小さな国王
読んでくださり、ありがとうございます!
数日が経ち、ゴブリン族ともだいぶ打ち解けたように思う。
子供たちと遊んだり、食事の手伝いをしたり、たまに現れる魔物を撃退したりと、毎日が充実している。
食事に関してだが、魔物の間では食べ物をそのまま食べるか焼くかの調理法しかないようだった。
調味料があるわけでもないので、味も見た目も質素なものだ。
病院食の方が味は薄いがまだ美味しかったように感じる。
この体になってからは空腹というものを感じなくなったが、やはり食事は美味しい方がいい。
改善の余地があるな。
「お食事中に失礼します」
「バイカ。お前も一緒にどうだ? さっき狩った手長蜘蛛だ。意外と美味いぞ。マリーも手伝ってくれたんだ」
このバイカはマリーの父親である。
ゴブリン族の長らしいのだが、ヴァン並に機転がきき、その役に恥じぬ風格のある男だ。
最近では、マリーが自分よりも俺に懐いてしまっていることに、良くも悪くも頭を悩ませているらしい。
「なんと、マリーがですか! ではそちらを1つ、取っておいてください。……アレク様、隣国ウェルスから使者が来ております」
「使者? こんなとこにか?」
「はっ。結界内には入れないため、伝書鳩を送ってきました」
で、伝書鳩……
この世界では通信手段として使われているのだろうが、まあなんと古典的な…
せめて俺たちの間だけでも、もっと現代的な通信手段を考えなくてはならないな。
「なんて書いてある?」
「……『我がウェルス小国の国王様が、統治者との対談を望んでおられる。従って、統治者のみ我らと共にウェルス小国への同行を願う。尚、君主の治める国と民には一切手を出さないことを保証する』」
「……なるほど」
うーん、面倒案件極まりない。
しかし断るわけにもいかないよな。
小国と言うくらいだから国も人口も少ないのだろう。
安全を保証することでお互いに被害を出さないようにしようとしているのか。
「アレク様、ウェルス小国はこの世界で数少ない、魔物が国を治めている地域です。アレク様お1人というのも気になります。何か裏があるのかもしれません」
「ああ、俺もそこに引っかかっていた。だが、そこまで直接来られてしまっては断ることもできないだろう」
「ですが……!」
「俺はちょっと行ってくるから、ヴァンはここを頼む。あの水晶もまだまだ発掘途中だろ」
「……かしこまりました」
食べかけの手長蜘蛛をバイカに渡し、マリーの横に座るよう促す。
バイカと俺を交互に見るマリーの頭をくしゃっと撫でた。
「じゃあ行ってくるから、ヴァンもバイカも皆も、少しの間留守を頼む」
「お気を付けて」
飛び方のコツも掴み、だいぶ慣れてきた。
伝書鳩が飛んできたと想定される方向に、途中すれ違う魔物を討伐しながら向かう。
こんな遠くまで来る機会がなかったので知らなかったが、ここ島と呼ぶには広すぎるな。国として数えても支障がないレベルだ。
そして気付いたことがもう1つ。
結界は二重に展開されていた。
一重目は範囲は狭いが効力は強い。二重目は効力は弱いが広範囲に展開されたいた。
この結界をどう抜けていけばいいか分からなかったが、物は試し。
俺自身に魔力無効の無効能力をかけてみると、いとも簡単に通り抜けてしまった。
四大魔王は俺を封じるために結界を張ったとヴァンは言っていたが、こんなに簡単に通れてしまって大丈夫なのだろうか。
逆に心配になってしまった。
結界を通りしばらく行くと、目的の者たちはすぐそこにいた。
俺の姿を見ても、誰ひとりとして驚く様子を見せる者がいない。
つまりは、俺が誰か知った上での招待なのだろう。
「待たせたな。では行くとしようか」
作業船のような今にも沈みそうな船の上で、俺は高らかに明言するのであった。
ウェルス小国までは、船で丸1日と半日かかった。
この辺りの海には魔物が生息していて危険なのだとか。
だから感知能力に長けた者がいないと、海の魔物の接近に気付かず襲われて一巻の終わりらしい。
変ところで迂回したり停止したりしていたのはそれが原因か。作業船で来たのも、きっと小回りがきくからなのだろう。
港に着くと、使者3名だったのに対し、今度はその5倍の騎士に囲まれて国王の元へ案内された。
こいつら、兜で顔がよく見えないが全員同じ顔している気がする。
兄弟? それとも、姿形がそっくりの魔物とかいるのだろうか。
聞いてみたのだが、質問に答えてくれた者はゼロ。
なんだよ、無視することないだろ。寂しいじゃないか。
仕方がないので道中を観察して楽しむことにした。
ヨーロッパの田舎にあるような街並みで、妖精でも出て来そうな雰囲気がある。
その雰囲気に騎士ってのがこれまたアンバランスで、一層ファンタジー感が溢れていた。
そんなこんなで楽しみながら連れてこられた家。……家?
