花の冠
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何の反応も起きなかったあの謝罪から数時間が経過した。
緊張と困惑が漂う中、ヴァンが気を利かせてゴブリン達に仕事を割り振ってくれたおかげで、何とか今の状況に持ってきている。
家の材料となる木材や赤土、石を運ぶ者。
ヴァンと一緒に図面を見ながら指示する者。
小さいゴブリン達の面倒を見る者。
先程の俺と同じように水晶を集める者。
ゴブリン達は与えられた役割を真面目にこなし、仕事を覚えるのも早かった。
「……アレク様」
懸命に働くゴブリンの中に入っていく勇気がなく、余った木材で簡易的なテーブルを作っていた俺に話しかけてくる者がいた。
まだ小さな赤子を抱いた女のゴブリンだった。
「えっと、君は……」
「アザレアと申します。この子はルビア、女の子です」
「アザレアにルビアか。良い名前だ」
「ふふ、ありがとうございます。隣、よろしいですか?」
「ああ、構わない」
人ひとり分のスペースを空けて座ったアザレアは、ぐっすりと眠るルビアの頬を撫でながら、「聞いていただけますか?」と赤子をなだめるような優しい声で話し始めた。
「私たちは、今も昔もアレク様を嫌っているわけではないのですよ。ただ、どうして良いのか、どう接したら良いのか分からないだけなのです」
ルビアを愛しそうに見つめるアザレアの話を、俺は黙って聞くことにした。
「お目覚めになられてからのアレク様は、たしかに以前のような雰囲気はありません。ですが、魔力がお強いのは変わりない。圧倒的なオーラがあるのです。私たちゴブリン族は、力がとても弱いです。戦う術がなく、唯一の武器である棒切れでは戦力にすらなりません。そんな私たちをアレク様は配下にしてくださいました。何の役にも立たない私たちを配下に置くことで、守ってくださったのです。ですから私たちは尊敬と畏怖の念を抱きつつも、アレク様に忠誠を誓いました。その忠誠心は、その時から今もずっと続いております。……先程も申しましたが、アレク様と私たちには比較する事すら恐れ多いほどの実力差があります。そしてそのお力の真の強さを私たちは100年前に体験しています。ですが私たちは、そのお力で守っていただくためにアレク様の配下として居続けていることも事実なのです。100年前アレク様に何が起き、どうしてあの悲しい出来事が起きたのかは分かりません。それでもアレク様という存在を利用して生きてきたのは私たちです。だからこそ忠誠心も変わらない。私たちが勝手にしてきたことに、アレク様が罪悪感を抱く必要はないんですよ」
アザレアの言葉には、重みと優しさがあった。
100年前に配下である彼らにも恐怖を与えてしまった事実。
今も彼らに恐れられているという事実。
自分たちのためだと言って、それでも俺の元に残ってくれたという事実。
「それに、大丈夫ですよ」
アザレアの細い指が俺の手に重なる。
「大丈夫です。だって、アレク様の手はとても温かい。それに見てください、ルビアもほかの子供たちも、全然貴方を怖がってない」
言われて周りを見渡してみる。
俺が横にいると言うのに、アザレアに抱かれるルビアは相変わらずすやすやと眠っている。
走り回って遊んでいた子供たちも、俺の視線に気付くと恐る恐るといった感じで近付いてきてくれた。
「あの、アレク様……」
「なんだ?」
「あのね、これ作ったの。だから、アレク様にあげる」
差し出された手にあるのは、青、赤、白の花で作られた花冠。
その不器用な見た目から、小さな手で一生懸命作ったのだろうということが伝わってきた。
「君の名前は?」
「ま、マリー……です」
「そうか、マリーか。これ、受け取るよ。とても綺麗だ、大切にする」
「……うん!」
受け取った花冠を被る。
その様子を、アザレアはふふっと笑いながら見つめていた。
どうやら家が完成したらしい。
ヴァンに呼ばれ見に行ってみると、日本家屋とは程遠い簡素な掘っ建て小屋が1つ完成していた。
ヴァンを始め、関わった者全員の顔が落ち込んでいる。
「すみません。知識のない俺たちではこれくらいの物しか建てられず……」
「いや、十分だろう。むしろ知識のない状態でよくここまでやってくれたな。それにしても、半日かけてようやく一戸か。お前たちはどこで寝るんだ?」
「私どもは地べたで十分でございます」
「俺も数日眠らなくても平気ですのでお気になさらず」
いやいや、そんな訳にいかないだろ。
地面の上で寝てる中、俺だけ家で寝るとか有り得ない。そんな事されたら逆に気になって眠れない。
そういえば能力でコピーとか出来ないのだろうか。
さすがに生命あるものをコピーする事はできないだろうが、試しにやってみる価値はあるな。
掘っ建て小屋に向けて手をかざす。
「《複製再現》」
……何で俺はこんな言葉知ってるんだ?
何かの小説にあった台詞だろうか。
まあいい、考えるのも面倒だ。元魔王だし出来て当然ってことでいいか。
ワーッと歓声の声に引き戻される。
どうやらコピーが出来たようだった。
同じ作業を10回繰り返し、計11の掘っ立て小屋をコピーした。
「1つはヴァン、残りはゴブリン族の皆で使ってくれ。もう暗いし、今日は一先ず休むことにしよう。また明日からよろしく頼む」
「アレク様、よろしいでしょうか!」
オスのゴブリンが質問して来た。
家の建築にあたって率先して動いてくれていた者だ。
「グロリオと申します! ずっと言いたくて我慢していたことがあり、失礼ながら申し上げます!」
何を言われるのだろう。ずっと我慢していたと言うし、グロリオの周りのゴブリン達も止めに入ろうとしている。100年前についてのことだろうか。それとも別のことだろうか。
だが、何を言われても仕方がない。
拳をぎゅっと握りしめて、グロリオの言葉を待つ。
「その、……頭に被っている物、とてもお似合いでございます!」
……は?
止めようとしていたゴブリン達が、あちゃーという顔をしている。
ヴァンとアザレアに限っては、笑いを堪えられず吹き出していた。
「すみません! もうずっと言いたくて仕方がなかったのですが、アレク様は何やら子供達と作業中でしたし、言うタイミングを失ってしまいまして……言うなら今しかないと!」
「……これはマリーが俺にくれたのだ。がまさかこんな綺麗な物を貰えるとは思わなかったので、つい嬉しくてな」
「左様でございましたか! では、今はそれがアレク様の王冠ですね」
「王冠、……ああ、そうだな」
大切にしよう。
この王冠も、ヴァンも、ゴブリン族の皆も。
そして、この先俺と関わりを持ってくれる全ての者を。
そう思った。
ちなみに、吹き出すほど爆笑していたヴァンには、仕返しで子供たちにくすぐられるの刑を下した。