洞窟と島
この状況を堪能すると決めたからには、知っておかなければならない事がある。
「悪いがこれまでの事を簡単に説明して貰えるか。100年も眠りについていたせいか、記憶が混乱しているらしい」
「かしこまりました。では簡単にご説明させていただきます」
コホンと咳払いした青年は俺の前で何故か跪き、耳障りの良い声で語り始めた。
――――今からおよそ108年前のことです。
五大魔王の1人であったアレク様は、互いの統治下は干渉しないという魔王間での暗黙の了解を破り、その強い魔力と支配権を利用し8年間に渡り破壊の限りを尽くされました。
結果、種族問わず魔物も人間も多く死に、これまで目指し築き上げてきた人間との共存も白紙となり、アレク様の配下であった七つの大罪を含め、多くの者が去って行きました。
アレク様の元に残った者はこの俺、…私ヴァンと、力の弱かった数十名のゴブリンのみでございます。
了解を破ったことでアレク様は魔王としての称号を剥奪され他の魔王の方々からこの島へと飛ばされました。
更に100年の時を眠りにつくという罰を受けたのでございます。
そして、アレク様が眠りについてから今日でちょうど100年目となります。――――
「なるほど、ありがとう」
「えっ」
「え、何?」
「いえ、なんでもありません……」
なんだよ、そんな化け物でも見たような目して。
まあ魔王らしいからな、俺。いや元魔王か。剥奪されたし。
たしかに手のひらによく分からん焼印みたいなのがあるわ。これが烙印なのだろうな。
そして、異世界冒険生活! とかそんな感じではなかった…
うーん、どうせなら勇者とか妖精王とかそういうキラキラした感じのやつが良かったぜ。
そっちの方が断然俺好みだ。
俺が夢に見てた異世界生活は、みんなで楽しく仲良くがモットーだったからな。
てか、100年前のアレクは何やってんだよ。ほかの魔王のみならず全世界の敵じゃねーか。
どんだけ自分に酔ってたんだ、恥ずかしい。
ほかの魔王もよく100年の眠りで手を打ったな。
どうせなら滅ぼすなりすれば良かったと思うんだけど。
「昔の俺、相当イカれてるな。よく100年で許されたもんだぜ」
「……アレク様のお力はとても強く、4人の魔力を持ってしても100年の眠りにつかせるということしか出来なかったようなのです。ですので、現在の四大魔王様たちは当時アレク様を眠りにつかせた後、この島の周りに強力な結界を張られました」
「あー、対象が俺だから魔力が効きにくいと」
段々理解してきたぞ。
つまりかなり簡易的に言えば昔の俺、というか魔王アレクはかなりの馬鹿だったというわけだな。
「で、ヴァンくんだっけ?」
「ヴァンで結構です」
「じゃあヴァン。格段に力が弱いって訳でもなさそうだけど、何で君は100年もの間この場所に留まってくれてたんだ?」
「……あまり言いたくはありません」
「何か訳ありって感じか。別に言いたくないなら言わなくて良い」
「……あの、本当にアレク様ですか?」
「え、何?」
「い、いえ、大したことでは…すみません。ところで先程お話したこの島の地形の事についてですが、どうされますか」
だいぶ強引に話題逸らしたなこいつ。
そういや、俺が起きるなり早々にそんなこと言ってたな。
地面に敷かれた紙に視線を移す。所々に細かくメモも書かれていて、努力した様子が伺えた。
何だこの子、時々口調が荒くなるけど良い奴じゃないか。
「地図だけ見てもなぁ、実際に見てみないことにはなんとも」
「確かに仰る通りですね。では、アレク様がよろしければ、今からこの洞窟内と周囲の案内をさせていただきますがいかがでしょうか?」
「今から? まだ外暗いんじゃないか?」
「そうですね。まだ日が昇る前ですので、恐らく暗いかと。しかし私たち魔物は外の明るさなどはあまり関係ありませんので」
「あー……」
さっき瞳孔を調整しろって言われたばっかだったな。
ていうかどうするかなんて聞かれても知らねぇよ。
逆にどうしたらいいんですかね、ヴァンくん。
岩と石で囲まれたこんな場所でうじうじ文句言ってても仕方がないので、重たい腰を上げ、とりあえず案内される事にした。
まず初めに案内されたのは、この洞窟内だ。
先程までいた部屋を出ると、やはり変わり映えのない灰色の風景。剥き出しの土と岩が遠くまで続いている。
と言ってもこの洞窟に住んでいるのは俺とヴァンだけのようで、「ご覧のように、何もありません。あちらが入口です」とだけ案内されて終わってしまった。
数十名のゴブリンはどこにいるのかと聞いたら、彼らはこの洞窟の少し離れた場所に住処を作って暮らしているらしい。
「なあ、そういやさっき思ったんだけど、私って言うのやめてくれないか? お前絶対第一人称それじゃないだろ」
「ですが、アレク様は私の仕える主ですので」
「その俺がやめろって言ってるんだよ。言い慣れてない感あって、なんか気持ち悪い。てか初っ端から俺って言ってたしな。それに、あんまり堅苦しい話し方されると距離感じるし、俺が困る」
「失礼しました。ですが口調については、なかなか……」
「まあ、もう少し砕けた感じで接してもらえると嬉しいってだけだ。ゆっくりでいいからさ」
「……かしこまりました」
えぇ、何なの今の間。俺怒らせるようなこと言ったか……?
もうやだ、お年頃の男子の扱い難し過ぎ。
まあでも、気長に待ってればこいつも心を開いてくれるようになるだろう。
それまでに俺のことを恨んでる誰かに殺されなければ、だけど。ああ、108年前のことを思うと頭が痛い……
「続いてこの島についてですが、この洞窟を中心とし、北に鉱山、東に水源があり、あとは一帯森林となっております。洞窟を囲うようにして結界が張られているため、生物の侵入等はありませんが、外に出ることも不可能ですので、この島に元々住み着いていた魔物が繁殖し続けている状態ですね。どのような魔物がいるからはこちらに書き留めておきましたので、後ほどご覧下さい」
「……ヴァンよ、ここは魔海にある島なんですかね」
「いえ、海自体は人間も入れるような普通の海です」
「そうか。では何故この島には魔物しかいないのだ?」
「アレク様は魔力の強いお方ですので、眠っていても微かに漏れ出る魔力に引き寄せられ、魔物が集まったものと推測します」
「……理解した」
いや、ぶっちゃけ理解したくない。
俺の力が魔物の発生源って恐ろしすぎる。まるでゴミに群がるハエのようではないか。気持ち悪っ。
しかしヴァンが持つ資料をチラ見しただけだが、その一瞬でも分かるほどの魔物の名前と数がずらりと綴られていたのだ。
これに関しては早急に魔力を体内に封じ込める練習をしなくてはならない。
説明を受けながら洞窟の周りをぐるりと一周し終えた頃には朝日が昇り始めていた。
どこから持ってきたのか分からないが、ヴァンがりんごのような実を差し出してきたので、齧り付く。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広まった。
なんだ、普通にりんごじゃないか。寧ろ元の世界で食べていたりんごよりも美味しい気がする。
さて、これからどうするかな……
食べかけのりんごを片手に、俺は段々と白けていく空を眺めるのであった。