存在意義7
少しづつですが投稿していきます。よろしくお願いします。
「いらっしゃいませ。」
店長の声が店内に響き渡った。私はバックヤードでお客様が見えることはないのに、その声に反応してしまい、お辞儀をしてしまった。料理人の皆はそれを見てニヤニヤ笑っていたが、料理長はその姿勢が大事だと褒めてくれた。料理人たちは見えないお客様に最高を提供しなければならない。見えないからといって手を抜いていたら、それは料理人失格。お金をもらう以上プロの仕事をしなければならないと教えてくれた。だからこの店の料理人は開店時間の何時間も前から仕込みに時間をかけ、料理を出すときには一番おいしい状態にして提供するようにしている。逆に言えば開店したら暇になるくらいが丁度良いらしい。
「まだ忙しくなるのはこれからだから、どのように注文が入り料理ができるか見ていな。」
料理長はそう言うと裏口から出ていってしまった。すると
調理場の入り口に料理受注の機械があり、そこからオーダーの伝票が印刷されてくる。客席でオーダーを受けると同時に調理場に発注される仕組みになっているらしい。その伝票を取り料理人に知らせるのがまず受注の第一歩なのだ。大柄な料理人がその伝票を取り読上げると、他のry総理人が早速料理へと取り掛かった。次はやってみろと言わんばかりに、無言で次の伝票を渡された。先ほどの料理人を真似て目チューと品数を読み上げると、料理人の一人は親指を立てて返事をしてくれた。ちゃんと伝わったようだ。今度は出来上がった料理をフロントスタッフに渡す。伝票に描いてある席番号とメニューを言い、フロントのスタッフへ渡すのだ。するとフロントの女性はウィンクで返事をしてくれた。しばらくすると料理長が戻ってきて、そろそろ団体客の入る予約時間になり、宴会メニューを用意し始めた。そうなると調理場は戦場のような慌ただしさになり、宴会メニューとフリーのメニューが入り乱れるように交錯していく。さすがにここまで来ると対応しきれなくなり、おろおろしていると店長が調理場に入り。
「かほりちゃんはフリーだけ見ていて。宴会は俺達でやるから。」
と救いの手を差し伸べてくれた。フリーの注文と下がってきた食器を洗う事に専念した。
初めてにしては手際がいいことに、店長は感心し料理長にいい拾い物をしたと頷いていた。
「食材も人材も一緒だよ。良し悪しは自分の目で見ないとな。」
料理長は自慢げに店長と笑っていた。ただ私はそんな話を聞いている余裕は一切なく、ひたすら洗い物と伝票の追い駆けっこをしていた。
宴会メニューも一段落し、下がって来る食器に悪戦苦闘していると、料理長がそばに来て大体落ち着いたから一休みするように言われ、洗い物は休憩の後にやる事となった。裏口から出て外の空気を吸うと、騒々しい店内から隔離されたように、静かな夜が広がっていた。時計を見るといつの間にか午後10時を回っていた。料理長はタバコに火を点けゆっくりと腰を下ろす。
「どうだい、やれそうかい?」
「わかりません。料理長は私がやれそうと思いますか?」
「さてね、無理やりやらされるのと、自分からやるのとでは雲泥の差があるからね。」
「結果は同じじゃないですか。」
「全然違うさ。皿洗い一つとっても、ただ洗うのときれいに洗うのでは全く違う。ただ洗うのであれば機械で充分さ、後を見れば一目瞭然。」
「私はやってみたいと思います。」
「それが大事さ。自分からやってみる事、やらせれるんじゃなくね。」
料理長は私の答えを待ってくれていたのだ、自分からやる気を起こさせるために。
「あの図体のデカい奴、怖いかい?」
「いえ・・・少しだけ。」
「あいつは図体のわりに女の子が苦手なんだよ。料理人としては良いものを持ってるんだけどね。私には普通に話しかけてくるくせに。」
「それって料理長の事を・・・」
「あんたも可愛い顔して言うね。」
「すみません。」
そう言うと二人は笑いあった。この地に来てから初めて笑ったような気がした。まだ夜は息が白くなるほど寒かったが、胸の中がじんわりと暖かくなっていく気がして、病に心地よかった。
やっと自分の居場所を見つけ最初の一歩を踏み出せた気がした。
久しぶりの投稿だったので、少し緊張しています。よろしく尾根がします。