できれば普通に登場して欲しい
「えっ、手伝い……?」
ミドリさんが聞き返す。
多分『手伝い』って言葉に反応しただけだと思う。
ちょっと怪訝な声と表情で返しているものの、目はキラキラと輝いていたから、なんとなく察した。
「共同戦線ってことで、フラッグを一緒に潰していくんだよ。目的を共有する方が、お互い都合がいいだろ?」
「うーん、そうねぇ」
デブゴンの持ちかけた提案に、ミドリさんが腕組みをしながら首をかしげて唸る。
確かに共同で別チームのフラッグを奪取すれば、その分、ゲームの終わりが早くなる。もっと言えば、このゲームの勝利にも手が届く。
けど、よくあるデスゲームものって、こういう持ちかけ話の最後は、必ずといいきれるほど、持ちかけてきた奴、またはその仲間が裏切るんだよな……。
「あの、ミドリさん。すっごくいい案だと思うんですけど、僕はちょっと――」
「やりましょう!」
僕の言葉が終わる前に、ミドリさんは賛成した。
マジか……。
手伝いって、何やらされるか分からないのに?
「ミドリさん、大丈夫ですか? まだ大まかな話しか聞いていないですよ?」
「昔のよしみっていうじゃない。デブゴンちゃんは簡単に裏切ったりしないよ。それにこの先、何があるか分からないし、ここは安全な策でクリアしていく方が最善だと思うの」
「……すごく言いにくいんですけど、デブゴンが『手伝って』といったから、なんか手伝わないとって思ったとか……そういうのではないですよね?」
ミドリさんの僕を見る目が一瞬固まったのを見逃さなかった。
「……そんなわけないじゃない。ナオ君も早く、こんな物騒なゲームを終わらせたいって思ってるでしょ? ほらほら、顔が引きつってるよ」
ああ、アタリだ。
多分デブゴンが違う言葉でアプローチしていたなら、もうちょっと悩んだり、考えたりしていたのだろうけど、何気に言った単語で、こうもなびくとは思わなかった。
僕は頭を抱え、地面に向かってため息を吐いた。
「決まりだな。改めて、よろしく頼むぜぇ」
デブゴンが立ち上がり、右手を差し出す。
契約成立とばかりに、握手を求めているようだ。
「ええ、よろしくね。頑張って早く終わらせましょう」
ミドリさんが自らの右手を差し出す。
「ちょほっと待ちねあああああああ!」
握手を遮るように僕らの左手から、女の声が届く。
3人とも声の方向を一斉に振り向く。
そこには、逆光を背負って仁王立ちする人影がひとつ。
「だ、誰だ!」
僕はそのセリフを口にした瞬間、しまったと思った。
太陽光を背に立つキャラに、誰だと問うのは、大抵この後すぐやられる敵側の雑魚キャラと、相場は決まっているのだ。
「フフン……『誰だ』といったな! てめぇ今、『誰だ』といったな?! そのセリフを吐くという事は、お前はこの後、すぐにやられる敵側の雑魚キャラだっ!」
まるで心の中を見透かされているように、そのままを言われてしまった。
逆光でまぶしくて見えないが、女の声はすごく若い。
若いというか、キンキンするようなアニメボイスだ。
僕より全然年下というか、影だけで察するに、合法か違法か……多分『ロリキャラ』だ。
「知らじゃあ、言ってきかせゃしょう。悪を倒して幾年月。流れなぁれて修羅の道……え、えーっと……この世の! 悪を! ……倒して! 幾年月!」
ああ、痛い。
何だか知らないが、別にダメージを受けたわけではないんだが、ちょっと胸の奥に封印した昔の記憶が、シクシクと痛む。
ビシッとキメようとしたのだろう。
が、キメ口上をミスる奴など、ヒーローなどでは断じてない。
……噛み噛みの上、『悪を倒して幾年月』を2回言ったし。
「お、お前はぁっ」
デブゴンがノリノリの抑揚をつけ、影に返す。
「おいやめろ。乗るなデブゴン。話が長くなる」
僕はデブゴンの方を見ずに、小さくつっこんだ。
「ふふっ……お察しの通りさ、アタイは、伝説のチーム『弩頼武』の総長のいもう……じゃなかった。第1の子分! 閃光のハナビ!」
影はポーズをとるが、いかんせん眩しくて、格好いいかどうかすらわからない。
「あらあら」
見えているかは定かでないが、ミドリさんは嬉しそうに手を叩いている。
「おい、あれ。なんかよく見えないけど、あれもしかして、君の家族?」
腕を頭上にかざして日光を遮りながら、僕はデブゴンに聞いた。
