゃねえって事くらい、俺にも分かるさ。だから俺はアレク殿に付いていきたいんだよ」

「俺は兄貴ほど立派な理由はないでやんす。けど兄貴がこんなに嬉しそうなのは初めて見たんです。兄貴が行くなら俺も行く、それだけでやんす」

「……俺は特に理由はないが、アレクさんの島は俺の先祖がいたとこらしいんですよ。こいつらとも付き合い長いし、それにここにいるとこの爺さんがうるさくてよぉ」


 理由は様々。

 自分のため、兄のため、先祖のため。

 だが、断る理由にもならない。


「俺についてくるということは、この先嫌悪の目で見られることもあるだろう。それでも来ると言うのか?」

「俺達にとっちゃそんなもん屁でもねえっすよ。こんなとこでしんみり店やってるよりも、アレク殿の下で働いてたほうが楽しそうだ」

「そうか」


 おい店主、いろいろ言われてるけどいいのかよ。


 そう思い店主を見ると、手を払う仕草をしていた。どうやら、言われていることも、3人一気にいなくなることに関しても、気にしてはいないようだ。


「俺に断る理由もないし、では今から俺の配下とする。日が落ちる前にはウェルスを立つ予定だ」

「分かりやした。準備か出来次第、港に向かいやす」


 3人が支度をしに店を出る。

 店には、俺と店主だけが残った。




「本当に良かったのか? あの3人を手放して」

「いいんじゃよ。わしはのんびり暮らしていきたいからの。いなくなって清々するわい」

「……名を聞いても良いか」

「ああ……。わしはキュクロープス。父である天空神ウラノスによってこの地へ落とされた、ただの鍛冶屋じゃよ」


 風が吹き、キュクロープスと名乗った店主の顔が露わになる。


 単眼のその老人は、「弟子たちを頼むぞ」と朗らかに笑った。


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