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普通に忘れていた

「相崎、あいざき りゅうや……ああー」


 何かを思い出したのか、ミドリさんの明るい声色が、僕の上から聞こえる。


「あらあらまぁまぁ。久しぶりい! 最初誰だか、わからなかったよ」


 何となく、近所のおばちゃんのようなリアクションを取る、ミドリさん。

 頭を押さえていた手が離れたので、僕は起き上がる。

 けれど、何にも束縛されていないはずなのに、力が入らない。

 ミドリさんはあの時代錯誤の格好をした男に、キラキラとした眼差しを送っている。

 なんだろう、この胸の内でモヤモヤしている塊。知らないふりをしていても、そいつが僕を今にも引き裂きそうだ。


「あの、ミドリさん……そいつと、知り合いなんですか?」


 僕は恐る恐る聞いた。

 ミドリさんから発せられる回答が、僕の思う『悪い方』で帰ってくるのが怖かったのだ。

 けれど今、彼女と付き合っている以上は聞いておきたかった。


「あれっ? ナオ君わからない?」


 ミドリさんは、僕を見て言う。


「え、僕とも知り合いなんですか?」


 知らない。こんなヤンキー知らないぞ、僕はっ!

 誰だ……いったい誰だっ……。


「フッ。俺はちゃんとお前との約束を忘れていないぜ、斯波ぁ。あの日、身体が溶ける程、2人で踊った日の事もな」


 相崎はそういいながら、バットを肩に担ぐ。

 その様子を見ているだけなのに、なんだか目が勝手に泳ぐ。


「あの……ミドリさん。あの人、なんか彼氏って……」


「えっ……あー、ナオ君。もしかして、焼きもち焼いているの? かわいいっ」


「どうなんですか! 僕はなんていうか、あのっ、からかわれていたんですかっ」


「おいそこのヒョロガリ陰キャ。お前ぇ、人の女に手ぇ出すとは、いい度胸じゃねぇか。ああん? そこの斯波ミドリはなぁ、俺と既に婚約してるんだよぉっ!」


「えっ……」


「あのね、ナオ君。聞いて。これはね――」


 ふと彼女を見る視界が、涙でゆがむ。

 僕は今、どんなに無様な顔をしているんだろうか。

 そんな僕の顔をミドリさんは両手で挟んで僕と無理やり目を合わせる。

 いつになく目つきが真剣だ。


「勘違いしないの。私の彼氏は、ナオ君だよ」


「けど、婚約って――」


「思い出して、ナオ君。『デブゴン』よ」


「デブゴン……」


 何を言っているのか、ほんの一瞬だけ困惑してしまったが、ミドリさんの発した『デブゴン』は、僕の耳から脳内へすぐさま到達し、僕の胸の中にあったモヤモヤを散らした。


「ああ! ……ええっ、マジで! 君、デブゴンなの?!」


 僕は、バットを構える特攻服の男・相崎に呼びかけた。

 相崎の表情が少しだけひるむのが見える。


「ば、バッキャロー! その名前で呼ぶな!」


 慌てて声を荒げる相崎。

 しかし僕はもう、その男の声に畏怖いふすることはなかった。


「ね、思い出した? 相崎って苗字だし、全然面影なかったから、私も誰かわからなくて、ついうっかり『威嚇射撃いかくしゃげき』しちゃった」


 今の2発は、0カウントで威嚇していたのか。

 しかもうっかりで。

 ミドリさんに火器を持たせるのは、ちょっと危ない気がする。


「でも、思い出してくれてよかった。あのまま勘違いされたり、変に勘繰かんぐられるのは、嫌だもの」


 ミドリさんが僕を抱きしめる。

 顔が衣服越しに伝わる、ほのかな柔らかさに押しつぶされそうだ。

 しかし、このままではなんていうか……ミドリさんの柔らかさと香りに包まれているのは、とてもいい事なんだけど、息が――。

 寸でのところで僕は意識を保ち、慌てて顔を上げた。


「ミドリさん、ちょっと外でこういうのは……」


「あ、ああ、そうね……ごめん」


 ミドリさんも慌てて、僕を抱きしめていた腕をほどく。

 さっきのとは明らかに質の違うドキドキが、全く収まらない。


「おい、ヒョロガリ! 見せつけんじゃあねぇ! ったっ殺すぞ!」


 相崎、基、デブゴンがえる。

 ほんのちょっとだけど、彼がいるのを忘れていた。

 彼の名は相崎アイザキリュウヤ。

 旧姓は『吉田』。

 昔、うちの近所に住んでいた、同い年の幼馴染だ。