サングラスの効果か、デブゴンはポケットに手を突っ込みながら、逆光を直視している。
「家族じゃあねぇ、忠実な舎弟だ!」
「いやでも今、妹って言いかけ――」
「違う。断じて違う。あれは俺の舎弟1号だ! 家族じゃねぇ!」
顔をやや上げて、否定するデブゴン。
格好つけているのか、実は逆光がやっぱり眩しかったのかは、定かではない。
「えっ! ひどい! わたし……家族じゃ、なかったの……?」
影はか細い声で言った。
顔こそ見えないが、声からして、少なくとも半泣きだ。
「えっいや、そうじゃなくてだな。お兄ちゃ……っ俺ぁ、初代総長として、孤高でありたいなっつー精神的な意味でな? や、家族、家族みたいな絆でだな」
「あーほらもう。話が長くなるって言ったよね? あの、すみません。そろそろこっち来てもらっていいですか? 眩しいんで」
僕は影に呼びかける。
もうデブゴンの家族と分かっているから、ひとまず恐怖感はなかった。
「……うん」
若干しゃくりあげた声で、影はこちらに向かってくる。
こちらに近くなるほど、その正体が顕わになった。
影の正体は、あのアニメボイスの通り、少女だった。
夏用セーラー服に、丈の長い学生服――たしか、チョウランだっけ――を羽織ったその体は、非常にちっちゃかった。
あの制服からして、多分中学生……いや、あのちっちゃい背丈で考えると小学生か。
兎に角、ちっちゃい。
全貌をあらわした彼女は、あちこちに擦り傷、切り傷が痛々しく見て取れた。
少女は口にくわえていた串を、吹くように吐いて捨てると、僕を指さした。
「てめぇ今、アタイのこと見て、ちっちゃいを連呼しやがったな?!」
さっきから心を見空かされているのか。
キモチ悪い位、ピタリ、ピタリと言ってくる……。
僕の背中に冷や汗が流れた次の瞬間。
少女は、左足を前に出したかと思うと、それを軸に、右足を擦るように動かした。
「アタイに背ぇの話は、すんじゃねぇっ!」
「やめろハナビ」
デブゴンが、少女――ハナビを制止する。
ハナビは舌打ちをしながら、動きを止める。
地面を擦っていたと思った彼女の足は、僕の左こめかみから数センチに迫っており、僕は横目でそれを確認し、戦慄した。
こめかみまで到達するまでの過程が、カットされたように見えない蹴りだった。
ハナビはゆっくりと足を下ろす。
彼女の蹴りも怖かったけど、それより怖かったのは、ミドリさんが何食わぬ顔でハンドガンの安全装置を外す様子がだけ見えてしまった事だった。
「ハナビ。守備はどうだ」
デブゴンがハナビに聞く。
「上々でさぁ、親分」
そう言いながら、チョウランのポケットから何かを取り出し、デブゴンに向ける。
それは彼女の片手から零れ落ちそうな数の、ドッグタグだった。
まさか、彼女一人であの数を奪ってきたとでもいうのか。
あんなちっちゃ――。
いや、また蹴りを繰り出されては、今度こそ助からない。今思ったことはしまっておこう。
「どうでぇ。ざっとこんなもんで」
「やるな。流石俺の舎弟だ」
デブゴンがハナビの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おうともよ。アタイら『弩頼武』は、最強だからな」
さっきまで泣いていた筈の顔が、無邪気に笑う。
ここだけ見ていると、仲のいい兄弟なんだろうなと、こっちもつい顔がほころびそうになる。
――彼女の、ハナビの傷と、血で赤色にまみれた手の甲を見なければ。
「けど、さすが親分。アタイのこと、よくわかってる」
「お、なんだなんだ。何かあったのか」
「あったも何も――」
花火は踵を返すと、突風のような速さで僕の前を通り抜け、ミドリさんに向け勢いよく左腕を突き出した。
「きゃっ」
ミドリさんは、身体をひねり、寸でのところでそれを躱す。
いきなりの攻撃に、僕がやられたわけでもないのに、心臓がきゅっとしまる感覚を覚えた。
ハナビの突き出した左手には、ナイフが光を湛え、その切っ先はミドリさんの顔があった場所を突いていた。
「え、何……?」
ミドリさんは、目をぱちくりさせながら、言葉をこぼす。
ハナビは跳ねて後方にさがると、ふたたびナイフを構えた。
「何? じゃねぇよ。ここで会ったが百年目。アタイをこんな傷だらけにした事。その命で落とし前つけてもらうよ」
ハナビの目は、先ほどの無邪気さなど欠片もなく、冷たい鋭さを宿していた。