普通は最初に知っておくこと
「じゃあ、まず。こいつを見な」
デブゴンは懐から折りたたまれた紙を取り出して、僕らの前に広げる。
それは地図だった。
青と白にかき分けられたこの街の地図。
所々に赤いマーカーで記されたいマルが9つ。その上からバツで上書きされたものが5つ。
紫の線が、青いエリアと白いエリアの間を縫うように引かれている。
「俺のいも、舎弟が集めたものだ」
「驚いた。君、舎弟とかいるんだ、本当に」
僕は驚いて、デブゴンの話に割って入る。
デブゴンは鋭い目つきで返してきた。
「うるせぇ、黙ってろ眼鏡」
「ちょっと、デブゴンちゃん?」
デブゴンは、ミドリさんのひと声で、舌打ちをしながら話を戻す。
「この青いエリアがこのゲームで動ける範囲。白い部分に出ちまったらアウトだ。赤いマルは、各チームのフラッグがあるところだ」
「この、マルにバッテンがしてあるところは?」
ミドリさんが聞く。
「ああ、そいつは俺らが潰した拠点だ。各チームのフラッグは、置いてある場所がまちまちで、必ずしも最上階や、対象の居る部屋とは限らなかった。まぁそうだな。わかり易いところに置くのは、よっぽどの馬鹿か――」
「――攻撃、または防御に自信があるか」
僕はその続きを呟くようにこぼした。
「そういうこった。まぁ、俺たちが取ったフラッグを守っていたチームは、殆どドのつく素人だったからな。ゴリ押しで楽勝だったぜ」
デブゴンは得意気に言いながら、×印のついた拠点を指でなぞる。
「デブゴンちゃん。まさかと思うけど、そのチームの人たち……殺しちゃったの?」
ミドリさんの言葉に、動かしていた指を止めるデブゴン。
ほんの刹那、沈黙が通り抜けた。
デブゴンは、小さく笑いを吐き出す。
「フッ……心配すんな」
デブゴンは特攻服の内側に手を入れ、重そうな音を立てる何かを取り出す。
それは、太いボールチェーンに提げられた、多数のドッグタグだった。
それらは一様に太陽光を反射し、鈍い輝きを放っている。
「こいつを取っておけば、そのプレイヤーは参加権利を失って、何も手出しはできねぇ。やるなら徹底的にやらねぇと、フラッグを折られたのに気づかずに、かかってくる馬鹿もいるからな」
デブゴンはそのタグたちをしまうと、話をつづけた。
「で、今は新開発地区の商店街付近。ここだな。俺は今から、この赤いマルのついたビルにあるチームに、殴り込みをかけようとしていた。そこへ斯波、お前を見つけたんだ」
「でも、よく私って分かったわね。見ただけで分かるものなのかしら……」
「愛のなせる技……と言いてぇところだが、そうじゃねえ。斯波、お前今日、PDAを持ってねぇのか?」
「PDA……ああ、これかしら」
ミドリさんは鞄を開き、濃緑色の物体を取り出す。
さっきのハンドガンと言い、そのかばんの持つユルふわなイメージとかけ離れたそいつは、ゴツゴツと厳つい外見をしていた。
それはスマホのように……いや、それよりもやや小さな画面がついている。
「鉄砲と一緒に荷物に入っていたけど、普通のスマホのように使えないのよね。多分、何かに使うのだろうから、持ってきてはいたんだけど」
「それがPDA。なんでもよぉ、30年前にこの国で開発が進んでいた、旧世代の遺物らしいぜ。これは設定された赤外線にだけ反応する代物らしくてな。貸してみろ」
ミドリさんからそれを受け取ったデブゴンは、電源を入れ、PDAの側面についていたスタイラスペンを使い、慣れた手つきで画面を押していく。
「今じゃスマホで大体の事ができるからな。PDAそのもの自体は使われていないようだぜ。……ったく。初期設定もしてなかったのかよ。仕方ねぇな……ほら、これでできた」
そうぼやきながら、デブゴンはPDAをミドリさんに返す。
「すごい! ありがとう、デブゴンちゃん!」
「フッ……どうってことねぇよ。このくらい。まぁ、ちったあ俺の事、見直したかい?」
立てていた膝に肘を乗せ、格好つけるデブゴン。
何をやっても『デブゴン』がついてくるから格好はつかないが、まぁあの短時間で色々できるのは、確かに尊敬できる。
「デブゴン。君、なんかその姿に似合わず、こういうのできるんだね」
「お前はいちいち一言多いんだよ、この陰キャ眼鏡! ……設定された赤外線を発する地点で、その『索敵』って項目を開くと、現状のタグを持っている奴の『大体の』位置が分かる」
僕とミドリさんは、PDAの画面を覗き込む。
エリア全体の地図が表示され、赤い印が散在している。
印は特に動くわけでもなく、点灯しているだけだ。
画面の中心には緑色で十字が表示されている。
「赤外線に触れた時の情報で更新される。赤い印は参加者。その緑色が俺たちの今いる場所になる。拡大ボタンを3回押すと、時間はかかるが名前まで表示される。これでお前を、見つけたって、わ、け」
デブゴンは指で銃の形を作ると、ミドリさんに向ける。
なんだろう、こいつのちょっとダサい感じ。どうにかならないのか
「しかしよぉ。もう1つは女の名前だったが、一緒にいるのが、男……物部ってのは驚いたぜ。お前ぇ、タグはどうした?」
「ああ、俺はなんていうか、ミドリさんと買い物に来ていて、巻き込まれたというか……デブゴンが観たタグの情報って、その時に襲ってきた女のタグなんじゃないかな」
「はぁ? じゃあお前、参加してねぇのに、斯波にくっついていやがったのか。斯波ぁ、やはり俺と一緒に来い。参加してねぇ役にも立たない男より、頼りになる男の方が、断然生き残れるぜ」
デブゴンは急に明るくなり、歯を見せながらニヒルを気取る。
得意になって見せている笑顔だが、歯は何本か欠けていて、なんとも格好がつかない。
「あのね、デブゴンちゃん。巻き込んでしまったのは私の勘違いでもあるし、さっきも言ったように私はナオ君と付き合ってて、私が一緒にいたいの。私の責任もあるから、私がナオ君を守りながら、このゲームを終わらせたいの。お願い、わかって?」
ミドリさんが僕を抱き寄せながら、デブゴンに返す。
「……ちっ。勝手にしな。そうだ、斯波。お前、このゲームはゲーム部の手伝いっつってたな」
「そうだけど」
「なら、ついでだ。俺の作戦も手伝わないか」