普通にどこかで見られている可能性
僕のその一言で、ミドリさんの視線は、ようやくこちらへ向いた。
その目には、驚きと呆然が同居していた。
「今少しだけ、ちょっといい考えかもって思っちゃった」
「でしょ? 何も起きていなかったんだから、実は終了までどこかで時間を潰せば、景品というのは貰えないかもしれませんが、お手伝いですから、ここは安全に行きましょうよ」
「そうなんだけどね……これ」
ミドリさんの目が、物憂げな眼差しに変わった。
彼女はリーフレットの一部を、指で囲むようになぞる。
僕が見ていなかった裏面部分。
そこには〈失格した場合〉とあり、続けてこう書かれている。
※指定区域外に出る、または戦闘や作戦以外で1時間以上行動を起こさない場合、途中棄権とみなします。
※指定地域外、もしくはルール外での勝利獲得、途中棄権は失格とみなし、国内刑法の罰則(銃刀法違反、障害、もしくは付随するその他の罪)で、懲役刑等が科せられます。また大会委員会から規約違反として、相応の厳罰または処置を実施いたします。
そりゃそうか。
皆考えていることは一緒だ。
僕たちみたいに、特に目的もなく(ミドリさんはゲーム部の手伝いという目的こそあれ)参加している人間は、勝利条件の部分でガバガバだと感じたら、何もせず潜伏して時を待つ、もしくは逃げ回ったり、フィールド外で様子を伺ったりするだろう。
「これは逃げたりしないでねって、そういうことね。やっぱり簡単にはいかないようにできているのよ、これ」
「駄目かぁ……ん? ちょっと待ってください。何か引っかかります」
――だとすると、その判定はどうしているのか。
ミドリさんは、朝8時からさっきの乱闘まで、何もしなかったという。
けど、それでいけば既に『1時間以上行動していない』ということになって、事実上は失格だ。けれど無事なのは、何かあるに違いない。
僕は辺りを見回す。
ビルの上、街灯や信号機、歩いている人々──。
街頭カメラか、ドローンか。年齢性別の多様な監視員がいるのか。
もしくは……。
ふと僕は思い出した。
「あ、ドッグタグ。ドッグタグをさっきの人から取ったってことは、それが参加者資格なんですよね?」
「そうだけど。ああ、なるほど……これに発信機が付いているのね」
「ならこれを外せば……」
「それは、途中棄権になるんじゃないかしら。発信機が付いているだけじゃ、行動の判定が難しいとしたら、どこかで誰かが見ているとか」
「やっぱり、そうなりますよね」
僕は肩を落とした。
「主催者の目的は分からないけど、とにかくここはルールに従って動いた方がよさそうね」
「だったら、最速で終わらせる事ができそうな③が一番よさそうです。②は、どれ位の人数がいるのかを把握しなくちゃ……」
「そうねぇ……あ、だったらこうしましょ。誰かが襲ってきたら、殺さずにドッグタグを貰う。説得して協力してもらえるなら、それに越したことないわけだし」
「説得ですか。そんなの応じる人いますかね」
「まずは試してみることが一番よ」
僕は息を小さくつき、立ち上がった。
「わかりました。でも、フラッグの位置や、何処に誰かいるかという情報が欲しいですね。それはどうしたら――」
「知りたいかい?」
僕の言葉を遮るように、背後から男の声が響いた。
次の瞬間、僕は頭を押さえつけられ、地面に這いつくばった。
次いで銃声が2発。
ミドリさんが発砲したというのが、頭上から身体に響く衝撃で分かる。
「おいおい、とんだご挨拶だな、斯波ぁ」
男の苦笑交じりの声が、辺りに響く。
僕は抑えられた頭を少しずらし、声の方を向く。
そこには男が一人。
何世代前から来たんだよと突っ込みたくなる、ポンパドール・ヘア。
肩幅の広い長身を包む、裾の長い白い特攻服は赤黒いシミが点々とついている。
少しずらしてかけられた、小さな色付きサングラス。
見た目で判断してはいけないと大人たちは口を酸っぱくして言うだろうけど、これは無理だ。とてもじゃあないが、僕は知り合いになりたくない人種だった。
「ふっ……迎えに来たぜぇ。斯波ぁ」
男は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
その右手には細く赤黒い何かが幾重にも巻かれたバットが、歩調に合わせるように、ゆらりゆらりと揺れている。
「忘れちまった、なんざ言わせねぇぜ。相崎リュウヤ。お前の、カレシだよ!」
耳を疑った。
今、なんて言った?
背中に嫌な汗がジワリと噴き出て、心臓が鼓動を早める。
僕は顔を上げようとしたが、ミドリさんは頭を押さえる力を緩めずにいる。
ミドリさんの、カレシ?
彼氏は僕じゃないのか?
頭が混乱を始める。
身体は従順にも、未だ地面に這いつくばったまま、動かせないままだった。