 確か、小学2年生頃だったか。彼の両親が離婚し、デブゴンは母親と一緒に引っ越してしまった。

 母親の姓になったから、相崎を名乗っていたのか。

 それにしてもあの風貌ふうぼう

 僕の――多分、ミドリさんも――知っているのは、あんなに引き締まったガチムチではなく、鏡餅のようなそれはそれは恰幅の良い、大変貫禄のある体型だった。

 小さい頃『リュウヤだから、俺様のことは、ドラゴンと呼べ』なんて僕たちに言っていたが、特に喧嘩が強いとかそういうのもなく、あの体型も手伝って完全に名前負けしていたので、丁度僕とアオシが観ていた古い映画のキャラから『デブゴン』と名付けたのだ。


「デブゴンちゃん。大きくなったね。小学校以来?」


 ミドリさんは、フレンドリーに話しかける。


「でもね。デブゴンちゃんと踊ったのって、多分、デブゴンちゃんやナオ君が、幼稚園の運動会でフォークダンスをした時が最後だったような……」


 ん? 幼稚園?

 この流れからすると、婚約っていうのは――。


「そうだよ! あの時、将来の愛を誓い合ったじゃねぇか!」


「ああー……」


 つい納得が声になり、口から漏れてしまった。

 成程、よくあるやつだ。

 小さい頃『大きくなったら〇〇のお嫁さんになるー』的な口約束だ。

 ゲームや漫画や、ラノベなら、それがフラグとなり、久しぶりの再会からの大恋愛、になるはずなのだろう。

 しかし、現実はそうもいかない。

 無常で非情である。


「それに、斯波ぁ。そのヒョロガリは」


「あ、覚えてない? うちの隣の、物部もののべナオキ君だよ! 今はね、私の彼氏です」


 ミドリさんが言うと同時に、デブゴンは奇麗に膝から崩れ落ちた。

 ドラマや漫画でしかお目にかかれないあれって、本当にあるんだなと思った。

 まぁ、さっきの話ぶりからすれば、相当ショックだろう。

 僕もさっき、デブゴンの正体が分からない上に『カレシ』とか言われた時には、かなりショックだったし。


「そ、そんな……ナオキだと? あのアオシとつるんでいた『目立たない眼鏡野郎』が、斯波と付き合ってる……だとぉ?」


 おい聞こえてるぞ、デブゴン。

 やや嗚咽交じりの声がか細く耳に入ってはいるが、人の事を『目立たない眼鏡野郎』とかさり気なく罵る奴を可哀そうだとは、少しも思わない。


「フ、フフ……。俺だけはしゃいじまって……とんだピエロだったってわけか……これが、これがネトラレってやつか」


「デブゴンちゃん泣かないで? ネトラレ云々(うんぬん)より、そもそもデブゴンちゃん、私が結婚してって言った時、『俺は女とかそういうのいらない。後ろからついてこい』ってお返事してただけだから、つきあってもないのよ?」


 崩れ落ちていたデブゴンは、五体を地面に預けるように突っ伏した。

 そのまま放っておくと、あいつは砂になって風に乗って消えてしまいそうだ。


「ミドリさん、流石にそれはオーバーキルです」


 僕はミドリさんの服の裾を引っ張りながら、呟くように言った。

 そして僕は目の前で突っ伏す彼に問いかける。


「ところで、デブゴン。君もこのサバイバルゲームに参加しているの?」


 その言葉で我に返ったのか、デブゴンは身体をゆらりと起こす。

 未だ震えている膝を手で叱咤しながらようやく立ち上がると、こちらをにらみつけた。


「そう、そうだ。そうだよ物部ぇ! てめーフレンドリーに話しかけれるのも、今のうちだけだぜ」


 デブゴンは砂埃でやや汚れた特攻服の内側からくしを取り出し、がっちり固めた自慢の前髪を撫でつけながら言う。


「俺は相崎リュウヤ。この一帯を仕切る『弩頼武どらいぶ』初代総長! このゲームに勝って望む願いは『世界制覇』ぁっ。金も女も権力も、全部俺の下でかしづかせるんで、そこんとこ、よろしくぅ!!」


 地面に転がっていた赤黒いバットを拾い、その先端をこちらに向け、ドスの効いた声で凄むデブゴン。

 もう何をやっても『デブゴン』がつくから、あまり怖くはない。

 それになんだ『初代総長』って……初代って、2代目以降ができた時に名乗るんじゃないのか?

 僕は、先ほどまであった恐怖を忘れ、10メートル位先で騒ぐデブゴンを眺めていた。


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