えっ、城とかじゃないの?
国王に会いに来たんだよね。
たしかに他よりは若干作りが大きい気もするけど、でもこれ、どう見ても家だよね。
国王ってこんなとこに住んでるの?
もしかして国王と対談って嘘で、実は罠だったりする?
やっぱり騎士たちは答えてはくれない。
無言のまま押されるように応接室のような場所へと連れていかれた。
流れるままに座らされたソファー。
おお、結構座り心地いいな、これ。
この世界に来てからずっと硬い石や木の上で寝たり座ったりしていたから尻が癒される。
つい、ふかふかのソファーを堪能していると、こちらに背を向けていた回転椅子がくるっと回転した。
「やあ、アレクくん! よく来てくれたね!」
そこにいたのは、くるくるの髪の毛に丸い銀縁の眼鏡をした少女。
そう、どう見ても“少女”が両手を広げて俺を歓迎していた。
少女が、聞いてもないのにペラペラと喋り出す。
「あっ、もしかしてぼくのこと覚えてない? まあ仕方ないっちゃ仕方ないか〜! じゃあ自己紹介からね! ぼくは〈七つの大罪〉怠惰の罪の悪魔、ベルフェゴール。ベルって呼んでね!」
「べ……? た、たいざい…」
「うーん、やっぱり覚えてないと大変だなあ。あっ、ちなみに今はここで国王やってるよ」
「……悪いが水をくれるか」
「あ、うん、そうだね!」
ベルと名乗った少女が騎士の1人に用意させた水を一気飲みする。
状況を理解しようと思考をフル回転させ、注ぎ足された水が半分ほど減った頃、ようやく落ち着きが戻ってきた。
「……取り乱してすまなかった」
「気にしないで! それより大丈夫? ぼく久しぶりにアレクくんに会えたからちょっとはしゃぎ過ぎたかも、ごめんね。もう一度ちゃんと説明するね」
いつの間にか用意されていた水菓子を口に含みながら、ベルという少女は語り始めた。
「えっとね、さっきも言ったけど、ぼくは七つの大罪が1人、怠惰の罪の悪魔のベルっていうんだ。で、ぼくたち七つの大罪はみんなアレクくん直属の配下だったの。でもアレクくんはほかの魔王たちに100年の眠りにつかされちゃったじゃない? それで行き場を失ったぼくたちは、それぞれ好きなところで自由に生きてるって感じかな。ほかのみんなが今どこで何をしてるのかは分からないけどね」
「この国の王になったのは何故だ」
「そんなのグータラ生活したかったからに決まってるじゃん! ゴーレム達に指示すれば全部やってくれるし、王だから働かなくてもいいし。あっ、ぼくはゴーレムを生成して動かすのが得意なんだ〜。この騎士たちもみんなゴーレムだよ!」
ゴーレム。操り人形。
だから話すこともなければ皆同じ顔だったのか。
使い道はアレとしても、これだけの量のゴーレムを個々に操れるのは素直に凄い。
すぐ調子に乗りそうな少女なので、本人には絶対言わないが。
「俺を呼び出した理由は何だ」
「理由? うーん、理由かぁ。……ぼくがアレクくんに会いたかったから、かな!」
「……それだけ?」
「うん! それだけ!」
それだけかよ!
叫びたくなる気持ちを必死に抑え込む。
そんな事のために俺は1日半も船で移動してきたのか……
魔物が治めている国からの呼び出しだというから緊張して来たのに、拍子抜けだ。
……帰ろう。
「ぼくの国見てってよー!」という言葉を背に、俺は深く溜息をつくのであった。